透明の守護膜
平原には、シエル様の魔法により転移をしてきたたくさんの宝石人の方々が、身を寄せ合っている。
フィロウズ様が宝石人の方々の前で、呆然とした表情を浮かべながら、ゆらめく薄い膜のようなものに包まれているエーデルシュタインを見上げている。
ガリオン様も、街から弾き出された兵士の方々も同じような表情で、透明な膜に包まれた街が、赤く激しく輝くのをただ見ていた。
「姫君!」
たくさんの兵士の方が、山のように折り重なり倒れている。
倒れた兵士の方々の上に堂々と立っているレイル様が、私たちの姿に気づいて軽々と人の山の上から飛び降りてくる。
「ごめんね、クリフォードと残りの兵士たちに構っていたら、ウィスティリアの飛空艇が来てしまって。ルシアンたちがいるから大丈夫だとは思っていたんだけれど、どうなった?」
「レイル様、シエル様が……!」
「シエルが?」
「シエル様が、街に残っていて……っ、エーデルシュタインにはたくさん魔石があって、それが爆発してしまうって……そうすると、国の人たちも、動物たちも、全部、死んでしまうって……」
駆け寄ってくるレイル様に、震える声で私は言った。
クリスレインお兄様や、ロクサス様、マルクス様も私たちのそばへとやってくる。
平野には、ロクサス様の魔法で作られたのだろう大きな穴や大地の亀裂が騎兵たちを足止めしていて、クリスレインお兄様の巨大な豆の木が燃やされた残骸が残っている。
「シエルは、一人で止める気なんだね」
「はい……私、街に戻らないと……!」
「リディア。俺たちにできるのは、シエルを信じてここで待つことだけだ。凄まじい量の魔力が、解放されようとしている。シエルは自分なら止められると、街に残ったのだろう」
ステファン様が街を静かに見据えながら言った。
「でも……!」
美しい、宝石の街だった。
煌びやかに輝いていた宝石──魔石たちが、濃い不吉な赤色に激しく輝き始める。
街に向かって手を伸ばす私を、ルシアンさんが庇うようにして腕の中に閉じ込めた。
たくましい体と力強い腕に抱かれて、身動きが取れない。ルシアンさんの軍服を、私の涙がじわりと濡らした。
「ルシアンさん、離してください……」
「……何もできない無力さは、私も感じている」
「ふ、はは……っ、馬鹿な男だ! 何かを守るために、己の命を簡単に差し出す。あれの父の宝石人もそうだった。ビアンカと腹の子供を守るため、自ら進んで、その体を砕かせたのだからな……!」
「サフィーロ……」
街は、赤々と輝いているのに。
ガリオン様は笑い声をあげて、フィロウズ様は憎しみに満ちた瞳で、ガリオン様を睨みつけている。
「ガリオン様!」
「クリフォード、たった三人に遅れを取るとは情けない。ウィスティリアの名を汚すな! ちょうどいい、隠れていた宝石人が全員、この場にいる。一人残らず殺せ!」
ガリオン様に駆け寄るクリフォードさんに、ガリオン様はそう命じた。
シエル様が死んでしまうかもしれないのに。この国が滅びてしまうかもしれないのに。
どうしてまだ、そんなことを言うの?
「ガリオン様……申し訳ありません」
「いい加減にしろ! クリフォード、貴様もウィスティリアの名を継ぐ者ならば己自身で考えろ。今、何が起こっているか。我らが選ぶべき行動を!」
項垂れ、剣を手にするクリフォードさんを、ロクサス様が叱責する。
「目を覚ませ。そして、その瞳に焼き付けろ。お前たちの行動が招いた結果を。シエルが魔力を受け止めきれなければ、魔石の力が大地を焼き尽くし、ウィスティリアだけではなく王国も、それからキルシュタインも、全て滅ぶかもしれないのだぞ」
「全ては宝石人が招いたことだろう! 宝石人が、全ての悪の根源だ! 殺せ、一人残らず! 宝石人も……キルシュタイン人も、死ぬがいい……全て、死ねばいい……!」
たじろぐクリフォードさんの代わりに、ガリオン様が声を張り上げた。
「子供じみた駄々をこねるのではないよ。ガリオン、その主張は、トマトが嫌いだからこの世からトマトを根絶やしにしろというのと一緒だ。どうしても嫌いな食事があれば、食べないことを選択する。たったそれだけのことが、あなたにはできないのだね」
クリスレインお兄様が、深くため息をついた。
私には、嫌いな食べ物はないけれど、好き嫌いは誰にでもある。
例えば、お肉の脂身とか、例えば椎茸とか、例えば、ピーマンとか、甘いものが嫌いな人も、辛いものが嫌いな人もいる。
だからって、そのお料理を憎んだりはしない。お野菜を憎んだりもしない。
ただ、嫌いだから食べない。それだけだ。
「貴様に何がわかる! キルシュタイン人は、儂の妻の命を奪い、宝石人は、儂の娘を奪った」
「ビアンカ殿を見殺しにしたのは、あなただ、ガリオン殿。シエルは死にゆく病のビアンカ殿と同じ部屋で、何もできずにただ弱っていく母を見ていたのだろう。あなたに助けてほしいと頼んでも、あなたは耳をかさなかった」
「そのような家の恥を、誰から聞いたのだ。シエルが、言いふらして回っているのか?」
「違う。父が、一度だけシエルから聞いたのだと言っていた。シエルは、母を殺したのは自分だと。……幼いシエルでさえ母の死を己の罪だと感じていた。だが、あなたはそれを、誰かのせいだと言い続けているのか」
ステファン様が、ガリオン様によく通る声で言った。
感情的に怒鳴ることも、睨みつけることもしない。ただ静かに、事実を告げているように。
私は、輝き続けるエーデルシュタインをルシアンさんの腕の中から見ていた。
その輝きが、世界を覆い尽くすように、強く、強く、なっていく。
透明な保護膜の中に、赤が溢れる。
ドオオオオン……! という低く激しい轟音が耳をつんざいて、大地が大きく振動した。
「シエル様……っ」
魔力の奔流が、爆発が、透明な膜で堰き止められている。
どうか無事でいてくださいと、祈ることしかできない。
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