桜舞い散る中にお酒とご飯
買い出しを終えたステファン様とシエル様、ルシアンさんと一緒に、神秘のサクラの咲き乱れる丘へと登っていく。
太い幹を持つ木々が並ぶ道は、風が吹くとひらひらと小さな薄桃色の花弁が舞い散って、まるで雪のように頭や肩や頬に落ちた。
「わぁ、すごい、綺麗ですね!」
「かぼちゃ!」
「タルト……」
「……あじふらい」
エーリスちゃんが喜んで、ファミーヌさんが花の香りを嗅ぐように鼻を上に向けて、イルネスちゃんが小さく声をあげた。
「神秘のサクラか……懐かしいな。私も、かつては……永遠の愛を誓ったものだ」
「お父さん、子犬の恋人と永遠の愛を……」
レイル様の腕の中でしみじみとお父さんが言う。レイル様はお父さんとイルネスちゃんを両手に抱えている。重そうだけれど、お父さんは軽いし、イルネスちゃんは見た目よりも軽い。
「お父さんは結婚していたんだね。ここには独身男性しかいないから、お父さんは人生の先輩というやつだね」
「そうだ。私は先輩だ、子供たち」
「結婚の心得って、何かある?」
「相手を好きだという気持ちを、素直に伝えることだな」
「姫君、好きだよ」
「あっ、は、はい」
お父さんとなにやら話をしていたレイル様が、私に言った。
ぼんやり花吹雪を見つめていた私は、びくりと体を震わせて、こくこく頷いた。
「リディア。そうして、花弁の舞い散る中に立っていると、花の妖精のようだな。私の前から消えないでくれ、どうか、この命が尽きるまで君を守らせてくれ」
「る、ルシアンさん、急に心配になることを言わないでください……」
消えそうなのは私じゃなくてルシアンさんではないかしら。命が尽きるとか言わないで欲しい。
「リディア、君と共に、このような美しい景色を再び見られて嬉しい。……俺は、本当に」
「ステファン様、泣かないでください……まだお酒も飲んでないんですから」
ステファン様がうるうるしている。これからお酒を飲むことを考えると、とても心配だわ。
たしか、年末も泣いていたのではないかしら。お酒を飲んで。
「……リディアさん、僕は」
シエル様が何か言いかけてやめた。
私はむうっと頬を膨らませて、シエル様のローブを引っ張る。
「ちゃんと言ってくさい、シエル様。また、喧嘩するの嫌です、私……」
「いや……その……あなたを見ていると……気を抜くと、可愛い、しか、言葉が出てこなくなってしまって……」
「えっ……」
シエル様は口元に手を当てて、私から視線を逸らしながら、頬を染めた。
ど、どうしたのかしら、シエル様。
「素直に自分の感情を受け入れたら、……その、……前々から押さえていた感情が、蓋を失ったように、あふれてしまうようで……あなたの全てが、可愛らしいと……それは、前からそう、思ってはいたのですが」
「し、シエル様、その、あ、あの……」
「ちょっと待て、リディア! 私も君を可愛いと思っている」
「姫君は可愛いよね。それは、王国民の総意だよ。シエルだけがそう思っているわけではないから、大丈夫」
「リディアは可愛くて可憐だ。それは周知の事実だ。今更気づいたのか、シエル! だから今までリディアの可憐さにロクサスのように動揺したり慌てたりしていないかったのだな。なるほど、納得した」
シエル様が照れている様子を見て、私も照れてしまって。
唇が触れたときのことを思いだして、胸の鼓動がうるさく響きはじめるのをどうしようって思っていると、ルシアンさんが慌てたように口を挟んだ。
レイル様がのんびり言って、ステファン様がしみじみと頷く。
すごい勢いで褒められているわよ、私。
どうしよう、ありがたいけれど、恥ずかしい。
「お姉様! お姉様!」
何も言えなくなってしまった私は、赤くなってしまった顔を隠すように俯いた。
一番大きな神秘のサクラの木のある、聖都アスカリットを見下ろす丘のてっぺんにさしかかると、可憐な声が私を呼んだ。
幹の太い、立派な枝に満開のサクラの花が咲いている木の下で、マーガレットさんとツクヨミさんが手を振っている。
私はサクラの木の下にピクニックシートを引いているのを想像していたのだけれど、ちゃんと立派なテーブルがあって、椅子も準備されている。その椅子に、優雅にロクサス様が座っていた。
その場所から、フランソワちゃんが私に向かって走ってくる。
「お姉様、お久しぶりです! お会いしたかった!」
「フランソワちゃん……!」
「はい、あなたのフランソワちゃんですよ! 日々真面目に診療所でのお勤めに従事していましたら、マーガレットさんがお花見に誘ってくれたのです。ロクサス様と二人きりにされたときはどうしようかこの嫌味眼鏡、と思っていましたが、お姉様の顔を見たら全て帳消しになりました!」
「それはこちらの台詞だ!」
「ロクサス様が怒ってる……サクラの下で怒っているの、ロクサス様ぐらい……」
「怒っていないぞ、リディア。俺は怒っていない」
「見て、姫君。ジラール家の財力を総動員したお花見セットだね。少し離れたところに従者たちが控えているから、後片付けもしてもらえるよ」
「そ、それはそれで、気が引けてしまいますね……」
他のお花見をしている方々に比べて、豪華なのはやっぱり、ジラール家の財力のおかげなのね。
レイル様がなんでもないことのように言ったので、私は小さな声で答えた。
やっぱりレイル様もジラール家のご子息だけあって、豪華絢爛に慣れている。私は慣れない。
「ツクヨミ、マーガレット、屋台で食事を買ってきた。屋台で食事を買うことができるようになったぞ、俺も」
「まぁ、ステファン。偉いわね。ちゃんとお兄ちゃんたちのいうことをきいたの? 屋台の人には迷惑をかけなかった?」
「問題ないと思う。ルシアンに、支払いに金貨を出しては駄目だと言われたのでな。釣り銭がないのだそうだ。だから、ちゃんと銅貨と銀貨も持ってきている」
「それは偉いな、ステファン。食事の支払いに金貨を出して、街の者を混乱させるってのは、王族がやりがちなこと、第三位ぐらいに入るからな」
「ルシアンとシエルはこういったことに慣れているからな、大丈夫だった。俺も二人を見習い、もっと見聞を広めなければと思った」
「いい子ねぇ」
「驚くほどに、毒がねぇな。逆に心配になるな」
テーブルに屋台で買ってきたご飯を並べながら、にこにこしているステファン様を見ながら、マーガレットさんとツクヨミさんがこそこそ何かを話している。
すでにテーブルの上にはお酒の瓶が並んでいて、ツクヨミさんの持っているお酒の入った杯に、サクラの花弁が落ちていて、なんだか、春、という感じだった。
「リディア。待っていた、座るといい」
「は、はい……ありがとうございます、ロクサス様。場所を用意してくださって」
私はエーリスちゃんたちと、ピクニックシートに座っておにぎりを食べて、家に帰るだけのつもりだったのに。
サクラの下での、貴族のお茶会みたいになっているわね。
「い、いや、……造作もない。こんなことでよければ、いつでも俺に頼るといい」
「ロクサス様、お金持ち……」
お金持ち過ぎて気が引けるので、頼みにくいわね。
それぞれ買ってきた物をテーブルに並べて、椅子に座った。
貴族のお茶会とか、会食みたい。
でも、テーブルの上でぴょんぴょんしているエーリスちゃんや、私の膝の上でぼんやりしているイルネスちゃん。ぴょんぴょんしているエーリスちゃんを尻尾でぱしぱし叩いているファミーヌさんも。
私の隣に座って、「お姉様、お茶を飲みますか? それともお酒? あっ、おにぎり、おにぎり食べて良いですか!?」と少しはしゃいでいるフランソワちゃんが楽しそうなので、予定とは違ったけれど、皆で集まれてよかった。
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