怒るリディアと仲直り。
ふぁ、と、あくびをして、ぐぐっと伸びをする。
朝は苦手だ。ずっと寝ていたい。
朝の日差しが、窓辺に置いたモンステラの葉を青々と輝かせている。
私の手のひらよりも大きい穴の空いた葉っぱが可愛い鉢植えのモンステラは、ルシアンさんのお部屋にあったものだ。ルシアンさんのお家に遊びにいった時に、お部屋のあまりのおしゃれさに圧倒された私。
私よりも女子力が高くておしゃれなルシアンさんを見習いたいと言ったら、鉢植えを一つプレゼントで持ってきてくれた。
寝室に観葉植物が一つあるだけで、なんだかとってもお部屋が明るくなった気がする。
目尻に溜まった涙をごしごしと擦った。
ベッドでは、エーリスちゃんとファミーヌさん、イルネスちゃんがくっつきあって寝ている。
お父さんは私の足元で丸まっている。
エーデルシュタインでの騒動が終わってから、お父さんは少し無口だ。
といっても、もともとあまりしゃべる方ではないし、口を開くと「私は可愛い」ぐらいしか言わないので、無口だからといってあんまり心配にはならないのだけれど。
クリスレインお兄様は「また遊びに来るね」といって、エルガルド王国に桃饅頭に乗って帰っていった。
ステファン様たちは、ガリオン様の処遇やこれからのことを話し合わなくてはいけないといって、王宮に戻った。
エーデルシュタインに生クリームの雨が降って、土地も建物も壊れた飛空艇も、何事もなかったように癒して治してしまったから、ロクサス様とレイル様は飛空艇でジラール家に戻って、それから準備を整えてマルクス様と一緒に王宮に向かうといっていた。
本当はそのまま王都に戻ってもよかったけれど、長い間連絡もせずに留守にすると、ジラール家で待っているお母様を心配させてしまうという配慮からだ。
ロクサス様やレイル様が、ジラール家のご両親と家族に戻ることができて、嬉しい。
私たちはシエル様の魔法で、聖都アスカリットに戻ってきた。
ロベリアを留守にして数日しか経っていないのに、帰ってきたのはずいぶん久々な気がする。
この数日は、ゆっくりお風呂に入ってたっぷり寝て過ごした。
シエル様に「あなたには、無理ばかりさせていますね。僕があなたの魔力を奪い、そしてその後も、多量に魔力を使用した。無理をせずに、数日は回復のために休んでください」と言われたからだ。
私はロベリアまで送ってくれたシエル様と別れる時、じっとその顔を見つめて、それからぷいっと顔を背けた。
シエル様は少し悲しそうな顔をしていたので、ズキズキ胸が痛んだけれど、私は怒っているので、怒っていますという態度を崩さなかった。
だって、シエル様、何も言わないでいなくなって危ない目にあったし。
イルネスちゃんを体から追い出すためとはいえ、自分で自分を傷つけたし。
他に方法がなかったのかもしれないけれど、死んじゃうかもしれないって思ったもの。
でも──。
「……喧嘩したままっていうのは、気持ちがよくないわよね」
「かぼちゃぷりん!」
「タルトタタン……」
「あじふらい」
エーリスちゃんがぴょこんとはねて、ファミーヌさんが眠そうな声をあげた。
イルネスちゃんが、可愛い声で朝の挨拶をしてくれる。
私はイルネスちゃんのふわふわの体を抱き上げた。
「イルネスちゃん、どうしていちごぱるふぇじゃないんですか?」
「あじふらい」
「いちごぱるふぇ」
「あじふらい」
あじふらいも、いちごぱるふぇも両方美味しいとは思うけれど、いちごぱるふぇの方が可愛いと思うのに。
イルネスちゃんは長い耳をぴょこぴょこ動かして、青いつぶらな瞳をぱちくりさせた。
「おはよう、リディア。子供たち」
「お父さんおはようございます、朝ご飯にしましょう。そろそろ、お店も開きたいですね」
「君の魔力はかなり回復したようだから、問題ないだろう」
「わかりますか?」
「私はお父さんだからな、わかる」
私は寝衣からお洋服に着替えて身支度を整えると、一階に降りた。
私の後を、動物たちがついてくる。ちゃこちゃこと、動物たちが床を歩く音が聞こえる。可愛い。
みんなと一緒に調理場にいって、私はパンとソーセージと目玉焼きを焼いた。
香ばしい香りが食堂に漂う。窓から入ってくる風はすっかり春めいていて、暖かくて少し涼しい。
お昼にさしかかる頃にはかなりあたたかくて、上着はいらないぐらいだ。
とんとんと、扉がノックされたので、出来上がったご飯をみんなの前に出してから、私は扉に向かった。
扉を開くと、そこにはシエル様が立っていた。
朝の柔らかい光に照らされたシエル様は、相変わらずとても綺麗で、そして少し、困ったような戸惑ったような表情を浮かべている。
私はシエル様をじいっと見上げて、それからきゅっと唇を噛んだ。
「おはようございます、リディアさん。あの、……今日は、謝罪に来ました」
私は無言で、プイッと顔を背ける。
私は怒っているので、シエル様とはお話ししてあげないと決めたのだ。
「これ、もしよかったら……マーガレットさんの店で買ってきた、肉の詰め合わせと、ツクヨミさんの店で買ってきた、海産物の詰め合わせです。それから、果物と、ミルクやチーズなどの乳製品と、ともかく市場で売っているものを色々。重たくて運ぶのが大変そうなものを中心に、購入してきました」
シエル様はそれはもうたくさんの荷物を抱えていた。
いつも優雅な佇まいのシエル様が、両手にお肉や海産物などが入った袋を抱えている姿というのは、なんだか微笑ましい感じがした。そして、嬉しい。そろそろお買い物に行かなきゃなと思っていたところだ。
なんせ家族が増えた。エーリスちゃんはいっぱい食べるし、イルネスちゃんもいっぱい食べる。
お父さんとファミーヌさんは、そうでもない。
「……リディアさん。色々と、すみませんでした。……それでは、僕はこれで」
シエル様は荷物をロベリアのお店の入り口に置くと、寂しそうに笑って帰ろうとする。
私は慌ててシエル様の手を掴んだ。
「あ、朝ご飯! 朝ご飯食べますか、シエル様……っ」
「……いいんですか?」
「ごめんなさい、私、シエル様と喧嘩するの、やっぱり嫌です……怒ってないです、ごめんなさい……」
怒っているけれど、怒っていない。
私の態度のせいでシエル様が悲しい気持ちになるの、良くないわよね。
シエル様の顔を見上げると、じわっと涙が滲んだ。
死んでしまうかと思った。もう会えないかと思った。
私、本当は、すごく怖かった。
「……リディアさん。ありがとうございます。……あなたがよければ、あなたが許してくれるなら、僕と、もう一度友人になってくれますか?」
「はい……!」
そして私とシエル様は、仲直りした。
雪が解けて春になって。
去年の今頃は、ステファン様に婚約破棄をされて、春を楽しむどころじゃなかったけれど。
お花の良い香りも、青々とした緑も、空の青さも。
今は、全てが綺麗で、特別なもののように思えた。
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次回からは少しのんびり番外編を書こうかなと思います。




