皆でお花見とはしたないことの妄想
私の作ったおにぎりとハムサンドと卵サンド、卵焼き。とカニさんとタコさんソーセージ。
ルシアンさんが買ってきてくれたワインとビール、瓶詰め紅茶とベリージュースとオレンジジュース。
シエル様が買ってきてくれた王都で人気のパティスリーのケーキは、ガトーショコラにサクラの花びらチョコと、サクラプリンと、サクラシュークリーム。
流石人気のパティスリーだ。季節を取り入れているし、ケーキがちゃんと可愛い。見習いたい。
ステファン様の買ってきてくれた屋台のサーモンサンドやプレッツエル、ワッフルやソーセージ、タコの串焼きや牛肉の串焼き、ローストビーフサンド、ポップコーンシュリンプ。
それらをロクサス様が──ジラール家の方々が用意してくれたお皿やカップに盛ると、粗雑なご飯のあつまりが一気にアフタヌーンティーパーティーのように様変わりした。
「花見ってのは、地べたに座って酒を飲みながらぼおっと景色を見ることだと思っていたんだが、これはこれでいいな」
ツクヨミさんは倭国の出身だけあって、サクラとお酒がよく似合う。
いつもの派手な蛸柄の着物がサクラの下にいると優雅に見える。
「どこの国でもサクラの下で告白したり、愛を誓ったりするもんだよなぁ。倭国にもあった。神秘のサクラの下で告白すると、恋が叶うとかなんとか」
「いいわねぇ。青春って感じね」
「俺たちが失った若かりし頃だ、マーガレット」
「そうね。リディアちゃんはこれからよ、これから」
丘から街を見下ろす位置に椅子を移動して並んでお酒を飲んでいるマーガレットさんとツクヨミさんが、懐かしそうに語り合っている。
せいしゅん。
私のせいしゅんは、これから。なんだかよくわからないけれど、春のことだろう。多分。
「かぼちゃぷりん」
「エーリスさん、季節柄、かぼちゃぷりんは売っていませんでした。それは、サクラプリンだそうです。サクラの味がするそうですよ」
「かぼ……」
「タルトタタン」
「タルトタタンもありませんでした、ファミーヌさん。ガトーショコラで我慢してください」
「……あじふらい」
「ケーキ屋にあじふらいは売っていませんね、残念ですが」
シエル様の持ってきたケーキの周りにエーリスちゃんたちが集まっている。
シエル様がお皿に移してひとつひとつエーリスちゃんたちの前に出してあげながら、皆と喋っている。
「お姉様、おにぎり美味しいです。ツナが好きです、私、ツナが」
「そうなのですね、フランソワちゃん。よかったです」
「お姉様、相変わらずむさ苦しい男たちばかりに囲まれて……可愛いフランソワちゃんが、お姉様を癒やしてあげますからね、だからたまには診療所にも遊びに来てください。頑張って働いているので、おにぎりを持ってきてくれてもいいんですよ?」
「分かりました、時々おにぎりの差し入れに行きますね、フランソワちゃん」
「お姉様、好き」
フランソワちゃんは、罪滅ぼしと、それから生活のために、大神殿の運営する王都の診療所で働いている。
光魔法が使用できるので、怪我を治したり、それからお医者様のお手伝いをしているらしい。
毎日頑張っているのは本当だと思うので、時々おにぎりを届けてあげよう。
「リディア、俺も……」
「お姉様のおにぎりは私のもの」
「皆のリディアだ、フランソワ」
「私のお姉様です」
「仲良くしてください、おにぎり、たくさんありますから」
「仲良くしますね、お姉様! 仕方ないからおにぎり、半分分けてあげます。ウメは食べて良いです、殿下。すっぱいので」
「そうか、ありがとう」
ステファン様をフランソワちゃんは警戒する野良猫ぐらい睨み付けていたけれど、梅干しのおにぎりをそっと差し出した。ステファン様は特に怒らずに、おにぎりを受け取っている。
フランソワちゃんはまだ男性が嫌いなのかしら。気持ちは分かるけれど、フランソワちゃんにもサクラの下で素敵な出会いがあるといいのだけれど。
娼館で嫌な思いをしてきたフランソワちゃんだから、絶対に浮気しない人がいいわね。
娼館という存在すら知らないような人がいい。誰かしら。騎士団の方たちは駄目だ。
セイントワイスの方たちは真面目そうだから、リーヴィスさんとか、仲良くなれないかしら。
そもそもリーヴィスさんが独身なのか既婚者なのかも、私はよく知らない。
お父さんが既婚者だったと知ったのも、ついさっきだし。
「リディア。口に、クリームがついている」
私の隣に座っているルシアンさんが、私の口元を剣を持つ硬い指先で拭って、クリームのついた指をペロリと舐めた。
「あ、ありがとうございます、ルシアンさん」
「可愛い、リディア。サクラのように、頬が赤い。……少しは、意識して貰えただろうか」
ルシアンさんの指が私の頬をさらりと撫でて、切なげに微笑んだ。
神秘のサクラの下で愛を誓うと、永遠になる。
ロベリアでお弁当を準備していたときの記憶が脳裏をよぎる。すごく、いけないことをしている気がする。
今一瞬、想像してしまった。ルシアンさんの手が私の頬に触れて、シエル様とそうしたように、唇が近づいて、それで──。
「ルシアン、花見で夜の雰囲気を出すな」
ロクサス様の声で、私ははっと、我に返った。私は今、なんていう妄想をしていたのかしら。
ちょっと雰囲気に飲まれた、というのは言い訳にならないわね。
ロクサス様の持っているティーカップにひびが入るのを、すかさずレイル様が時間を戻す魔法で元のティーカップに戻した。
それから、私の頭をよしよし撫でてくれる。
「姫君、怖かったねぇ、セクハラって言って怒っていいんだよ。……あれ? どうしたの?」
「私……」
あぁ、私、思いだしてしまった。
シエル様やルシアンさんで、恋愛の妄想をしてしまったこと。
今まで、そんなこと一度もなかったのに。お友達を妄想に登場させてしまうとか、どうかしてる。
「ごめんなさい、私……すごく、すごくはしたないことを、朝から考えていて……っ」
ちゃんと謝らないと。
勝手に妄想に登場させるのはいけないわね。すごく失礼だと思う。
「は、はしたないとは、何だ、リディア……!」
「ちょっと待って、姫君。ロクサスが神秘のサクラを枯れさせてしまう予感がするから、待って!」
「大丈夫だ、兄上。聞いておかなければいけない。リディア、一体何があったんだ。何かされたのか、悪い大人たちに」
ロクサス様がテーブルに手をついて、身を乗り出してくる。
ルシアンさんはぶんぶんと首を振った。
「ロクサス様、私はなにもしていません。何かしたとしたら、シエルかと」
「……リディアさん、その顔も可愛いですね」
「頭が花畑か。浮かれるな、シエル。元に戻れ」
にっこりと微笑んで、可愛いと言ってくれるシエル様を、ルシアンさんが咎めた。
私はますますいたたまれなくなって、懺悔の為に両手を胸の前で組むと、俯いた。
「じ、実は私……神秘のサクラの前で、愛を誓っていただく妄想を、してしまって……っ、恋に、憧れがちょっとあったのは確かですけれど、今までそういうのはなかったのです。ただ、神秘のサクラの伝説について考えていたら、シエル様とルシアンさんが、私に告白してくれるという、はしたない想像を……ごめんなさい、お友達なのに……」
「俺は、俺は、なんと言っていた」
「ロクサス様はいなかったです」
「私も愛を誓うよ、姫君」
「レイル様について考えようとして、はしたなさに気づいて我に返りました……」
「リディア、二人は誠実だったか? リディアの想像の中で、何かリディアに酷いことはしなかったのか?」
ステファン様がとても心配そうに言うので、私は首を振った。
「と、特に何も」
「お姉様、そんなこと謝る必要はないのですよ……妄想は、淑女の嗜みです。私もよく妄想をします。お姉様とお母様と、それから動物たちと、みんなで海の見える丘の家で暮らすのです。毎日私に優しいお姉様。最高」
「フランソワちゃん、励ましてくれてありがとうございます……」
皆は、口々に私に話しかけてくれるけれど、ルシアンさんとシエル様は無言だった。
ルシアンさんは顔を大きな手で隠して俯いて、シエル様は口元を手で隠して、目を伏せていた。
嫌だったわよね。勝手に妄想に使用されたのだもの。そうよね、申し訳ないわね。
「リディア。今すぐ、君の想像を真実にしよう」
「……リディアさん。駄目だ、思考が働かない……気を抜くと、あまりにも可愛らしくて、それ以外の言葉が……」
「ロクサス、ステファン、ルシアンとシエルに酒を飲ませて酔い潰すよ。姫君の言葉を記憶から消去させよう」
「任された」
「そうだな、分かった。二人とも、国王命令だ。飲め」
フランソワちゃんと私はジュースを飲みながら、レイル様たちがルシアンさんとシエル様にぐいぐいお酒をすすめるのを見ていた。
謝ることができてよかった。二度としないように気をつけよう。
海の見える丘でフランソワちゃんとエーリスちゃんたちと暮らすのも楽しそうね。
マーガレットさんとツクヨミさんは、「若いわね」「いいわね、青春」と、そんな私たちを見ながら、杯を重ねていた。
風が吹き、サクラの花弁が舞い落ちてくる。
今年の春は、きっと賑やかだろう。
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お花見編、昼、はこれで終わりです。
妄想編、夜、に続きます。




