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魔石の力の解放



 激しく輝き出す街中の魔石は神々しく美しかった。

 けれど同時に恐ろしいものを感じる。私は小さなロザミアちゃんをぎゅっと抱きしめた。


「何かする気だ! もたもたするな、殺せ! 一人残らず皆殺しにしろ!」


 ガリオン様の声に気圧されたように、「行くぞ!」と言って、兵士の方々が剣を構えて宝石人の方々に向かっていく。魔導師の方々の放った魔法が、体を寄せ合って成り行きを見守っている宝石人の方々へと向かっていく。


 ステファン様の聖剣が魔法を切り裂き、ルシアンさんが向かってくる兵士の方々の剣を弾き、切り伏せていく。


「……こわい、こわいよ……っ」


「怖いですね、……すごく、怖いです」


 私にしがみついて怯えるロザミアちゃんに、私は頷いた。

 魔物相手の戦いも、怖かった。けれど、人が、こんなにたくさん。

 ガリオン様の命令で──宝石人の方々を殺そうとしている。

 兵士の方々も、宝石人の方々が嫌いなのだろうか。憎いのだろうか。

 それとも、ただ命令だから、そうしなければいけないのだろうか。

 もう、イルネスちゃんはいなくなってしまったのに。それでも──戦いは、終わらない。


「フィロウズ……なんてことを」


「もうこれしか方法がないのだ。預言者様は我らを残していなくなり、私の体もやがて砕けるだろう。多くのベルナール人は、この地に生きる我らを蟻だ、魔物だ、寄生虫だと見下し、この街を無尽蔵に魔石や宝石が湧く、鉱山のように考えている」


「あなたは陛下と話をしただろう。それだけじゃない、リディアさんの言葉や勇敢さも、あなたには届かなかったのか」


「多くのものがそう考えているわけではない。ガリオンの言葉こそが真実だ。預言者様は我らを見捨てたが、知恵を、授けてくれた。もう、こうするしかないのだ」


 フィロウズ様と相対しているシエル様は、悲しげに首を振った。


「僕は長らく、人を憎む母の言葉と、同じく人を許せという母の言葉に縛られ続けてきた。正しく生きること、それは誰も傷つけずに人を守ること。そうするには自分の心を無くす必要があった」


 シエル様が両手を開くと、輝くエーデルシュタインを包み込むように、街をくるむ不可思議に揺らめく膜が現れる。


「僕も本当は、憎んでいたのだろう。父を殺し、母を見捨てたガリオンを、僕を化け物だと謗り暴力を振るったクリフォードやヴィルシャークを。そして、ベルナールの人間たちを」


「シエル様……」


 ぼろっと、大粒の涙が溢れた。

 ずっと、シエル様は穏やかだった。何を言われても怒ったりしなくて。

 けれど唯一、ヴィルシャークさんがキルシュタインの人々を貶めたとき、ずっと押さえつけていた怒りが、弾けてしまったのだろう。

 それぐらいずっと、心の奥に気持ちを押し込めてきた。


 酷いことを言われて。酷いことをされたら。

 怒るのは、当たり前だ。

 苦しかったり、悲しかったり。

 そんなふうに思うのは、当然だろう。

 どんな人だって、他人がその人を貶める権利なんて、一つもないのだから。


 ガリオン様は、キルシュタインの方に大切な奥様を奪われた。そして、宝石人の方に大切な娘を奪われたと思い込んでいる。

 フィロウズ様は、ガリオン様に息子を殺された。宝石人の方々も、酷いことをされてきた。


 悲しいのも、苦しいのも、終わりがない。

 どこで、終わらせたらいいのだろう。

 私は──お腹が空くと悲しい気持ちになるから、ロベリアを開いた。

 お腹を空かせて悲しい子供たちが、少しでも減ったらいいなって、思っていた。


 誰かが誰かを傷つけることに、終わりはないのかもしれないけれど。

 でも、できれば、変わらないおはようと、変わらないおやすみを、何もない毎日を──。

 過ごしていけたら、それで十分なのに。


「けれど今は、僕は──僕の大切な人の、笑顔を守りたい。誰よりも優しい人だ。全てを受け入れて、許してくれる。こんな僕のことも友人だと、言ってくれた。僕は僕の意志で、人も宝石人も、全員を守る」


「魔石の力を解き放った。生き残るのは宝石人だけだ。大きな爆発が起こり、王国は滅びる……!」


「イルネスの言葉など信じているのか。フィロウズ、嘘は見抜けても、己で考える力を失ったのか。人が死に絶えるほどの魔力の爆発が起これば、土地も死ぬ。水も木々も、動物も全て。そして──それだけではない。魔力爆発に耐えることのできない幼い宝石人や、他の者も。ほんの少しの宝石人が生き残り、後には何も残らない」


「違う。宝石人は……」


「イルネスは嘘はついていなかった。けれど、まだ子供だ。強大な力を持つ、幼い子供。全ての宝石人は等しく同じ力を有しているとでも思っていたのだろう。その魔力強度も、体の強度も差異がある」


「私は……なんてことを……」


「まだ間に合う。全て、僕が守る」


 シエル様は静かにそう言うと、大きく声を張り上げた。


「魔石の魔力は街に押し込める。街にいるものは外に逃す。剣を降ろせ、動くな!」


 心臓が大きく脈打った。

 怖い。怖い、怖い。嫌だ。

 恐ろしい何かが起ころうとしているのはわかった。そしてシエル様はまた──自分、一人だけで。


「シエル様、私も手伝います、何か、できることが……!」


「怯むな! ただの脅しだ! フィロウズを殺せ!」


「ガリオン殿、ことの重大さが理解できないのか……!」


 喚くガリオン様を、ステファン様が叱責している。

 私たちの足元に、輝く魔法陣が現れる。全ての人と宝石人を、輝く魔法陣はエーデルシュタインの街から外側へ、弾き出した。

 次々と、人の姿が街から消えていく。

 ロザミアちゃんの元に、ご両親が駆け寄ってくる。

 私の腕の中から抜け出して抱き合う彼らの姿も、現れた魔法陣と共に消えていった。


「シエル様……っ、嫌です、どうして……シエル様の馬鹿! 一緒にいます、私も!」


「……僕は、死にたくない。今はそう思っています。あなたと生きたい。でも、役目は果たします」


「シエル、死ぬなよ」


「生きて戻れ。これは、命令だ」


 ルシアンさんとステファン様が、シエル様に駆け寄ろうとする私を抱きしめるようにして押さえつけた。


「ええ。お二人とも、うるさい老人たちを、任せました。リディアさんは……任せますとは、言いたくないな」


 シエル様はそう言って、笑った。

 そして、その姿が私の前から掻き消える。

 気づけば私はステファン様とルシアンさんと共に、街の外の、エーデルシュタインの入り口の前の平原へと立っていた。


 

 

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