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リディア・レスト、説教をする。




 シエル様の体を、赤い魔力の風が切り裂いた。

 白の法衣のような服ごと皮膚が裂かれる。

 ぼろぼろに裂けた衣服からシエル様の皮膚が覗いた。

 裂けた皮膚からは血が流れず、皮膚の隙間から、赤い宝石の断面図が覗いている。


「シエル様……っ」


 あまりのことに、ずっと我慢していたのに耐えられなくなって、涙がぽろぽろこぼれた。


「僕は……あなたを、泣かせることしかできない」


 ソファの上で動けないまま涙をこぼす私に、シエル様は切なげに微笑む。

 シエル様のあらわになった上半身には、白い皮膚の上に幾つかの赤い宝石が浮き出ている。

 割れた皮膚と、赤い宝石と。

 でも、それだけじゃなくて、その体には不気味な人の手が、シエル様の体にまとわりつくように浮き出ている。


 シエル様の魔法によって白い彫刻のような人の手に、ぱきぱきとひび割れが入っていく。


「──失せろ、イルネス」


 シエル様が割れていく白い手にもう一度自分の手をあてた。


「駄目……!」


 どんな理由があっても、自分自身を傷つけるなんて、いけない。

 私は、見たくない。見ていられない。

 だって約束したもの。

 シエル様が自分を大切にできないのなら、その分私が大切にするって。

 私が、シエル様を──!


「嫌です、シエル様……! 駄目っ! 壊さないで、傷つけないで、お願いです……!」


「……リディアさん」


「体、こんなに傷がいっぱい……っ、嫌です、こんなの、駄目……」


「この体は、ただの、石。僕は半分宝石人ですから、体が損なわれても問題なく修復できます。だから、大丈夫です」


「大丈夫なんかじゃない! 傷は治るかもしれないけれど、傷つけていい理由にはなりません!」


 私は固まってしまって動かない体をなんとか動かして、シエル様に駆け寄る。

 魔法を放とうとしていた手をぎゅっと握りしめて、シエル様を睨みつけるようにして見上げた。


「私には、アレクサンドリア様の力があるのですよね……? どんな傷も病気も癒すことができる力が……! シエル様の体の中にいるイルネスを追い出すことだって、きっとできます……! シエル様、アジフライもっとたくさん出しますから、たくさん食べてください……!」


「アジフライ、美味しかったです」


「じゃあもっと食べてください、食べないならまた、口に押し込みますからね……!?」


「……ありがとうございます。あなたの優しさは、今の僕には、もったいない」


「もったいなくなんかないです!」


 私はシエル様の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。

 体に浮き出た白い手も、一緒に。

 シエル様の体に輝く宝石は、触ると硬い。でも、あたたかい。

 私がもっと大きかったら、その体を包み込んであげることができるのに。

 シエル様の方がずっと大きいから、縋り付くみたいになってしまう。


「私はシエル様のことが好きです、大切なお友達だから……! 一人で、苦しまないでください、どこかに、行かないで、一緒にいてください……自分を、傷つけないでください、お願いです……」


 感情があふれていっぱいになって、頭が痺れるみたいだった。

 なんでもないことのように、それが当たり前みたいに、自分を傷つけることに躊躇のないシエル様が、苦しい。

 血は流れていない。でも、割れて裂けた皮膚は、痛いはずだ。

 どんなに痛みに鈍くても、痛い。それは、痛い。


 だって、包丁で指を少し切ってしまっただけでも、痛いもの。

 ほんの小さな傷だって、痛い。

 その痛みを、受け入れてしまうのは。痛いことを痛いと言えないのは──私は、嫌だ。


「……イルネスが、僕に喋らせたこと。あなたに伝えたことは、僕の本音かもしれない。心の奥に隠して、考えないようにしていた僕の、本心かもしれない。……人間を憎み、滅ぼしたいと望み、あなたを欲しがり、強引に自分のものにしようとした」


「……それのどこに問題があるんですか? シエル様や宝石人の方々が、ベルナール人に怒るのは仕方ないことじゃないですか。私だって、怒ります。宝石人を傷つけた悪い人たちが、嫌いです! シエル様を傷つけた、ウィスティリアの人たちが、大嫌いです!」


 宝石人の子供を攫ってひどいことをした人間を、好きになんてなれない。

 シエル様を嘲ったウィスティリアの家の方々を、好きになんてなれない。


 でも、それを悪いことなんて思わない。


「僕が……そう感じることは、許されません」


「どうしてですか? シエル様だって、嫌いなものは嫌いって言っていいです。もっと、怒っていいんです。でも……それができないなら、私がかわりに怒る約束、しました」


「覚えています。……とても、嬉しかった。……そんな優しいあなたに、僕は、酷いことを」


「私は、なんにもされてません。も、もし、もしですよ、万が一、本当に、本当に、万が一、シエル様が私のことを……そ、その、恋人にしたいって、思ってくれているんなら、もっと然るべき場所で、良い感じの雰囲気の時に、素敵な告白をしてください……!」


 それって私の勘違いじゃないかしら。

 自分で言って、とても恥ずかしい。


「……リディアさん。……ありがとうございます」


 シエル様は私の体をぎゅっと抱きしめると、私の肩口に額を押し付けるようにした。

 私に体を近づけたせいで曲がったシエル様の背中から、ずるりと、白い手が何本も生える。

 白い手の中心から、何かが床にずるっと落ちた。

 背中にぽっかりあいた、暗い虚が閉じていく。


 床に落ちた何かが立ち上がる。

 真っ白でぐにゃっとしていたものが、少女の形に変わっていった。




  

お読みくださりありがとうございました!

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