エーデルシュタインのお城と魔物
ルシアンさんとステファン様と私は、いくつかの螺旋階段をあがってエーデルシュタインの街を上層に向かい走って行く。
ロザミアちゃんやお母さんと話したことが、頭の中でぐるぐる巡っていた。
エーデルシュタインは白い四角形の建物が並んでる、宝石がそこここに埋まっていて美しい街だ。
ロザミアちゃんもお母さんも、姿形は違うけれど、お話もできるし、その体は温かいのに。
どうして――この街を、人は襲うのだろう。
そしてガリオン様は、滅ぼそうとしているのだろう――。
「……リディア、この街については、俺や父に責任がある。リディアは、シエルを救うことだけ考えていたらいい。それ以外のことは、俺がどうにかしなくてはいけないことなのだから」
私の隣を走りながら、ステファン様が言った。
クリスレインお兄様たちがウィスティリア軍の足止めをしてくれている。
急がなくてはと思うけれど、少し走るだけで息が切れた。
「宝石人を穿ち作られる宝石を秘密裏に取引していた商人や、それに連なる密猟者などの取り締まりを、ゼーレ様の命でレオンズロアも行っていたが、エーデルシュタインに駐屯して宝石人を守る――までは、できなかった」
物憂げな表情で、ルシアンさんが言う。
「宝石人は人を恐れ、街に人が来ることを恐れる。私たちが彼らを守ると、ここに騎士団を置いたとしても、拒絶される。それに……」
ルシアンさんはちらりとステファン様を見て、言葉を飲み込んだ。
「父は長らく病床にあった。キルシュタイン侵攻と、それから母を失ったこと。エーデルシュタインのこともそうだろう。心労が重なり、心を病んだ。王として父は長く、勤めを果たすことができなかった」
苦しげに、ステファン様が続ける。
「本来なら父を支え、その代わりに正しい判断をするべき俺も、……リディアを虐げ、シエルや宝石人を差別し、キルシュタイン人を嘲る、最低な男に成り果てていた。これでは、エーデルシュタインを守るどころではない。レオンズロアもセイントワイスも、上に立つ俺が、あの有様では……」
「私……どうしたらいいのか、分からないですけれど、でも……ロザミアちゃんは、私から飴を受け取ってくれました。だから多分、……大丈夫です、ステファン様」
「……ありがとう、リディア」
「奪われたものは、奪った者を恨み、憎む。その感情は間違いだと、私は言うことができない。大人しく、泣き寝入りして……簒奪者を許せというのは、綺麗事だ」
ルシアンさんは――宝石人の方々の気持ちが、私よりもずっと分かるのだろう。
キルシュタインは滅ぼされて、長らく苦しい生活をしてきたのだから。
私はルシアンさんの手を、ぎゅっと握った。
他にできることが、何も思いつかなかった。
ルシアンさんの手は大きくて温かい。しっかり握り返して、少し切ない表情で、微笑んでくれる。
「だが、それ以上に大切なことがあると、今の私は知っている。愛しい日常を守ることの方が、新しい血を流すよりもずっと、私にとっては……。私はかつて復讐を望んでいたが、私や月魄教団の者たちとは違い、宝石人は戦う心を持たない」
螺旋階段を登り切った先に、広く平らな白い石畳でできた空間が広がっている。
その空間の先に、神殿のようなつくりのお城がある。
立派なお城の前には、闇を纏う獅子に似た獣が、何匹も神殿を守るようにして此方を赤い瞳で睨み付けていた。
「自らは戦えないが、現状が苦しいと嘆く。それは悪いことだとは思わない。だが、……だからこそ、魔女の娘を受け入れ、シエルを王と仰ぐのだろう」
「リディア、下がっていろ。エーリスも、ファミーヌもお父さんも、リディアの傍に」
ルシアンさんが剣を抜き、ステファン様が何もない空間を握るようにすると、その手の中に光り輝く聖剣が現れた。
私は立ち向かっていこうとするエーリスちゃんを胸元に押し込んで、ファミーヌさんとお父さんを抱えた両手に力を込める。
襲いかかってくる魔物の群れを、ルシアンさんとステファン様が軽々と剣で切り裂き、消滅させていく。
「かぼちゃぷりん!」
「タルトタタン……!」
エーリスちゃんとファミーヌさんが、なんとなく焦った様子の声をあげた。
「リディア、逃げろ!」
「え……っ」
お父さんの声に私は周囲を見渡す。
私の足下に、いつの間にか黒い水溜まりのようなものができている。
その水溜まりから伸びてきた黒い腕が、黒い手のひらが、私の足首を無造作に掴んだ。
ルシアンさんたちが私を呼ぶ、声がする。
私の手から、ファミーヌさんやお父さん、エーリスちゃんが黒い手によって掴まれて、ぽいっと投げ捨てられる。
私は――黒い水溜まりの中に、引きずり込まれるようにして落ちていった。
お読みくださりありがとうございました!
評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。