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寄る辺と決意とこれからのこと



 ひび割れた大地も、飛空艇も、エーデルシュタインも。

 こんもりとふりつもった生クリームがすっかり消えてしまった後は、傷一つない元の姿を取り戻していた。

 生クリームまみれになったわけだから、体とかお洋服とか、全体的にべたべたになるのかなって思っていたのだけれど、そんなことはなかった。何事もなかったように、疲れた体と傷を癒して、生クリームは消えてしまった。

 シエル様が言うには、私の力はセイントワイスの召喚術に似ているのだという。

 召喚された時は実体だけれど、消えてしまえば幻のように何も残らない。

 お洋服や髪がべたべたにならなくてよかった。なんで生クリームだったのかはよくわからないけれど、ともかくよかった。


 べたべたになってしまったとしたら、クリスレインお兄様の毛皮とか、大変なことになってしまうものね。

 それなので、生クリームまみれになりながらふわふわべしゃべしゃ遊んでいたエーリスちゃんやファミーヌさん、イルネスちゃんも無事だった。

 置物みたいに私の傍でじっとしているお父さんも無事だった。

 すぐさまお風呂に入れなきゃいけないわねって思っていたのだけれど、大丈夫みたいだ。

 むしろつるつるすべすべふわふわしている。

 私の力の、癒しの効果は、お肌や毛並みにもきくのかもしれない。

 今度マーガレットさんに教えてあげよう。たぶん喜ぶ。

 お母様にも教えてあげよう。きっと喜ぶ。あと、フランソワちゃんにも。


 フィロウズ様とガリオン様は、クリスレインお兄様の異空間収納から取り出した縄でルシアンさんとレイル様に捕縛された。

 ウィスティリアの軍の方々は、誰も抵抗しなかった。クリフォードさんは酷く戸惑った顔で、捕縛されるガリオン様を見ていた。

 宝石人の方々も同じだった。

 まるで、親を失ってしまった迷子の子供みたいだ。


「今までずっと、絶対的な誰かの言葉を信じて生きてきたのだろう。誰かの言葉を信じてそれを疑わない生き方はとても楽だからね。なんせ、自分で考えなくてすむ」


「自分で考えない……?」


「そう。そういう生き方をする人もいるんだよ、リディア。もちろん少なからず君も私も、誰かの言葉を指標にすることはある。よいと思ったものを取り入れる、誰かに相談して、自分の行動を決める。これは誰にでもあることだよね」


「はい。私、よく相談します」


 クリスレインお兄様が私の隣に、腕を組んで立っている。

 お兄様の毛皮の中に、エーリスちゃんやファミーヌさんが埋まっている。

 イルネスちゃんはちょっと大きめのうさぎちゃんなので、クリスレインお兄様に抱っこされている。「まるまるとした美味しそうなウサギだねぇ」と言われて、「あじふらい……」と、一瞬だけ怯えたような声をあげていた。


「あぁ、それから、マーガレットのような占い師の占いに頼るという方法もあるよね」


「マーガレットさんの占いは人気なので、たくさんお客さんがくるのですよ」


「うん。人は迷った時に、何かに縋りたくなるものだ。迷いが大きければ大きいほど余計にね。でもそれがいきすぎてしまうと、……絶対的な何かに、正しいと信じた相手に……信じ込まされた相手に、自分を全て委ねてしまうんだ」


「そんなこと、あるのでしょうか……」


「生まれたばかりの子供は、親を信じるでしょう。それがどんな親であっても、小さな子供世界には親と、自分しかいない。信じる相手も頼る相手も、親しかいない」


「そうですね……」


 私は俯いた。記憶がないぐらいに小さい時のことは覚えていないけれど、思い出せる範囲では、幼い頃の私はお父様に好かれてはいなかったけれど、それでもお父様のことを嫌いになったりはしなかったように思う。

 お父様は、お父様だ。私のお父様だから。

 寂しかったし悲しかったし好かれたかったけれど、お父様の言葉や行動に疑問を持ったことはあまりなかったと思う。悪いのは魔力のない私で、好かれないのは仕方のないこと。

 お父様の方が正しいのだと、多分、思っていた。


「でもね、大人になるにつれて気づく。完璧な人間なんてこの世にはいなくて、親だってただの人間なんだって。感情にまかせて怒ったり、理不尽なことを言ったり。私たちは自分の意見を持つようになって、全てを、親に委ねたり、従ったりはしなくなるよね」


 私は頷いた。

 本当は私は神官家に帰るべきだろうし、お父様もお母様も帰ってきて欲しかっただろうと思う。

 けれど私はロベリアにいることを選んだ。そこが私の居場所だからと。

 お父様とお母様から離れることを選択した。


「――それが、できない人もいる。悩むのは苦しいでしょう。自分で決めるのも、とても苦しい。その責任や重圧を自分よりも強い存在に委ねてしまう。それに、強い存在に逆らうのは、恐ろしいことだしね。クリフォードはそうなるように育てられたのだろうね。宝石人たちも、そういう風にずっと生きてきたのだろう」


「強くなれ。自分の頭で考えろ。言うのは簡単だが、覚悟を決めるのは難しい」


 ロクサス様が眉間に皺を寄せて言う。

 クリフォードさんのことを怒っているようで、それと同時に哀れんでいるような口調だった。


「これから……どうなるのでしょうか」


 私はぎゅっと、手を握りしめた。

 人の気持ちを変えることはきっととても難しいのだろう。

 私だってずっとマーガレットさんに、「恋でもしなさい、リディアちゃん」と言われていたけれど、「男なんて嫌いです!」って言い続けていたのだし。

 私が変わることができたのは。今ここに、いることができるのは。

 シエル様と出会ってお友達になって。それから、ロクサス様やレイル様と出会って、ルシアンさんの本当を知って。ステファン様が元に戻って。お父さんのことを思い出して、エーリスちゃんたちが私のそばにいてくれるようになって。


 いろんなことが起こったから、自然に少しづつ変化していった。

 クリフォードさんにとっても宝石人の方々にとっても、私がシエル様に泣きじゃくりながら攫われた時みたいに。これが、変化のきっかけになるのだろうか。


「クリフォード。ガリオン殿に従ったお前もガリオン殿と同罪ではある。だが、お前自身の言葉を、俺は聞いていない」


 ステファン様がクリフォードさんに言った。

 捕縛されたガリオン様とフィロウズ様の縄をルシアンさんとレイル様が持っている。

 その横に、クリフォードさんが大地に膝をついて項垂れていた。ウィスティリアの軍の方々も、戸惑った表情で武器を降ろしている。

 ステファン様とシエル様とマルクス様が並んでいて、その背後には宝石人の方々が並んでいる。


「俺は……わかりません。今までの俺は、ガリオン様の言葉がすべてでした。シエルを蔑み嘲り、他種族を憎む。ベルナール人が、そしてウィスティリアの名が、一番優れているのだと信じてきました」


「今は?」


「……これは一体、なんのための戦いだったのかと。抵抗さえしようとしない宝石人を殺そうとし、……陛下の言葉に逆らってまで、エーデルシュタインを滅ぼそうとした。シエルは……命をかけてこの国を守ったというのに。シエルに残酷なことをした俺は、見捨てられて当たり前だったというのに」


 クリフォードさんは、額に手を当てると、髪をぐしゃりと掴んだ。


「ウィスティリアの家に、妻子がいます。命が助かって、この国が助かって、俺はとても安堵しています。救ってくれたシエルに、俺は顔向けできないような行動をずっと、とってきたのに」


「……罪を犯したお前たちから家の名を剥奪し、シエルにウィスティリアの名を戻す。それが、正しいと俺は思う。だがシエルはそれを望まないだろう」


「そうですね。その名は僕には、重い。できることならば、セイントワイスのシエル・ヴァーミリオンのままでいたい」


 シエル様は静かに頷いた。


「ガリオン殿の呪縛から、お前が開放されることを願っている。ヴィルシャークと共に、そして時にシエルや俺を頼り、この国のために働いてくれることを俺は望んでいる。お前の妻子のためにも、領民たちのためにも」


 ステファン様に言われて、クリフォードさんは泣きながら地面に額を擦りつけた。


「ありがとうございます、陛下。そして、すまなかった、シエル……! 陛下と、聖女リディア、シエル……皆様の寛大なご慈悲に感謝を。この命、これからは陛下に捧げます……!」


「そういうところが駄目なんだよ、クリフォード。命を捧げられたって、殿下……じゃなくて、陛下は嬉しくないでしょう。自分で考えて、正しい行動を選択していくんだ。これからは。シエルがずっと、そうしてきたみたいにね」


「間違いは、正すことができる。お前はやり直す機会を貰うことができた。それがどれほど幸福なことか、噛みしめて生きていけ」


 溜息交じりにレイル様が言って、それからルシアンさんが「私のように」と付け加えた。


「宝石人の皆は、指導者を失うことになる。だが、俺のそばにはシエルがいる。あなたたちが心安らかに暮らすためにはどうすればいいのか、シエルや皆と話し合って、この国を変えていきたいと思っている。俺やシエルを、信じて欲しい。……当面は、あなたたちの街の警備を、ウィスティリア家に任せよう。これは、クリフォード。お前を試すためでもある。いいな」


「はい! 必ずや、使命を果たしてみせます」


 ステファン様に言われて、クリフォードさんが短くはっきりと返事をした。


「シエル。お前を宝石人として扱うこと自体が、お前の差別になるのではと俺は考えていた。けれど、お前は宝石人だ。その体には、フィロウズ殿と同じ血が流れている」


「はい」


「これからは、お前は俺の臣下であるとともに、エーデルシュタインの王家の人間として、扱わせてもらう。これからのこの国のため。宝石人たちと、ともに同じ国で生きていくために」


「構いません。僕は、フィロウズの孫。セイントワイスの筆頭魔導師として王国の人々を守り、フィロウズの孫として、宝石人を守る。それが僕の役割です」


 シエル様が言う。

 その表情はどことなく、晴れやかだった。

 胸に手を当ててステファン様に頭を下げるシエル様の姿を見て、寄る辺をなくしたように不安気だった宝石人の方々が、安堵したように表情をやわらげた。


「……おねえちゃん。むずかしいことは、よくわからない。でも、シエルさまはわたしたちの、おうじさま、ということなのね」


 私から少し離れた場所で、ご両親に守るようにして抱きしめられているロザミアちゃんが言う。


「ええ、そうですね。エーデルシュタインの王子様です」


 私はロザミアちゃんに微笑んだ。

 きらきら輝くエーデルシュタインの街の、王子様。

 これからどうなるのかは分からないけれど、きっとうまくいくわよね。

 

 できることなら、ふわふわの生クリームたっぷりのケーキみたいに。甘くて、楽しくて穏やかな毎日が、続いて欲しい。

 


お読みくださりありがとうございました!

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