いざ竹林。
お昼ご飯を済ませた私たちは、たけのこ掘り大会を主催してくれているアルスバニア商業組合の皆さんが用意してくれたスコップと鍬を持って、竹林へと向かった。
竹林に来たのが嬉しいのか、イルネスちゃんは私の腕の中からぴょんぴょん跳ねて竹林の中を駆け回り、ファミーヌさんが慌てたようにイルネスちゃんを追いかけていく。
エーリスちゃんは楽しそうに二人の周りを跳ねたり飛んだりしていて、お父さんは「子供たち、あまりリディアから離れてはいけない」と言いながら、のんびりとそのあとをついていった。
ビアラバ竹林は高低差があまりない平らな場所で、どちらかといえば歩きやすい。
ルシアンさんときのこをとったフェトル森林は歩くのが少し大変だったけれど、フェトル森林に比べたら開けている。
といっても背の高くてまっすぐな竹がたくさんはえているので、あまり奥深くまで行ってしまうと帰り道がわからなくなってしまいそうだけれど。
念のため事故が起こらないように、竹林の所々に商業組合の皆さんが立ってくれている。
たけのこほりが初めての親子連れなどに、指導をしてくれたりもしている。
「ロクサス様、たけのこをほりますよ」
「その、わかりやすくはえているものを掘ればいいのだな」
「地面から、大きく立派に育ってしまっている太いたけのこは、ちょっと硬いのです。もちろん、食べようと思えば美味しく食べることができるのですけれど」
ロクサス様が私の腰ぐらいまで育っているたけのこに軽く触れながら言うので、私は首を振った。
大きなたけのこだって食べられるけれど、ちょっと硬いのよね。
できることなら──。
「地面からすこし、こう、ぽこっと顔を出しているたけのこを探して、たけのこの周りを掘るのですね。周りの土を掘ると、奥には立派なたけのこが埋まっているのです。大体太さがこれぐらいで、大きさがこれぐらいで……」
「…………そうか」
「ロクサス様?」
「先ほど父上に注意されたばかりだからな。今日の俺は平常心を目指している」
「ロクサス様、いつもちょっとだけ落ち着きがないですからね……竹林ではしゃいだら駄目です、怪我をしてしまいますよ」
「落ち着きがないと思われているのか、俺は」
「え、あ、はい……いつも結構、ばたばたしているイメージがあります」
「……どちらかといえば落ち着いているのは俺で、動き回っているのは兄上なのだがな」
「そんな感じはするのですが、一緒にいるとレイル様の方が落ち着いていて、ロクサス様の方がいつもわちゃわちゃしています……」
「わちゃわちゃ……」
ロクサス様は腕を組んで首を捻った。
優雅で立派な貴族服に抱えた鍬が結構似合っている。きのこ豚さんにトリュフを探させている貴族様のように見えなくもない。竹林にはきのこははえないけれど。
「ロクサス様、たけのこは結構地面から唐突にはえていますので、足を引っ掛けて転ばないように気をつけてくださいね」
私とロクサス様は鍬とスコップをひとまず置いて、人の少なめな竹林の一角で小さめのたけのこを探すことにした。
地面から本当に少しだけ顔を出しているたけのこがいい。
大きくそだったたけのこにも魅力を感じるけれど、せっかくなら柔らかい方がいい。
竹の葉が風に揺れるさわさわとした音が静かな竹林に響いている。
特徴的な形をした竹の葉が積もっている地面は、少しふかふかしている。
その中から、にょきとはえているたけのこを探して、私はきょろきょろした。
「そうそう転んだりしない」
私から少し離れた場所で、イルネスちゃんが穴を掘っている。
ふわふわの薄桃色の毛が、土で汚れていた。
今日のお風呂は大変そうだなぁと思いながら、私はイルネスちゃんの前にしゃがみ込んだ。
「イルネスちゃん、楽しいですか?」
「……あじふらい」
「楽しそうでよかった。あ! イルネスちゃん! ロクサス様、来てください、ロクサス様!」
「どうした、リディア!」
イルネスちゃんの掘っている穴の中に、立派なたけのこの姿がある。
ファミーヌさんとエーリスちゃんが、応援するように「タルト!」「かぼちゃ!」と、声をかけている。
慌てたように駆け寄ってきたロクサス様が、地面に浮き出ている木の根に足を取られたらしく、べしゃっと転んだ。
それはもう見事な転倒だった。
「ロクサス様、大丈夫ですか……!? ご、ごめんなさい、私が急に呼んだから」
「問題ない。慣れている」
慣れているのね。痛そうな音がしたけれど。
ロクサス様に駆け寄って、私はその体を助け起こした。
お洋服は少し汚れてしまったけれど、眼鏡は割れていないわね。よかった。
「怪我はないですか、ロクサス様……?」
「大丈夫だ。転び慣れているのでな、受け身は得意だ」
「転ばないように気をつけたほうがいいです」
「なぜだか、地面が俺の足を掴むような気がしている」
「地面はロクサス様の足を掴んだりはしないと思いますけれど……ともかく無事でよかったです」
何事もなかったように立ち上がって乱れた服を軽く整えたロクサス様は、本当に転び慣れているのね。
やっぱりあれかしら、足が長いからよく絡む、とか。
でも、シエル様やルシアンさんもスタイルがいいけれど、転んでいるイメージはあんまりないわね。
「リディア。イルネスがたけのこを掘ったぞ。褒めて欲しいのだろうが、リディアがロクサスに構っているので待っている。あと少しで泣くかもしれない」
お父さんに言われたので振り向くと、イルネスちゃんがふかふかの前足で大きなたけのこを抱えて、ちょこんと座っていた。
つぶらな瞳がうるうるしている。ファミーヌさんとエーリスちゃんが二人でロクサス様を威嚇している。
私は慌ててイルネスちゃんに駆け寄って、たけのこごとイルネスちゃんを抱き上げた。
「イルネスちゃん、すごい! たけのこをほる才能があるのですね、イルネスちゃん! とってもいいこです、イルネスちゃん!」
あまりにも可愛くて、私はイルネスちゃんのほっぺたに自分の顔を擦り付けると、ぐりぐりした。
ロクサス様に構ったり、イルネスちゃんに構ったり今日は少し忙しい。
子供たちがいっぱいいるみたいだ。
でも私、小さな子供は好きなので、よく考えたら幸せかもしれない。
「ロクサス。お前も頑張れ。たけのこをほったら、リディアがよしよししてくれるかもしれない」
「父上。俺は子供ではないから、別によしよしされたいとは思っていない。だが、ジラール家の力をみせてやろう。その鏡餅よりもたくさんのたけのこを掘ってやる」
ジラール家の力でたけのこがたくさんほれるものなのかしら。
ロクサス様が張り切っている。張り切れば張り切るほどに心配になってしまうわね、落ち着いてほしい。鍬が手からすっぽ抜けたら危険だもの。
「あじふらい」
私の腕の中で、イルネスちゃんが不思議そうに声を上げた。
「鏡餅は、丸くて大きなお餅のことですよ。確かにイルネスちゃんは少し鏡餅ににていますね。丸餅よりも大きめのお餅です」
「かぼちゃぷりん」
エーリスちゃんがぱたぱたしている。
「タルトタタン……」
「ファミーヌさんはあんまりお餅という感じはしないですね、ふわふわだけど、スリムだから……」
ファミーヌさんは少し寂しそうだったけれど、スリムと言うと、満足げにぱしんと尻尾を揺らした。
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