表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

218/296

サクラ祭りと屋台と買い出し陛下



 南地区アルスバニアと東地区の境界にある丘に、神秘のサクラの咲く丘がある。

 なぜ神秘のサクラと呼ばれているかというと、大きな木の、伸びる枝から広がる薄桃色のたくさんの小さな花がお日様の光を日中たくさん吸収して、夜になると神秘的に輝くからだ。

 神秘のサクラの花が咲いている時間は短くて、満開になってから一週間ほどで散ってしまう。


 花の見頃になると人々は神秘のサクラの丘に集まる。

 聖都の方々も、他の地方の方々も花を見にやってくるので、結構な人出になるのだけれど、丘は広いし神秘のサクラの木も森とはいかないまでも林ぐらい多くはえているので、人混みのせいで花を見ることができない、とまではいかないらしい。


 神秘のサクラの丘にのぼる手前の広場には露店が並んでいる。

 お花見に人が集まるので、ちょっとしたお祭りみたいになっているみたいだ。


「リディア!」


 屋台で買い物をしていた身なりのよい男性が私を呼んだ。

 集まった人々の中で一際目立っている。それはそうよね、だってどこからどう見てもただの街の人には見えないもの。

 その上、セイントワイスの筆頭魔導師様と、聖騎士団レオンズロアの騎士団長様を連れているのだから、更に目立つ。


「ステファン様!」


 ステファン様は、屋台で購入したのだろう、サーモンサンドやプレッツエル、ワッフルやソーセージや、タコの串焼きやローストビーフサンドなど、さまざまな料理を両手に抱えている。

 人々はステファン様たちに遠慮するように少し離れた場所から遠巻きに、それはそれは目立つステファン様たちを見ている。


「シエル様、ルシアンさん、こんにちは」


「こんにちは、リディア。レイル様に、お父さんたち」


「こんにちは、リディアさん、レイル様。お父さんにエーリスさんたち」


 私が挨拶をすると、ルシアンさんは片手にお酒や飲み物の入った瓶を抱えて、微笑んだ。

 シエル様も大きな箱を持っている。王都で評判のケーキ屋さんの箱だ。シマリスの絵が箱に描いてある。


「こんにちは、子供たち」


「かぼちゃぷりん!」


「タルトタタン」


「……あじふらい」


 エーリスちゃんがステファン様の頭の上にちょこんと乗って、ファミーヌさんはシエル様の肩に飛び移った。


「もう来ていたの? 早いね。私が一番乗りをして、姫君と永遠の愛を誓おうと思っていたのに」


「レイル、呼んでくれてありがとう。神秘のサクラの伝説の話だろう、それは。確か、二人きりで、誰もいない時に、という前提条件があったはずだ」


「この時期の神秘のサクラの前で、誰もいない二人きり、という前提条件を満たせるとしたら、深夜ぐらいしかないですね」


「あぁ、そうなのですね。確かに、この人の多さでは……」


 残念そうに肩をすくめるレイル様に、ステファン様が生真面目に答える。

 ルシアンさんが苦笑まじりに言って、シエル様は周囲を見渡すと、小さく頷いた。


「話には聞いていましたが、サクラの開花時期になると、この場所はこんなに賑わうのですね」


「シエル様も、ここに来たのははじめてですか?」


「……ええ。はじめてです」


 シエル様が戸惑ったように私から視線を逸らしたので、私は首を傾げた。

 私とシエル様はもう喧嘩をしていないし、仲直りをしたと思うのだけれど。

 といっても、一方的に私がシエル様に怒っていただけだ。

 なんで怒っていたのかは、今となってはうまく説明できない。

 エーデルシュタインでの騒動の時、ともかく私は必死で悲しくて苦しくて怖くて。

 色んな感情でいっぱいだった。だから、言葉で説明するのは難しい。


「私も、はじめて来ました。シエル様たち、忙しいと思っていたのに、来てくださったんですね」


 まだ私が怒っていると思っているのかしら。だから心配をしている、とか。

 もう大丈夫だからという気持ちを込めてシエル様を見上げて微笑むと、シエル様は目を伏せると、一度小さく息をついた。

 それから、気を取り直したように口を開く。


「レイル様から手紙をいただいたので……ちょうど、陛下とルシアンと話し合いをしていて、すぐに出かけるという話になり、王宮に本日は休息日だと陛下からの通達がいきました」


「まぁ、そうはいっても騎士団のものたち全てを休ませるわけにはいかないのでな。ノクトに後を任せてきた。部下たちもリディアに会いたいと、羨ましそうにしていたな。花見をしながら酒が飲みたいだけだと思うがな」


「リーヴィスや僕の部下たちは、是非行ってきてくださいと。すごく、見送られましたね」


 羨ましそうなノクトさんの様子も、是非是非行ってきてくださいとシエル様を見送るリーヴィスさんの様子も、容易に想像できてしまって、私はくすくす笑った。


「呼べばすぐくるとは思っていたけれどね。私たちはここまで歩いてきたけれど、ステファンのそばにはシエルがいるし、シエルには転移魔法があるしね。王宮組は早いだろうなって思っていたんだ。買い物ももう済んでいる?」


「あぁ。だが、ロクサスも早かったぞ? 場所を確保するとかで、先に神秘のサクラに向かった。マーガレットとツクヨミもロクサスと一緒にいる。先に酒を飲んでいるから、何か買ってこいと命じられたのでな。今、買い物をしていたところだ」


「ロクサス、花見など人が多いばかりではないか……とか文句は言うけれど、意外とこういったお祭りが好きだからね」


 レイル様がロクサス様の物真似をする。

 双子だからだろう、口調を真似るとそっくりだった。

 それにしても、国王陛下に買い出しを命じるマーガレットさんとツクヨミさんはすごいわね。

 買い出しを命じられたステファン様はすごく嬉しそうなので、まぁ、いいのかもしれないけれど。





お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ