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勇者は大体窓からくる



 お弁当を準備して、氷魔石を嵌め込んである飲み物を冷たい状態に保つことのできる水筒に冷たい紅茶を入れて、お出かけ用のお洋服に着替えた。

 シャーベットブルーのリボンのついたワンピースを着て、身支度を整える。


「さぁ、みんな、お出かけしましょう!」


 私が移動するたびにちょこちょこ後をついてきてくれるエーリスちゃんたちに声をかけた。

 お弁当の入ったバスケットを持って調理場からテーブル席の並んでいるロベリアの店内に向かう。


「姫君、話は聞かせてもらったよ」


「レイル様!」


 気配も音も感じなかったのに、開いた窓辺に、レイル様が座っている。

 窓には鍵もかけていたのに、どうやって開けたのかしらと思うのだけれど、これではじめてじゃないのでまあいいかと尋ねるのをやめて、私はレイル様に駆け寄った。


 白い髪がさらさらと風に靡いている。金色の瞳と白い肌と相まって、春の妖精みたいに見える。

 といっても、レイル様は見た目は少し儚い感じがするけれど、口を開くと明るくて元気な方だ。


「レイル様が窓から入ってくるのは、なんだか久しぶりですね」


「そうだね、私も勇者としてもう少し度々窓から入ってくるように心がけるよ」


「できれば扉から入ってきてほしいです、びっくりするので……」


「勇者とは窓から入ってくるものだからね。これはやっぱり譲れないよ。あと、姫君の驚く顔が可愛い」


 レイル様は窓辺から軽々と降りてくると、きちんと窓を閉めて鍵をして、私の前に立った。


「姫君、神秘のサクラを見に行くのでしょう? 姫君のところに遊びにきたら、忙しそうに料理をしているから、家の外で立ち聞きしていたのだけれど」


「そ、そんなに聞こえるですか、私の声?」


「私は耳がいいからね。それはともかく、姫君、どうして誘ってくれないの? 寂しい」


「え、あ、ごめんなさい……あの、忙しいかなって、思って」


 レイル様がしょんぼりするので、私は慌てた。

 そういえば私から誘うことって、あんまりないわよね。

 せっかくのお花見なのだから、みんなに声をかければよかった。でも、みんな忙しいかなって思っていたし、神秘のサクラの伝説を知っていると、余計に誘い辛いのもあった。

 だってほら、私と愛を誓いに行ってください、ってお願いしているみたいになっちゃうかもしれないし。


「忙しくないよ。むしろ暇」


「暇なんですか……」


「うん。私は勇者活動をしているのだけれど、基本的には冒険者ギルドで依頼を受けてそれを行う、という感じだからね。好きな時に仕事をして、あとは暇。基本的には街をうろうろして、困った人を助けたりしているけれど。あ、もう、フォックス仮面として、じゃないよ。レイル・ジラール。公爵家の放蕩息子としてね」


「そうなんですね。レイル様、ええと……一緒に行きますか?」


「うん。是非。でも、私だけ偶然一緒に行くというのも、ね。せっかくならと思って、姫君が支度をしている間に、みんなに魔力蝶で手紙を送っておいたよ。食べ物と飲み物を持って、神秘のサクラ前に集合。お花見をしよう! って」


「みんなに?」


「そう。姫君と私の友人、全員に。仕事を投げ捨てて、みんな来てくれるんじゃないかな。神秘のサクラの祝日。たまにはそんな日があっていいし、ステファンは戴冠式前とはいえ国王な訳だから、新しい祝日を制定できるよね」


 レイル様はステファン様のことを、陛下ではなくて名前で呼ぶようになった。ステファン様に、「陛下といわれると、距離が開いたようで辛い。俺はレイルやロクサスを弟だと思っているのに」と言われたかららしい。

 レイル様とロクサス様は「ステファンは寂しがり屋だよね」「ああも素直に、真っ直ぐに寂しいと言われるとな」と、呆れたように、けれど少し嬉しそうにしていた。

 私とレイル様、エーリスちゃんたちはロベリアを出た。 

 お弁当の入ったバスケットはレイル様が持ってくれた。

 レイル様の頭の上にエーリスちゃんが、肩の上にファミーヌさんが乗っている。バスケットを手に持って、イルネスちゃんを小脇に抱えているレイル様は、ぬいぐるみをたくさん持ち歩いているみたいでちょっと可愛らしかった。

 私は既婚者のお父さんを抱っこして、柔らかい春の日差しの中を並んで歩く。


「ねぇ、姫君。神秘のサクラの言い伝えは、姫君はもちろん知っているよね?」


 ロベリアから神秘のサクラの丘までは距離がある。

 歩いて大体、小一時間ぐらいかしら。行ったことはないけれど場所は大体知っている。

 街の家々の前にあるプランターには色とりどりのチューリップが咲いていて、街灯に吊るされているプランターにはビオラの花が生き生きと咲き乱れている。


「知っていますよ。愛を誓うと、永遠になるとか……」


「そうそう。私と姫君、一番乗りかな。そうしたら、私は姫君に変わらない愛を誓うね」


「えっ、あ、あの……」


「私では、嫌?」


「……そ、そういうわけじゃ、ないですけど。レイル様、からかっていますか?」


「ん。どうかな。姫君を独り占めしたいという気持ちと、みんなに優しい姫君を、私だけが独占するのはよくないかな、という気持ち、両方ある、かな」


 レイル様は「本当はみんなに内緒で、私だけが一緒にお花見に行こうかなって思ったんだけど」と言って、困ったように笑った。

 

「でも、姫君のことが好きなのと同じように、ロクサスやステファンのことも好きだし、ルシアンやシエルは友人だよ。だから、せっかくならみんなで、優しい春の訪れを祝いたいよね」


「はい!」


 レイル様が私や皆をお友達だと思っていてくれることが嬉しい。

 私はにっこり笑った。

 好きと言われると、少し緊張する。お友達と言われると、安心する。

 変な感じがした。



 

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