ふんわり生クリームまみれ
ドロップを形作っている魔力が、とろりと溶けて口に溢れる。
シエル様ののどが、こくんと動いた。
もっと欲しいというように差し出される舌の感触に、その舌の上に浮き出ているごつごつして、つるりとしている固い宝石の感触に、私は自分がしていることに気づいて体を震わせた。
シエル様の指先が、くすぐるように私の頬に触れる。
さっきまで、夢中だった。
助けなきゃいけないって、必死だった。
けれど気づいてしまったら、もう駄目だ。
私、シエル様と──アジフライの時は、シエル様の中身がイルネスちゃんだったし、アジフライはほら、大きいから、直接口が触れ合ったりはしていないし。
だから、そんなに気にしていなかったのに。
これ。
これは。
これは、駄目だ。
唇が触れ合っている。唇どころか、もっと、魔力を強請るように、舌先が私の唇の重なり合った部分を撫でる。
思わず開いてしまった唇の隙間から入り込んでくる舌の感触がある。
あたたかくて、柔らかい。
浮き出た宝石が時折、口の中に当たる。まるで、私が何か美味しい食べ物になってしまって、食べられているみたいだ。
「しえ、る、さ……っ、ふ、ぁ……」
どうしていいかわからずに、でもこれは、シエル様の体を治すのに必要なのかもしれないと思って、私は目を閉じてその感触を甘受した。
恥ずかしい。恥ずかしい。でも。
でも、怖くない。嫌じゃない。
重なる唇も、触れる繊細で長い指も、全部が、砂糖菓子みたいで甘い。
これは多分、エーリスちゃんドロップいちごみるく味。
でも、もっと甘いような気がする。
「……ん」
息苦しさを感じて、シエル様の腕をきゅっと掴む。
シエル様に覆いかぶさるようにしていた私は、そっとシエル様から離れた。
私の膝の上にシエル様の頭があって、とろりと蕩けていくような赤い瞳が、羞恥に頬を染めた私をうつしている。
パキパキとひび割れて、亀裂が入っていっていたシエル様の肌が、するすると新しい肉に覆われるようにして修復していく。
割れた指も、腕も、抉れた脇腹も、大きなひび割れが入った心臓も。
全て、傷が塞がっていく。
シエル様のそばで寄り添うように丸くなっていた小さなふわふわの妖精竜が起き上がると、シエル様の頬をぺろりと舐めた。
シエル様はようやく目覚めたように大きく目を見開いて、それから私の膝から慌てたように体を起こした。
上半身を起き上がらせたところでふらついて倒れそうになるのを抱きしめるようにして支える。
「っ、あ、……す、すみません、リディアさん。……今のは、つい、その、……生存本能のようなものが、働いてしまって……」
シエル様が、珍しく狼狽している。
困り果てたように寄せられた眉や、染まる頬を隠すようにして俯いた。
白い頬はいつものように綺麗で、さらりと揺れる髪には空色の宝石が輝いている。
余計なお肉を削ぎ落としたようなしっかりとした男性の体にも、ところどころに赤い宝石が浮き出ている。
けれどもうひび割れはない。
痛々しい赤い鉱石の断面も、見えない。
でも、せいぞんほんのう。
何かしら、せいぞんほんのう。
初めて聞いた言葉だ。
「せいぞんほんのう……?」
「生きるための、欲求のようなものです。体を修復するために、あなたの魔力を無意識で奪いました。……すみません、辛く、ないですか」
「私は元気ですよ。私よりも、シエル様です。シエル様、大丈夫ですか? っ、あ、私、私、怒っているんでした……シエル様の馬鹿っ、危ないことしたら駄目です……死んじゃうところだったじゃないですか……っ、馬鹿……!」
「そうですね。ごめんなさい」
「シエル様なんて、一生ぬくぬくのお布団で寝て、出てこなければいいんです。あったかいお風呂に入って、お布団で寝て、美味しいご飯を食べて……っ、うう、無事で、よかったです、体、治ってよかった……っ」
「……ありがとうございます、リディアさん」
泣きじゃくる私を、シエル様が抱きしめてくれる。
「……私、怒っているんですから……っ、でも、……皆を、守ってくれて、ありがとうございました……」
「こうなったのは今まで何もせず、見ないふりを続けてきた僕の責任です。ウィスティリアにもエーデルシュタインにも関係する立場にありながら、近づこうとはしなかった。もっと早く、僕がイルネスの存在や、エーデルシュタインに溜め込まれた魔石の危険性に、気づけていれば」
「またそういうことを言うの、駄目です……シエル様は、何も悪くないのに、……嫌いになりますからね……!」
「それは、……困ります」
本当に困ったように、シエル様が言うので、私はその広い背中に手を回して、目を伏せた。
「……おかえりなさい、シエル様。もう、大丈夫です。私がいて、皆がいます。シエル様は……ここに、います。私のそばに」
「……はい」
「あっ、私は怒っているので、明日からお話し、してあげませんけど……! でも、今は特別です」
「……ありがとうございます、リディアさん」
いつの間にか私たちのそばに、ステファン様やロクサス様、クリスレインお兄様が集まっていた。
ルシアンさんやレイル様は、宝石人を守るように、ガリオン様と向き合っている。
「姫君! 頑張った私にも、シエルみたいにしてくれるよね。勇者へのご褒美として、姫君からのキスは定番だよ!」
「シエル、お前、意識があっただろう。やりすぎだ。リディアから口を聞いてもらえない罰ぐらい、甘んじて受けろ」
レイル様がぶんぶん手を振って大きな声で言う。
ルシアンさんは少し不機嫌そうに、そう言ってため息をついた。
「シエル。無事で、よかった。少々刺激が強い目覚めだったように思うが、ともかく、無事で」
全てを包み込むように優しく微笑んで、ステファン様が言う。
私の顔を見た途端にステファン様は、ボンッと、音がするぐらいに顔を赤くした。
「リディア、そ、その、火急の事態だったとはいえ、ひ、人前でああいうことをするのは……お父さんとしては、看過できないというか、その、なんというか、駄目だ!」
「は、はい……っ」
ステファン様に怒られたので、私はビクッと震えながら返事をした。
「殿下、そんなに照れながら注意をしても、説得力がない」
「ロクサスもさっき、地面を広範囲で消滅させていたよね」
クリスレインお兄様が、ロクサスをじっと見つめながら、やれやれと首を振った。
「そ、それは、その、シエル! 死にかけたとはいえ、駄目だ。あれは、駄目だ。リディア、お前も……」
「あ、あぁ……っ」
そうよね。そうよね。
全部、見られていたのよね。
シエル様に死んだら嫌だって言って、泣きついて、泣きじゃくって、それで。
それで、なんだかとっても、すごいことをされたこと。
「あぁあ……」
恥ずかしい。恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
止まっていた涙が、ぼろぼろ溢れた。
羞恥とその他諸々いろんな感情でいっぱいになって、泣きじゃくる私の頬に、シエル様が触れる。
私の感情に呼応するように溢れた魔力が、空からぼたぼたと、生クリームの雨を降らせた。
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