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覚める夢とウィスティリア軍の来襲


 ぱちりと目を開くと、イルネスちゃんはいなかった。

 イルネスちゃんの抱えていた諦めと、渇望と、悲しみと──シルフィーナの記憶の苦しさが、長い悪夢を見た朝のように頭の奥に染み付き残っている。


 夢ならすぐに忘れてしまうけれど、シルフィーナの記憶もイルネスちゃんの記憶も、薄れて掠れて消えてしまうようなことはなかった。


「かぼちゃ……」


「タルトタタン……」


 エーリスちゃんとファミーヌさんが小さな声で、多分、イルネスちゃんを呼んだ。

 二人にどれぐらいの記憶が残っているのかはわからないけれど、イルネスちゃんのことを、ちゃんと妹だって、思っているみたいだ。


 私の胸の間にぐいぐい入ってきて、二人ともスルッと消えてしまった。

 すごく、悲しそうだった。イルネスちゃんは、消えてしまったのだろうか。

 エーリスちゃんたちみたいに、私に記憶をくれたから──戻ってきてくれるだろうか。


 その時だった。


 ドオオオン! という、重たく低い大きな音と共に、足元が激しく揺れる。

 揺れる足元にバランスを崩して転びそうになった私を、シエル様が支えてくれた。


「シエル様……あ、あの」


「大丈夫ですか。……この音は」


「お洋服……」


 シエル様は上半身のお洋服が破けている。上半身剥き出しのシエル様、なんだか見てはいけないものを見ている気がして恥ずかしい。


「リディア。私も脱ごうか」


「どうしてルシアンさんも脱ぐんですか……」


「男の上半身など、騎士団にいたら嫌でも慣れるぞ」


「慣れる必要ありますか……」


 キリッとした表情でルシアンさんがよくわからないことを言ってくる。

 ルシアンさんの足元にちょこんと座っているお父さんを、私は抱き上げた。


 再び、二、三度爆音が響き、足元が揺れる。天井から、パラパラと砂つぶが落ちてくる。

 山をくり抜いて作られているこの街は、建物はおそらくほとんどが石でできている。

 強固な作りに見えるのに、これほど揺れるというのは──。


「リディア! シエル、ルシアン、無事か!」


 扉が開いて、ステファン様が顔を出した。

 深刻そうな表情で私たちの名前を呼ぶステファン様に、何かよくないことが起こっているのだとわかる。


「殿下……ではなく、陛下。フィロウズ殿との話し合いは……」


「ステファン陛下。……ご迷惑をおかけしました」


 ルシアンさんが問い、シエル様が深々と頭を下げた。

 ステファン様は首を振ると、口を開く。


「シエル、迷惑とは思っていない。先ほどまでフィロウズ殿と話をしていた。今までのことに謝罪を。それから、和解を。ウィスティリアの侵攻は、国の総意ではない。俺たちでエーデルシュタインを守ると伝えた」


「フィロウズは、話を聞きましたか」


「あぁ。頑なに心を閉ざしているようだったが、話は聞いてくれた。シエルは戦うことを求めていない。今までどれほどセイントワイスに所属し国を守ってきたか。それが宝石人を守ることにつながると、私心を消して、働いてくれたか……きっと、手を取り合うことができる日が来ると、話した」


「陛下。ありがとうございます。……ですが、僕は」


「シエルがどう感じていようが、父はそう思っていた。俺も、心を支配される前は、シエルのことを尊敬していた。各地の結界石の管理や、魔物の討伐。研究や、各地の療養所での支援や、薬の研究。シエルが指揮をするようになってからのセイントワイスは変わった。シエルが率先して動く様子を見て、気難しい魔導師たちの意識も変わっていったのだろうと」


「……それは、買い被りというものです」


「シエルがどう感じていようが、お前のその生き方は、誰かの心を動かすものだ」


「シエル様……シエル様はいつか、不安な私に言いました。私が人を助けたこと……それは、誇りに思っていいって。シエル様の今までを、私はよく知らないけれど……シエル様はずっと、不安だった私の手を、握っていてくれました」


 シエル様が不安なら。

 苦しいのなら。辛いのなら。

 今度は私がその手を握る番だ。

 私はシエル様の大きな手を握って、背の高いシエル様を見上げると、微笑んだ。


「だから、シエル様も……誇りに思ってください。シエル様は、私を救ってくれた。ロベリアから外に出なかった、泣いてばかりいた私を連れ出して、私も誰かの役に立つことができるって、……教えてくれました」


「……ありがとうございます。リディアさん。あなたの声は、いつも僕を救ってくれる」


 祈るように、シエル様は言った。

 それから、真剣な瞳でステファン様を見る。


「陛下の言葉はフィロウズの心を動かしたのでしょう。フィロウズは、嘘を見抜く力を持っている。陛下の言葉は誠実であり、真摯だ。けれど、だとしたらこの音は……」


「恐らくは、ウィスティリアの魔石砲だ。クリスレインやロクサスやレイルがある程度の軍を止めてくれているが、空からの爆撃を全て止めることはできない。建物が崩れるかもしれない。ともかく、外へ!」


 ステファン様の指示で、私たちは部屋から外へ出た。

 神殿のような場所である。大神殿での襲撃の時も、ロクサス様やステファン様、フランソワちゃんと一緒に逃げたことを思い出す。

 あの時は、ファミーヌさんが相手だった。

 けれど、今回は──。


「おねえちゃん……っ」


 神殿から外に出ると、宝石人の方々の多くが神殿前の広場に避難をしてきていた。

 空にはジラール家のものとは違う形をした飛空艇が浮かんでいる。飛空艇からは長い梯子がいくつも街に向かって垂れている。梯子を使い、ウィスティリアの兵士と思われる方々が、広場に降りてきている。

 その中の一人が、宝石人の女の子──ロザミアちゃんを、抱えていた。


「おかあさん……っ、ドロップの、おねえちゃん、たすけて……」


 兵士の腕の中で、ロザミアちゃんが萎縮して怯えている。


「殺せ。宝石人など全員殺して構わん!」


 飛空艇の上から、ガリオン様の声が響いた。




この度皆様のおかげで、R5年4月25日に、大衆食堂悪役令嬢がオーバーラップノベルズf様にて書籍化になります!

本当にありがとうございますー!

まだ最初の頃のぐずぐずなリディアちゃんを楽しんでいただければ幸いです。

お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

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