竹取のリディア
大衆食堂ロベリアに、アルスバニアの商業組合のオクタヴィアさんから『たけのこ堀り大会』のチラシが届いた。
四十代半ばの恰幅のいいおねえさまであるオクタヴィアさんは、たけのこ堀り大会のチラシを渡してくれながら「今日はあんた一人なんだねぇ、リディアちゃん」と言った。
「朝は騎士団の皆さんがきていたんですけど、もうお仕事に行きました。お昼まではお客さんはそんなに来ないんですよ」
「そうなんだね。リディアちゃん、ちょっと見ない間に服も可愛くなって、明るくなったねぇ。垢抜けたというのかな。商店街の連中とは一体誰がリディアちゃんの恋人なんだって話をしていてね」
「誰……? 恋人……」
私はハッとして、それからふるふると首を振った。
先日お花見の時に恥ずかしい夢を見てしまったばかりなので、恋人という言葉に私は敏感になっている。
マーガレットさんとかがそんなことばっかり言うから、お友達で妄想をするような恥ずかしいことをしてしまったのだわ。
気をつけなければいけない。
オクタヴィアさんは不思議そうに首を傾げた。
「恋人、まだいないのかい、リディアちゃん。誰がリディアちゃんの恋人なのかで金を掛けてるんだけどさ、じゃあ誰がリディアちゃんの恋人になるか、で、掛け直した方がいいね」
「かけごと……」
「あたしらが賭けの対象にしちゃいけないぐらいの高貴なご身分の方々ばっかりなんだけどね。いや、リディアちゃんも高貴なんだけど、リディアちゃんはどうも、ほら、親しみやすいからねぇ」
「ありがとうございます。大衆食堂の料理人なので、親しみやすさは大切ですよね」
「それにしちゃ可愛いけどね」
「えへへ……ありがとうございます。……ところで、秋にはきのことり大会があって、春にはたけのことり大会があるのですね」
「大会っていっても、ビアラバ竹林に毎年わんさかはえてくるたけのこを放っておくと竹林が大変なことになるから、大会って名目でみんなにたけのこを掘ってもらいたいってだけの話なんだけどね。特に賞金は出ないよ。堀ったたけのこを持ち帰れるってだけで」
「たけのこ、嬉しいです。たけのこ、美味しいので」
「ふふ、リディアちゃんは可愛いねぇ。いっぱいとりにおいで。でも、たけのこは重いからね、男手を連れてくるといい。まぁ、リディアちゃんの周りにいる男たちは、たけのこを掘ったことがなさそうな人ばっかりだけどね」
「私もたけのこ、掘るのははじめてです」
「スコップとか鍬は、会場で貸し出しがあるから、手ぶらでいいよ。持ち帰り用の袋はあると便利かもね。ビアラバ竹林は広いから、好きなだけ取って行っても構わないしね」
「オクタヴィアさん、ありがとうございます。たけのこ……」
「あぁ。ちょっとした屋台なんかも出るし、楽しいんじゃないかな。それじゃね、リディアちゃん。あたしもたまには、食事をしにくるよ」
「はい!」
私はオクタヴィアさんから貰ったチラシをカウンター席に座って眺めた。
エーリスちゃんやファミーヌさん、イルネスちゃんとお父さんが、テーブルの上に乗ってチラシを覗き込んでくる。
「かぼ」
「たけのこですよ、エーリスちゃん」
チラシに書いてあるたけのこのイラストを、ペタペタと羽で触りながら、エーリスちゃんが私を見上げてくる。
エーリスちゃんたちにはまだたけのこを食べさせたことがないわね。
少し大人っぽい味がするけど、好きかしら。
「たけのこか。春らしいな、リディア」
「この時期のたけのこ、美味しいですよね、お父さん。たけのこご飯、煮物、天ぷら。青椒肉絲、焼くだけでも美味しいです。炭焼き……たまには、お店の外で七輪を出して炭焼きもいいですね……マーガレットさんがバーベキューコンロを持っているから、貸してもらってもいいですね……」
「酒と合いそうだな」
「お父さんは子犬なのにまだお酒を飲むのを諦めていないんですね」
私はお酒を飲みたがるお父さんのふわふわの頭をつついた。
「タルトタタン……」
ファミーヌさんがカウンターの上に丸まりながら、パシリと尻尾を揺らした。
「ファミーヌさん、ちょっと嫌そう。竹林に行くの嫌なんですか? たけのこほり、土で汚れますから、嫌なんでしょうか……お家に帰ってきたら、ちゃんとお風呂に入れてあげますから大丈夫ですよ。綺麗にしましょう」
「あじふらい」
「イルネスちゃんはやる気満々ですね。うさぎさんだから、穴掘りが得意なんですね、きっと」
そんなことをみんなで話していると、ロベリアの扉が開いた。
扉につけている鈴が、リンリンと音を立てた。
「リディア、邪魔をする」
「ロクサス様、こんにちは!」
「あ、ああ、その……こんにちは」
礼儀正しく挨拶をしてくれるロクサス様に、私はカウンター席から降りると近づいた。
「お昼ごはん、食べにきてくれたんですか?」
「あぁ、まぁ、な。ちょうど近くまで通りかかったものでな」
「アルスバニアに用事があったんですね。あ! ちょうどよかった。ロクサス様、たけのこほり大会です!」
「……たけのこ?」
ロクサス様は訝しげに眉を寄せる。ロクサス様はどこからどう見てもたけのこを掘ったことがない気がする。
レイル様ならもしかしたら、ということがありそうだけれど。
ロクサス様が土まみれになってスコップで地面を掘っているところはあんまり想像できないわね。
「たけのこ、知らないですか?」
「たけのこぐらいは知っている。あまり食べたことはないがな」
「ロクサス様、たけのこというのは竹林にこの時期、ニョッキっと地面からはえるのです。もこっと膨らんだ土を深く掘ると、そこにこう、先っぽがとんがっていて、大きくて立派で太いたけのこがあるのですよ」
「……説明しなくてもいい。お前はどうしてそう、妙な言い回しをするんだ」
「みょう……」
「ロクサス、リディアは真面目にたけのこについて説明をしている」
「そ、そうか、そうだな、すまない父上。つい、想像力がな……」
お父さんによくわからないけれど注意をされて、ロクサス様は眉を寄せると、深々とため息をついた。
想像力とは何かしら。たけのこを想像したのかしら。たけのこほりの、想像?
「想像してしまうぐらいに、ロクサス様はたけのこが好きなんですね」
「そういう結論になるのか……まあいい。それで、そのたけのこがどうしたんだ?」
「たけのこほり大会に参加をして、たけのこを貰ってこようと思うのですが、たけのこは重いので男の人が一緒の方がいいって、オクタヴィアさんに言われて……そうしたら、ちょうどロクサス様が来たんですけど、お洋服が土で汚れるから、ダメですね……」
「駄目ではない。……それは、誘ってくれているということだろうか」
「一緒にたけのこ、掘りますか、ロクサス様?」
「無論だ。俺に任せておけ」
ロクサス様が即答した。なんだかうきうきした様子で。
実はロクサス様、穴を掘るのが好きなのかもしれない。嬉しそうでよかった。
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