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たけのこと遭難



 イルネスちゃんが次々とたけのこを見つけては、穴を掘っていく。

 イルネスちゃんはただのうさぎじゃないからか、穴を掘るのがとても早い。しゅばばっと前足を動かして、あっという間にお顔と前足を土で汚して大きな穴を作っていく。

 

 私はたけのこを掘ってくれるイルネスちゃんが作った穴を、スコップで埋めて回っていた。

 穴だらけにしたままだと、誰かが落ちてしまうかもしれないし。


「あれ? ロクサス様……ロクサス様?」


 ビアラバ竹林の手前は人が多く、すでにたくさんのたけのこが掘られている。

 そのため、イルネスちゃんは竹林の奥へ奥へと移動しながらたけのこを掘っているようだ。

 いつの間にか私たちの周りには、商業組合の方々もたけのこほりに参加している方々もいなくなっていた。


 そしてついでにいえば、ロクサス様の姿もない。

 イルネスちゃんとエーリスちゃん、ファミーヌさんは一緒にいるし、お父さんも私の近くで私たちを見守っていてくれているけれど。


「ロクサスなら、イルネスがいない場所でたけのこを掘るとか言って、もっと奥に行ったぞ」


「えっ、た、大変です、お父さん、ロクサス様、遭難するんじゃ……」


「いや、こんな開けた竹林で、遭難はしないだろう」


 お父さんが可愛く小首を傾げながら言った。

 それもそうよね。竹林には高低差がないもの。遭難する方が難しい。

 とはいえ、ロクサス様なのよ。

 お皿を割ったりティーカップを割ったり、何もないところで転ぶロクサス様なのよ。

 もしかしたら誰かがたけのこを掘った後の穴にはまって動けなくなっているかもしれない……!


「イルネスちゃん、たけのこたくさんありがとうございました! とってもすごくてとっても偉いです! でも、ロクサス様を探しに行きましょう、どこかで倒れているかもしれません」


「あじふらい」


 私は最後のたけのこを袋に入れて、よいしょ、と持ち上げると、片手にイルネスちゃんを抱き上げた。

 スコップを持つと、エーリスちゃんとファミーヌさんが私の頭の上に乗っかってくる。

 エーリスちゃんとイルネスちゃんとファミーヌさんは軽いけれど、たけのこ入りの袋と、スコップは重い。

 私は結構力持ちなのだけれど、イルネスちゃんがすごくたくさんたけのこを掘ってくれたので、袋がパンパンになっている。


「大丈夫か、リディア。私が人間の姿に戻って、君の荷物を持とうか?」


「大丈夫です、お父さん。お父さんは子犬がいいです」


 せっかくの心遣いだけれど、遠慮させてもらった。

 お父さんの人間体というのはあんまり慣れないのよね。一度見たけれど、お風呂で。全裸だった。

 全裸のイメージが強いのよ。もしかしたら人間体に戻ったお父さんは全裸かもしれないし。

 竹林で全裸の男性と二人きりになるわけにはいかない。それがお父さんであっても。


「ロクサス様、大丈夫ですか、ロクサス様!」


「ロクサスは大人だ。大丈夫だろう」


「大人ですけど、穴にはまっているかもしれませんし、川に落ちているかもしれませんよ」


「それはそうかもしれないが」


 私たちがしばらくロクサス様の名前を呼びながら竹林の奥に進んでいくと、少し離れた場所から「ここだ、リディア」という声が聞こえた。

 ロクサス様が地面に鍬を突き刺している。

 その足元には、かわいそうなたけのこの残骸が散らばっていた。


「ろ、ロクサス様、たけのこ、バラバラ……」


「綺麗に掘り起こそうとしているのだが、どうしても途中で、鍬がたけのこに突き刺さってしまうのだ。難しいな、たけのこを掘るという作業は」


「ほ、穂先は一番美味しいので、穂先が無事なら大丈夫かなって思います……」


 落ち込んでいるロクサス様を私は慰めた。

 たけのこはばらばらに見えたけれど、穂先は無事そうだ。大丈夫そう。


「そうか……それならよかった」


「ロクサス様も頑張ってたけのこをほってくれたのですね。ありがとうございます」


「少しは、役に立ちたいと考えている。それに、穴を掘ったのは初めてだが、無心に鍬で土を掘るのは割と楽しかった」


 ロクサス様はどことなく嬉しそうにそう言って、ぼろぼろのたけのこを袋に詰めてくれた。

 ぼろぼろに見えるけれど、皮を剥いて綺麗に洗えばきっと食べられるはずだ。

 頑張ってくれたのね、ロクサス様。荷物だけ運んでもらおうって思っていたのだけれど、楽しんでくれたようでよかった。

 私の分の荷物も一緒に持ってくれる。重かったので、助かるわね。


「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。すごくたくさんたけのこもとれましたし」


「そうだな」


「ロクサス様、帰り道、わかりますか?」


「ん?」


「え?」


「……帰り道?」


「か、帰り道です……」


 私とロクサス様は顔を見合わせた。それから私たちの足元にいるお父さんを見つめる。


「私に助けを求めるんじゃない。私は可愛い子犬なのだから、竹林の道などわからん」


「ええ……っ、お父さん、なんでもできるって思っていました……帰り道もちゃんと、わかっているかもって」


「いやいや」


 お父さんが首を振る。エーリスちゃんたちはきょとんとした顔で私を覗き込んでくる。

 どうしよう。竹林で遭難してしまったかもしれない。たけのこを掘るのに夢中になってしまったせいで。


「そこまで奥深くには来ていないはずだ。来た道を戻れば、おそらく誰かしらいるだろう」


 ロクサス様は冷静にそう言うと、来た道を戻り始める。

 それが来た道かどうかは私にはよくわからない。なんせ竹林というのはどこにいてもほぼ同じ景色だからだ。

 見渡す限り、竹、竹、竹、という感じ。


「うわ!」


 颯爽と歩き出したロクサス様が、唐突に目の前からいなくなった。

 

「ロクサス様!?」


 慌てて駆け寄った私も、多分誰かが掘った穴に足をつまずかせて、べしゃっと転んだ。

 ざばん! と、音がする。水飛沫があがる。

 気づくと、私はロクサス様の上に倒れ込んでいた。

 先に綺麗な水の流れている川に落ちたロクサス様の上にのしかかるような形で。

 私の胸の下に、ロクサス様の顔がある。思い切り押し潰してしまったみたいだ。


「わ、わ……っ、ごめんなさい、ロクサス様、痛いですか、苦しいですか……!?」


「す、すまないが、ど、どいてくれ、リディア……」


 川は浅いので溺れるというほどじゃないけれど、ロクサス様の半分ぐらいが水のなかに沈んでいる。

 私はその上でじたばたした。


「落ち着け、リディア。ロクサスが死ぬ」


「し、死んだら駄目です、圧死ですか……!?」


「なんだろうな。圧死ではないな。幸福で死ぬ」


「川に落ちたのが嬉しくて……? た、大変、ロクサス様、血が、血が……!」


「頼むからどいてくれ、リディア……」


 転んだ拍子に眼鏡が飛んだのか、川を眼鏡が流れていくのが見えた。

 どんぶらこ。どんぶらこ。

 私は川に広がる真っ赤な血に大混乱しながら、大混乱しているせいで余計なことを考えていた。


 びしょ濡れの私は、なんとかロクサス様の上から起き上がった。

 エーリスちゃんを胸にしまうために、首元が空いた服を着ている私の胸元とかスカートとかがべろんとなっていたけれど、そんなことよりもロクサス様だ。

 頭を打って、頭から血が出たのかもしれない。死んでしまう。


「ロクサス様、今、怪我をなおします。私にはその力が……!」


 川の中で上体を起こして鼻と口を押さえているずぶ濡れのロクサス様が、静かに首を振った。


「リディア。あまり血について触れてやるな。ただの鼻血だ。大丈夫だ」


「鼻を打ったのですね」


 ロクサス様は仰向けに倒れていたのだけれど、鼻を打ったのね。

 私の胸で、鼻を。

 私の胸、鼻を強打するぐらい硬いのかしら。申し訳ない。


「ロクサス様、私の胸が石のように硬いせいで、ごめんなさい……」


「硬くはない、柔らか……そ、その話はいい。血のことは忘れろ」


「ロクサス様、びしょ濡れで血だらけです」


「問題ない」


 問題しかないのだけれど。それにしても、川。

 たけのこほりの最中には川なんて見なかったのに。

 私たちは本当に、遭難してしまったのかもしれない。






お読みくださりありがとうございました!

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