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さようなら、また明日



 お食事を終えると、シエル様は指を軽く弾いた。

 お皿などの洗い物が一瞬で綺麗になって、キッチンの作業台に綺麗に並ぶ。

 私は「ありがとうございます」とお礼を言ってから、まだ残されていた二人分のティーカップに、ティーポットから新しいカモミールティーを注いだ。

 シエル様は、花柄のティーカップが似合う。

 銀色の艶やかな髪から変化しているサファイアに似た大粒の宝石が、魔石ランプの明かりに照らされてキラキラと煌めいている。

 それを目にしてしまうとなんだか、かなしくて。

 私は、ティーカップからお茶を注ぎながら、ほとほとと涙をこぼした。


「……リディアさん、どうして、泣くのですか」


「……悲しい話を聞いたから、悲しいんです」


「僕は、またあなたを、傷つけてしまいましたね。友人だと、言ってくれたのに」


「違います、お友達は、悲しいことや嬉しいことを、お話しして……半分に、分け合うものだと、知っています。だから、私、シエル様の悲しさを半分もらって、泣いているから、……私が好きで、泣いているので、気にしないでください……」


 それを私に教えてくれたのは、誰だったかしら。

 よく思い出せないけれど、お友達とはそういう存在だ。


「…………リディアさん」


 シエル様は私の涙をもう一度ハンカチで拭って、一度目を伏せる。

 それから、頭の宝石の一つをぷつんとちぎって、私に差し出した。

 シエル様の手のひらの中で、私の瞳と同じぐらいの大きさの宝石が輝いている。


「宝石人の宝石には、魔力が込められています。……僕も、半分は宝石人ですので、同様に。リディアさん。持っていてください。お守りです。あなたの命に危険なことがおこれば、僕の魔力があなたを守るでしょう」


「……良いんですか? シエル様、ちぎってしまって、痛くないんですか?」


「痛みはありません。……鉱石だからなのでしょうね、痛覚は、鈍いのです。宝石人は、手や足を穿たれただけでは死んだりはしないのですよ。心臓の代わりにある核を壊さなければ、生きています」


「でも、生きているからといって、痛いのは、駄目、です……」


「一つちぎっても、またはえてきますから。受け取ってもらえますか?」


「……ありがとうございます」


 私は涙型をした宝石を一つ受け取った。

 宝石は硬くて、ひんやりとしていて冷たい。


「宝石人ジェルヒュムは、堅牢で、魔法にも優れた種族ではあるのです。メドゥーサの死の呪いの効果を遅延できる程度には、魔法に対する守りの力も高い。……けれど、争いを嫌います」


 私は目尻の涙を手の甲で拭う。

 宝石はとても綺麗で、同じぐらいに悲しい。


「僕の父も、聞いた話では……けして、弱いわけではなかった、と。母と腹にいた僕を守るために、戦うことよりも、死ぬことを選んだそうです」


「う、うう……」


「すみません。……こんな話、誰にもしたことがなかったのに。あなたが優しいから、甘えてしまっていますね。友人、として」


「シエル様のお父様、優しい方だったのですね……」


「弱い、と、僕は思いました。……戦うことで、守ることができるのなら、その方がずっと良いと。……ですが、リディアさん。僕は、セイントワイスの部下たちが大切で、今まではそれ以外はどうでも良かったのですが、……あなたのことも、大切です。友人として」


「なんだか……ちょっと、恥ずかしいですね……」


「僕は、あなたを守りたいと思います。……今は、父の気持ちが少し理解できます」


 シエル様はカモミールティーを飲み干すと、カップも魔法で洗浄して、作業台に戻してくれた。


「ごちそうさまでした、リディアさん。……あなたの食事、一つ一つに、魔法の力が込められているようです」


「私……普通に、ご飯、作っているだけ、です……」


「ええ。あなたの手が作り出してくれる魔法の料理です。不思議な力なんてなくても、とても素晴らしいものだと思います。……僕の我儘に、巻き込んでしまってすみません」


 シエル様は立ち上がる。

 宝石を握りしめたまま、私も慌てて立ち上がった。


「月の涙ロザラクリマの秘密が解明できれば、宝石人への差別がなくなる。そう思って、僕は研究を始めました。月の呪いに王国民たちが気付けば、魔物への恐怖心と嫌悪はもっと膨れ上がる。……宝石人は、弾圧されるかもしれない。それに、月の呪いで凶暴になってしまった者は、……裁かれるしかないのです。元々の人格が、どんなに穏やかな者であっても」


「誰が、呪いを受けるのか、わからないのですよね」


「ええ。……次に月が赤くなる日。月の呪いにかかるのは、僕かもしれないし、リディアさん、あなたかもしれない。……治療ができるのなら、それに越したことはありません」


「……私、料理しかできないけど、……できることがあれば、なんでも言ってくださいね!」


 シエル様とお話をする前の私なら、泣きながら逃げていただろうけれど。

 今は、違う。

 だって、かなしいものね。

 大切な家族が、突然、豹変してしまったら。

 それはとても、怖いし、苦しい。


「リディアさん。それでは、また明日」


「明日?」


「ええ。……毎日休みなく真面目に働いてきましたから、たまには、休暇を取っても良いかなと思っています。王宮で騒ぎを起こしてしまいましたし、研究室も、街の住居に移そうと思っていて」


 だから、また明日。

 そうにこやかにシエル様は言って、扉の前までくると、足元に輝く魔法陣と共に姿を消した。


「また、明日……」


 私はぼんやりシエル様のいなくなった食堂の景色を眺めていた。

 冷たかった手の中の宝石が、少しだけ、あたたかくなっている気がした。

 いつの間にか、テーブルの上には金貨が数枚置かれていた。

 それは提供したお食事の値段よりもずっと多い額で。

 それに宝石も貰ってしまって。

 私は、小さくため息をついた。

 明日は食堂、お休みでも良いかもしれない。


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― 新着の感想 ―
[一言] シエルさま、幸せにしてあげたい! の、友達として、ということばの羅列が違うんだよお、という気持ちを呼び覚ましますね!
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