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屋台と辛めのチョリソーパイ



 春の日差しが心地よく降り注ぐよく晴れた土曜日。


「どうしましょう。エーリスちゃんとファミーヌさん、イルネスちゃんを抱っこすると手が塞がってしまって、お父さんを抱っこできません……」


 私は困り果てていた。


 たけのこ掘り祭りでは屋台も出るというので、お金を少しだけカバンに入れている。

 たけのこを掘りに行くので、お金は腰に巻いたベルト一体型の革製のウェストバッグに入れてある。

 ウェストバッグにはエーリスちゃんとファミーヌさんは入るけれど、イルネスちゃんはちょっと大きめのうさぎさんなのよね。

 大きめといっても、重たくはないのだけれど、抱っこすると両手は塞がってしまう。


「あじふらい……」


 イルネスちゃんがちょっとしょんぼりしている。


「リディア、私は歩ける。問題ない」


「で、でも、可愛い子犬なんですよ……歩いていて攫われたら大変です」


「攫われない」


 私はエーリスちゃんを頭の上に、ファミーヌさんを首に巻いて、イルネスちゃんを抱っこしてロベリアを出た。

 お父さんは私の隣をちょこちょこついてきている。


「そもそも私は子犬ではない。リディアが子犬の姿がいいと望んだので、この姿になっているだけだ。君が望むのならどのような姿にでもなれる。たとえば、ペンギンとか」


「ペンギン……! ペンギンも可愛いですけれど、お父さんは今のままで大丈夫です……」


「もっと大きくなって子供たちを背中に乗せてもいいのだがな」


「それはそれで、可愛い気がしますけれど、……あ! ロクサス様、こんにちは」


 ロベリアの扉に鍵をしていると、ロクサス様がやってくるのに気づいた。

 ご挨拶をする私の姿を上から下まで見て、ロクサス様は眉をひそめる。


「あぁ。リディア、お前は森に行くのに、その姿で大丈夫なのか」


「ロクサス様もその姿で大丈夫なのでしょうか、汚れてしまいますよ……」


 私は動きやすいように久々の黒いワンピースに白いエプロンをつけている。足が草で傷つかないように厚手のタイツも履いて、それから膝丈のブーツも履いている。

 我ながら完璧な穴掘りスタイルだと思う。

 ロクサス様はいつも通り高級そうなジャケットとベストとそれからスカーフという完璧な貴族様という感じで、今から夜会でしょうか……というぐらいの整いっぷりだ。


「汚れても問題ない服を着てきた。とはいえ、どの服も汚れるぐらい些少のことだ。同じような服は何着もある」


「お金持ち……」


「リディア、一応俺はジラール公爵だ。先日正式に家督を父上から譲り受けた。金がない方が問題だと思うがな」


「それもそうですけれど……」


 たけのこ掘りをする服には見えない。でもロクサス様がいいのならいいかと思い、私はロクサス様と共にビアラバ竹林へと向かうことにした。


「そういえば、何か動物たちと話をしていただろう」


 明るい日差しの中を、ロクサス様と並んで歩く。たけのこを持ち帰る用の袋はウェストバッグに入れてあるし、お金も持ったし、忘れ物はないと思う。

 ロクサス様に尋ねられて、私は頷いた。


「イルネスちゃんも増えましたので、ちょっと抱っこが大変だなって思っていて。エーリスちゃんは胸の間に入れますし、ファミーヌさんは肩の上に乗ったり、胸の間に入れますけれど、イルネスちゃんは大きいので抱っこしかできないんですよね」


「胸の間に入れるな。お前はもう少し肌を隠せ」


「収まりがいいですし……」


「この会話は以前もした気がするな。イルネスは歩けばいいだろう」


「……あじふらい」


「かぼちゃぷりん!」


「タルトタタン」


 イルネスちゃんが悲しげな声をあげて、エーリスちゃんがぱたぱたと飛んでいって、ロクサス様の顔に激突して、ファミーヌさんが不機嫌そうにロクサス様を威嚇した。

 見事に嫌われてしまったわね、ロクサス様。嫌いというほどではないのだろうけれど、エーリスちゃんとかファミーヌさんはレイル様やシエル様の方へはすぐに行くのに、ロクサス様の上には乗ろうとしないものね。


「相変わらず攻撃的だな、丸餅め……」


「イルネスちゃんも抱っこして欲しいんですよ。みんな抱っこしているのに、イルネスちゃんだけ歩くなんて寂しいですし」


「ロクサス。私なら抱っこしてもいいぞ。お前のことは特に好きでも嫌いでもない」


「それはそれで傷つくな、父上」


 ロクサス様は素直にお父さんを抱っこした。「しかし、好きだと言われるのも複雑だしな」とか、ぶつぶつ言いながら。


「可愛い私を抱っこできて嬉しいだろう、ロクサス。転ばないように気をつけて」


「父上、俺は子供ではない。何もない道でそうそう転んだりしない」


「ロクサス様、何もない道で転んでいるイメージです……」


「…………二週に一度ぐらいだな」


「結構多い……」


 やっぱり何もない道で転ぶのね、ロクサス様。見た目だけなら冷静沈着な公爵様、という感じなのに。

 ビアラバ竹林はきのこがたくさん取れるフェトル森林からすぐ近くにある。

 アルスバニアの路地から大通りを抜けてさらに街の端の方へ進んでいくと、家が減って畑や牧草地が広がり始める。

 畑の横の道を進んでいくと、たけのこ掘り大会と書いてある横断幕が見え、美味しそうな匂いが漂ってくる。


 ずらっと屋台が並んでいて、バーベキュコンロではまんまる羊のお肉と玉ねぎの串焼きがジュワジュワと焼かれていた。

 串刺し鮎の炉端焼きも、パイ包みチョリソーも、いちごミルクやベリー紅茶、コーヒーなども売っている。


「美味しそう……屋台のご飯、美味しそうです」


 自分で作ったご飯を食べるのも好きだけれど、誰かが作ってくれたご飯を食べるのも好き。

 エーリスちゃんが目をきらきらさせながら、屋台のご飯を見ている。

 イルネスちゃんも不思議そうに、たくさんの食べ物を見ている。ファミーヌさんは落ち着いている。お姉さんという感じだ。


「何か食べたいものはあるか、リディア。なんでも買ってやろう。全ての料理を買い取っても構わないが」


「そ、それは、他の方のご迷惑になりますので……じゃ、じゃあ、たけのこほりの前に、少し何か食べましょうか。チョリソーと、焼きおにぎりと、まんまる羊の串焼き、食べますか?」


「わかった。それでは、食べてから行こうか」


 ロクサス様は屋台でご飯を買ってくれた。

 屋台のおじさまやおばさまたちは、どこからどう見ても貴族様、という姿のロクサス様にやや驚いた顔をしていたけれど「リディアちゃんが高貴な身分の方を連れて歩いているのには結構慣れてきたなぁ」などと言って、笑ってくれた。

 ルシアンさんはよく街を歩いているので、姿を見ても驚かないらしい。

 レイル様もフォックス仮面として活動しているので、大丈夫らしい。

 でも、ロクサス様やステファン様やシエル様には少し驚くそうだ。

 それから、クリスレインお兄様には最初は派手な姿に驚いていたけれど、あまりにも自然に市場を散策したり、カフェや食堂などに入り浸ったりしているので、慣れたという。


 そんなことを話しかけられたりしながら、私とロクサス様は用意されていたテーブル席に座って屋台のご飯を食べた。

 チョリソーパイを食べたエーリスちゃんとイルネスちゃんが「かぼちゃぷりん!」「あじふらい……!」と言って、しょっぱい顔をした。

 大人向きに作られているので、思ったよりも辛かったみたいだ。



お読みくださりありがとうございました!

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