お花見日和とお弁当の支度
ベルナール王国に春がきた。
春といえば、お花見。
聖都アスカリットの南地区の小高い丘の上にある神秘のサクラは、かつて倭国から友好の証としてベルナール王家に送られた神秘のサクラを接木したものである。
広い丘に神秘のサクラが咲いている姿は圧巻で、春になると聖都中からお花見をする方々が集まるのだという。
ちなみに私は行ったことがないし、見たこともない。
去年の今頃は私はロベリアと市場の往復しかしない生活を送っていて「リディアちゃん、お花見行きましょ。楽しいわよ」とマーガレットさんに言われても「ごめんなさい……忙しいのです……」と言って断っていた。
忙しかったのは本当だ。
そのころはルシアンさんが騎士団の方々を連れてご飯を食べに度々きてくれていたし、自分用のご飯を一人分作るのと、お客様の分をたくさん作るのでは全く違う。
慣れないお仕事に四苦八苦していたし、お金の管理だってはじめて自分でしたし、お買い物だってそう。
そしてともかく私は元気がなかったので、恨みつらみの集合体のようなメンタルの暗黒面に落ちていたので、サクラを見に行く気にもならなかったのよね。
今思えば、せっかくマーガレットさんが誘ってくれたのに、どうして……という感じなのだけれど。
ともかく、去年はそんな感じだった。
「でも、今年はお花見。お花見に行きましょう、みんなで」
エーリスちゃんたちに神秘のサクラを見せてあげたい。
聖都の伝説によれば、神秘のサクラの下で愛を誓った恋人たちの愛情は永遠になるのだとか。
とてもロマンがある。とてもいい。
ちなみに去年の私はその話を聞いて「永遠の愛なんてありません、男は浮気するのです……!」と、マーガレットさんに反抗期の娘ぐらいに反抗していた。
マーガレットさんは苦笑しながら「まぁ、言い伝えだから。ロマンティックでいいじゃない? サクラの下で愛を誓う、とか。あと、アスカリット大噴水にコインを投げ合うと結ばれるとか、それから、大神殿のアレクサンドリア様の石像に触れると恋人ができるとか、色々あるのよ、そういう話は」と教えてくれた。
当時の私は、男性とは浮気する動物であるという世界の真理に到達していたから、話半分で聞いていた。
「エーリスちゃんと、ファミーヌさんと、イルネスちゃんと、お父さんと私。みんなでサクラの下でご飯を食べると、ずっと一緒にいられるのですよ、きっと」
「かぼちゃぷりん」
「タルトタタン」
「あじふらい」
「それはいいな、リディア。しかし、私と子供たちと、愛を誓ってもな……連れて行きたいものはいないのか、誰か他に」
「うーん」
私はせっせとおにぎりを握っている。
中身は、たらことシャケと、梅干しとツナ。
海苔を巻いた三角おにぎりを、バスケットに詰める。
それから、ふわふわの卵を挟んだ卵サンド。ハムとチーズとシャキシャキのレタスを挟んだハムサンド。
スライスしたパンにバターを塗って具材を挟んでいく。
たこさんソーセージに、カニさんソーセージ。イルネスちゃんの好きなアジフライと、デザートにイチゴ。
「連れて行きたい人……」
それはつまり、愛を誓いたい人、ということかしら。
まず最初に、シエル様の顔が浮かんだ。魔力を吸われた時のことを思い出して、私は口元に手を当てると顔を赤くした。
ぶんぶん首を振る。
思い出したらいけない、あれは、ただのせいぞんほんのう、というものらしいのだから。
恋人同士というのは口づけをするものらしいけれど、あれは違う。
「リディア。顔が赤い。好きな男ができたのか!? お父さんに教えなさい!」
「ち、ちがいます、お父さん。それにどうしてお父さんに教えなくてはいけないのですか?」
「決闘を申し込む。私よりも弱い男に、リディアを渡せない」
「かぼちゃぷりん!」
「タルトタタン!」
「あじふらい!」
お父さんの意気込みに、エーリスちゃんとファミーヌさん、イルネスちゃんも何故か臨戦体制になった。
調理台の上でエーリスちゃんはぽよんぽよん跳ねて、ファミーヌさんは爪を出して、イルネスちゃんは後ろ足で立ち上がって、バランスを崩してころんと転がった。
すかさずエーリスちゃんとファミーヌさんが支えようとして、ぼふっと大きめのイルネスちゃんの下敷きになる。
お父さんが「大丈夫か、子供たち」と言いながら、ファミーヌさんやエーリスちゃんを口に咥えてイルネスちゃんの下から助け出した。
「子犬が、決闘を……」
「犬ではない、お父さんだ」
私は剣を持って子犬のお父さんと相対するルシアンさんの姿を想像した。
ルシアンさん、犬が好きだからとても決闘なんてできないわね。
というか、愛を誓いたい人の話で、シエル様やルシアンさんを思い浮かべるのはいけないわよね。
お友達だもの。
男性の知り合いも女性の知り合いもそんなにたくさんいるわけじゃないので、どうしても親しい男性の顔を思い浮かべてしまう。
私の想像の中でシエル様が「リディアさん、愛しています。あなたとずっと、一緒にいたい」と、大輪の百合の花を背負って言った。
そしてルシアンさんも「リディア、愛している。君だけに愛を捧げると誓う」と、大輪の薔薇の花を背負って言った。
ロクサス様やレイル様、ステファン様について考えかけて、やめた。
一体何人の男性に告白されるつもりなの、私。ただの妄想だけど。
「……私は、想像の中で、なんてことを……!」
私は頭を抱えそうになる。おにぎりを握っていたので、水とお米でベトベトしているので頭を抱えることはできなかったけれど。
どうしよう。王国に春がきたと同時に、私の頭にも春が来たのかもしれない。
「お友達を私の妄想に登場させてしまうとか、いけないことです……マーガレットさんやお父さんが、愛とか恋とか恋愛とか好きな人とかいっぱい言うから……」
「君は恋をしてはいけないのか、リディア」
「そ、そんなことは、ないですけど」
「恋や愛は、悪いものではない。私も昔、嫁が……」
「お、お父さん、既婚者だったのですか!?」
「あぁ。昔の話だが」
私は衝撃の事実に、おにぎりを落としそうになった。
お父さん、子犬なのに、お嫁さんがいたのね。
なんだか負けた気がした。
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