分かり合えないこともある
ウィスティリアの飛空艇からは、大きな鉄の筒のようなものが突き出ている。
「撃て!」
ガリオン様が振り上げた片手をこちらに示して指示をすると、何人かの魔導師の方々が魔力を筒に込めた。
筒の先端に熱の塊が集まり膨らんで、太陽のように光る。
「あれが、魔石砲……」
兵士の方に拘束されているロザミアちゃんに駆け寄ろうとして、私は思わず足を止めた。
頭上に、もう一つの太陽があるみたいだ。恐ろしくて、足がすくむ。
「あぁ。砲台に、巨大な魔石を仕込んである。数人の魔導師が魔力を込めてそれを増幅し、放つものだ。ただ魔法を使用するよりも、数倍の威力がある。危険なものだから作成や使用を禁じていたはずだが」
ステファン様が私や宝石人の方々を守るように一歩前に出て、片手に聖剣を出現させた。
ステファン様の姿を見て、兵士たちはやや臆したように後退る。
「……皮肉なものです。ウィスティリアはエーデルシュタインから手に入れた宝石人由来の魔石が手に入りやすい土地だ。鉱山から掘り出された地質由来の魔石には、ここまで多量の魔力に対する感受性はない。宝石人の亡骸を使用し、宝石人の街を滅ぼす、とは」
シエル様が片手をあげた。
「白の大槍、青の瀑布」
短い詠唱と共に、飛空艇を取り囲むようにして巨大な光の槍が何本も現れる。
飛空艇に一斉に光の槍が突き刺さり、魔道砲を一気に破壊した。
街を覆うように滝のような水が現れ、放たれた砲撃を弾き、吸収する。低い音と共に街が揺れる。
衝撃はあるけれど、街は無事だった。
「……シエル、宝石人を守るウィスティリアの出来損ないめ! 化け物の分際で、この儂に歯向かう気か!」
シエル様の魔法により白煙をあげている飛空艇の上から、ガリオン様が怒鳴る。
魔導師たちが飛空艇を捨てて、ガリオン様を連れて浮遊魔法陣を形づくり、飛空艇から降りてくる。
残された兵士たちも、梯子から次々とエーデルシュタインの街へ降り立った。
舵を失った飛空艇が炎を上げながら傾いて、街の向こう側の平野へと落ちていく。
「僕は、シエル・ヴァーミリオン。ウィスティリアとは無関係だ。……だが、……ガリオン卿。ただここに生きているだけの宝石人が、あなたに何をしたというのか」
「白月病の呪いを、我が領地に広めた。ただ生きているだけと、ウィスティリア領に住むことを見逃してやっていたが、奴らは家を腐らせる白蟻、そして、人に仇なす寄生虫だ」
「ガリオン殿。あなたの事情は父から聞いた。一人娘のビアンカ殿を、宝石人に奪われた、と──」
ステファン様の言葉に、ガリオン様は忌々しそうに眉根を寄せて舌打ちをつく。
「あれは裏切り者の、馬鹿な女だった。あろうことか魔物である宝石人と番い、子を産んだ。穢らわしい」
魔導師たちと兵士たちが、ガリオン様を庇うようにしてずらりと並ぶ。
拘束されているロザミアちゃんが、震えながら涙をこぼした。涙は小さな宝石となり、ぱらぱらと地面に落ちた。
「その子を離してください……!」
「ロザミア……お願いです、その子を返して……私なら、砕かれても構いませんから……」
「どうか、その子だけは。お願いします……!」
私の声の後に、背後から声が上がった。宝石人の女性と、男性が、ふらりと前に出ていく。
「おかあさん、おとうさん……」
「殺せと言ったはずだ。何をしている。殺れ、お前たち。一人残らず殺せ。愚かなステファン殿下は、ベルナール人よりも宝石人を守るのだという。魔物に操られているという噂は本当だったようだな。役立たずの殿下に代わり、我らが王国を守るのだ!」
「ガリオン様、陛下の静止に耳を貸さないというのなら、あなたは我がレオンズロアの敵となります」
ルシアンさんが剣を抜いて、ガリオン様に向けた。
「ルシアン、お前もいたのか。揃いも揃って愚かなことだ。だが、それもそうか、お前はキルシュタイン人なのだろう、ヴィルシャークの従者が、お前のことを教えてくれた」
「今は人種などは関係がないでしょう。私は、陛下と、そして聖女リディアの剣。陛下の言葉は王国の総意であり、それに仇なすあなたは謀反人でしかない」
「あぁ──そうか。聖女様。聖女様……か。聖女など、人心を惑わす魔女と同じだ。ルシアン、殿下。それから、シエル。ジラール家の出来損ない共。それから、隣国のクリスレインまでもを唆して、従えているというわけか」
嘲るようにガリオン様に言われた。
何も知らないくせに。シエル様のことも。ルシアンさんに何があったのかも。
ステファン様がどんな思いで、今、立派に振る舞っているのかも。ロクサス様やレイル様が抱えていた苦悩も。
クリスレインお兄様の優しさも。
何も、何も知らないくせに。
私も、いつかはそうだった。何も知らなくて。相手の事情を知ろうともしなくて。
ただ拒絶して。助けてほしいというシエル様を嫌がって。泣いて、怒って。
どうせ私は役立たずで何もできないって、愚痴愚痴言って、めそめそして。
「ガリオン様は、相手を知ろうとしなかった、いつかの私みたいです。怖がって怒って、嫌がって泣き喚いて。自分がされて嫌だったこと人にしちゃいけないって、酷いことを言ってはいけないって、誰もガリオン様に教えてくれなかったのですか? それなら、私が教えてあげます……!」
「黙れ」
「白月病は、私のお料理を食べたら治ります。本当は私が、治さなきゃいけなかった。だから、みんなが苦しい思いをしたのは、私のせいです。私、頑張りますから、戦うよりも前に、病気の治療をしましょう。宝石人の方々を攻撃したって、病気が治るわけじゃないです」
「そんなものはもうどうでもいい。宝石人を、消し去ることが儂の望みだ。殺れ!」
ガリオン様に促されて、ロザミアちゃんを抱えている兵士の方がびくりと震えた。
私とガリオン様の顔を交互に見て、それからロザミアちゃんを地面に投げ捨てるようにすると、その心臓に向かって剣を振り上げる。
「いやぁ……っ」
大きな悲鳴が、ロザミアちゃんからあがった。
「駄目!」
私はロザミアちゃんに向かって駆け出す。助けないと。ロザミアちゃんを──。
ただ夢中で、ロザミアちゃんの体に縋りついた。
剣が降りおろされる。けれどそれは私の体には刺さらずに、硬い音を響かせて弾かれた。
ルシアンさんが、私の目の前にいる。シエル様の魔法が、私とロザミアちゃんを庇うようにして結界を形作っている。
ステファン様がガリオン様に剣を突きつけている。
「……よくわかった。私が、何をするべきか」
「フィロウズ、やめろ。もう争いは終わりだ!」
あれが、フィロウズ様。
シエル様の静止の声を聞かずに、フィロウズ様は両手を胸の前であわせた。
街の至る所にある宝石が美しく輝き始めた。
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