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満開のサクラの下で泡沫の夢を見る



 ルシアンさんとシエル様はお酒に強い。

 そういえば年末も同じような光景を見たような、見なかったような気がするけれど、先にステファン様とロクサス様が酔い潰れた。

 ステファン様は「リディア、あと何度君と春を迎えることができるのだろうか、すっかりお姉さんになって……しかし俺の中ではずっと可愛いリディアだ」といいながらぐすぐす泣いていた。

 ロクサス様は「何故俺ははしたない妄想の中に出てこない……結婚式までしただろう、どうなっているんだ」と、ぶつぶつ言っていた。


 レイル様がにこにこしながら「姫君の花嫁衣装、可愛かったな」と褒めてくれて、ルシアンさんは「本当にあのまま、攫ってしまおうかと思った」と、どこまで本気なのかよく分からないことを言っていた。

 シエル様は不思議そうに「結婚式……花嫁衣装……?」と言っていたので、何があったのかをお話すると、「それは大変でしたね。そんなに大変な状況だったのに、僕の元に来てくれたのですね……ありがとうございます」と、お礼をしてくれた。


 エーリスちゃんがシエル様の手をがじがじしていて、ファミーヌさんが肉球でぷにぷに叩いていた。

 シエル様は謝りながら、エーリスちゃんやファミーヌさんに、サクラプリンを食べさせていた。

 ちょっと離れたところにいたイルネスちゃんのふかふかの頭も撫でて、サクラプリンを食べさせると、イルネスちゃんは「……あじふらい」と、小さな声で言って、シエル様をくりくりの瞳で見上げていた。

 仲直りできたみたいだ。よかった。


 フランソワちゃんが診療所でのお仕事の内容と、一緒に働く神官たちや医師が厳しいという話、けれど診療所の寮でお母様と一緒に、静かに暮らせて、毎日楽しいという話をしてくれた。

 診療所で共に働く人々は、厳しいけれど悪い人はいないのだという。

 少なくともフランソワちゃんの知っている――嫌な人々とは、違うのだと。

 大変だけれど、頑張ると言っていた。光魔法も使えるし、そのうち立派な治療師になって診療所を開いて、お母さんに楽をさせてあげたいのだとフランソワちゃんは言っていた。


 夢があって、えらいなと思う。

 私の夢は何かしら。

 ロベリアを続けること。静かに暮らすこと。ロベリアのお客様を、可愛い女の子や子供たちでいっぱいにすること。


 それは去年の夢だ。今は──。


 マーガレットさんとツクヨミさんが、もう遅くなるからと言って、フランソワちゃんを連れて帰っていく。

 ロクサス様とステファン様は眠ってしまって、さわさわと心地よい春風が少し冷たい。

 シエル様はご自分のローブを脱いで、私にかけてくれた。

 花の、香りがする。お日様と神秘のサクラの甘いよい香りに包まれて、私は目を擦った。


 こんなところで眠ってしまって、ロクサス様とステファン様は風邪をひかないかしら。

 そろそろ戴冠式が近いらしい。ステファン様はその準備に追われていて、疲れているみたいだ。

 それから、ゼーレ様のお加減がいよいよよくないらしい。

 フェルドゥールお父様や、マルクス様がゼーレ様に会いに度々王宮を訪れていて、ステファン様やエミリア様、アンナ様に、そろそろ覚悟を決めるようにというお話があったそうだ。

 だから、戴冠式の準備を急いでいるのだと、ルシアンさんが教えてくれた。


 ステファン様が無理をしないといいけれど、でも、今のステファン様にはルシアンさんやシエル様、ロクサス様やレイル様もいる。きっと大丈夫だと思う。


 世界が青から、茜色に変わっていく。

 丘の上から見下ろすことのできる聖都に、夕日が落ちていく。

 夕日が街を美しく橙色に染めあげる。白い建物が多い聖都アスカリットが、燃えるような橙色に変わっていくと、夜を待っていたかのように神秘のサクラの薄桃色の花弁が、桃色に輝きはじめる。


 それは光り輝くエーデルシュタインの街を思わせた。

 美しい街だった。

 そして、美しい人々が住んでいた。


「……綺麗」


 私はいつの間にか、椅子から立ち上がっていた。

 広い丘に何本もはえている神秘のサクラの花が輝いている。

 まるで、神秘的に輝く不可思議な洞窟の中に入り込んでしまったみたいだ。

 風に舞う花弁もきらきらと輝いて、頬にそっと触れて落ちていく。


「リディアさん」


 ふと名前を呼ばれた。

 さっきまでテーブルがあって、ご飯や飲み物があって、皆がいて。

 それなのに今は、神秘のサクラの中に立っているのは私一人。

 そして、私の目の前にはシエル様がいる。

 輝くサクラの花弁に照らされて、シエル様の髪の宝石も輝いている。

 綺麗な赤い瞳が私の内側までも見透かすように、熱心に私を見つめている。

 私は背の高いシエル様を見上げた。指先が頬に触れて、もう片方の手が腰に触れる。


 いつか、ステファン様の婚約者だった時代に参加したことのある舞踏会でのダンスを思いだした。

 私は踊ったことがないけれど、男の人と女の人が、大広間の真ん中でくるくる回っていた。


「シエル様、皆は……?」


「もう、帰りました。あなたは途中で眠ってしまって、誰が残るのか熾烈な戦いが繰り広げられたのですが、僕が勝ちました」


「そうなのですね」


「今は、皆のことは忘れて。僕のことだけ、考えて欲しい」


 体が引き寄せられる。シエル様の顔が私に近づく。

 春の夜はまだ少し寒い。シエル様の体は温かい。たっぷりとした布で作られたローブにすっぽりと包まれて、胸の鼓動が早まる。苦しいぐらいに。


「……リディアさん……リディア。僕は、あなたを、愛している」


「シエル様……」


「神秘のサクラの下で愛を誓うと、永遠になる……僕の心は、永遠にあなたのものだ」


「ど、どうしました、急に」


「やり直させて欲しい。……今度は、もっと、ゆっくり……あなたに触れたい」


 愛しげに瞳が細められる。顔が近づく。シエル様のさらりとした髪が私の顔にあたった。

 唇が――。


「リディア……!」


「ルシアンさん……?」


 唇が重なろうとしたところで、背後から力強い腕が私を抱きすくめた。

 艶やかな金の髪が、私の顔に落ちる。金色のカーテンみたいだ。

 ルシアンさんの思いのほか長い睫が、頬に影を作っている。


「リディア、愛している。私の……俺の全ては、君のものだ。だからどうか俺に、君の慈悲をくれないだろうか。ほんの少しでいい。触れたい」


「るしあ……っ」


 柔らかいものが、唇に触れる。あたたかく湿ったものが、口の中に入ってくる。

 それは、甘い。

 まるでチョコレートケーキとか、プリンみたいに甘い。


 そして私は――なんだかよく分からない宮殿みたいな場所で、玉座に座っていた。

 目の前には、セイントワイスの皆さんと、レオンズロアの皆さんが、膝をついてずらりと座っている。

 玉座に偉そうに座る私の横にはロクサス様が。

 見たこともないような、クジャクのはねで作ったみたいな扇で私を扇いでくれている。


「リディア様、我らの妖精、リディア様! 万歳!」


 私は満面の笑みを浮かべて「よきにはからえ」とか、よく意味の分からないことを口にした。

 私の背後には沢山のご飯が並んでいて、小山のように大きく成長したエーリスちゃんが、「かぼちゃぷりん!」といいながら、もくもくご飯を食べている。

 エーリスちゃん、ずいぶん大きくなって。

 そうよね、成長すると大きな女性の姿になるものね、エーリスちゃんはおおきい。

 もっと沢山食べて大きくなって欲しい。

 でもそうしたらロベリアに入りきらなくなってしまう。どうしよう。


「……っ」


「リディアさん、起きましたか?」


「リディア、すまない、起こしてしまった。夜は冷える。そろそろ帰ろう」


 はっとして目覚めると、そこはまだ神秘のサクラの木の下だった。

 私はテーブルにつっぷして、寝てしまったらしい。

 顔をあげると、ルシアンさんとシエル様が私を覗き込んでいる。

 レイル様が軽々とロクサス様とステファン様を両肩に抱え上げている。細身なのに、力持ちね。やっぱり勇者というものは力持ちなのね。

 

「わ、わたし、わたし……は、はしたなくて、すごい夢を……」


「今度ゆっくりきかせてくれ、是非」


「リディアさん、可愛いですね……」


 私は両手で顔を隠した。シエル様とルシアンさんの顔を見ることができない。

 そしてロクサス様には心の中でひとしきり謝っておいた。

 私はロクサス様になんていうことをさせてしまったのだろう。ごめんなさい。

 今度、何か美味しいものをお詫びに作ってあげよう。夢のことは内緒にしておきましょう。それがいいわね。うん。





お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

お花見編はこれで終わりです、ありがとうございました!

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