宝石人ジェルヒュムの少女ロザミア
白い服を着た少女の腕や足は、鉱石でできている。
まじまじとそばで見るのははじめてだ。
腕や脚は細く、透き通った肌はエメラルドグリーンで、日の光を受けて輝いている。
小さな顔に、濃い青色の宝石を嵌め込んだような瞳。
繊細なガラス細工の人形が、命を持って動いているような印象だ。
美しくも可愛らしい。お人形のような少女が、愛らしい声で私に尋ねる。
「にんげんが、わたしたちをこわしにくるって、おおさまがおっしゃった。おとうさんは、たたかうためにおしろにいった。どうか、おとうさんをこわさないで。おねがいします」
「ロザミア、駄目よ……! 家の中に隠れていなさいって、フィロウズ様がおっしゃっていたじゃない……! お父様は大丈夫だから……っ、ど、どうか、この子に危害を加えないでください、欲しければ私の体を、差し上げますから……!」
宝石人の少女を追いかけるようにてやってきた、お母さんと思わしき女性が、ロザミアという名前の少女の前に膝をついて、少女を抱きしめるようにして私たちから隠した。
とても怯えている。
私たちを、怖がっている。
人間だから。
自分の体を差し出そうとする少女のお母さんの姿に、胸がぎりりと痛んだ。
(それぐらい、宝石人の方は……人に襲われ、穿たれることが、当たり前になってしまっているの……?)
なんて残酷なのだろう。
体を差し出すことで許しをこう言葉が──自然に出てくる、なんて。
「俺はステファン・ベルナール。前王ゼーレ王の息子であり、聖王を継いだ者だ。君たちに危害を加えにきたわけではない。大丈夫だ」
「……せいおうさま?」
「聖王様自ら、この街を滅ぼしにきたのですか……っ」
ステファン様が二人の前に膝をついて、優しく諭すように言った。
少女は不思議そうにステファン様を見つめて、お母さんは怯えたように更に少女──ロザミアちゃんをその腕の中に隠した。
「違う。俺たちはこの国を守りにきた。この街には、魔物が巣食っている。このままでは、魔物のせいで争いが起こってしまう。それを、止めにきた」
「魔物ではありません。預言者様です。預言者様は、私たちを守ってくださっているのです」
「預言者……」
宝石人のお母さんの言葉を、ステファン様は繰り返した。
イルネスは、この街では預言者と呼ばれているということなのだろうか。
「預言者様がきてから、この街が人に襲われることが減りました。突然、何人もの人間たちがきて、子供をさらっていくことがなくなりました。人間は、子供の宝石人のほうが、綺麗な宝石がとれると言うのです」
「……ひどい」
「残酷なことだ。……今まで、君たちを守ることができず、すまなかった」
思わず私は呟いた。
ステファン様も項垂れる。
「何を言っても、言い訳になってしまうだろう。しかし、我が父上も俺も、君たちを守りたいと考えてきた」
「守ってくださったのは、預言者様だけ。預言者様がきて、……王のご子息の息子が戻られました。フィロウズ様は、長らく続く悲しみに耐えてきましたが、きっともう長くありません。フィロウズ様の代わりにシエル様が、私たちを導いてくださいます。私たちのことを、守ってくださいます。だからどうか、この街から出ていってください」
「シエル様……シエル様は、どこにいるのですか? 私たちは、シエル様を助けにきました。シエル様は魔物に操られていて、私は……シエル様を、助けないと」
それは私の望みだ。
けれど、それで良いのだろうかと、一瞬、疑念が胸に差し込んだ。
この街の宝石人は、ずっと残酷な目にあってきたのだろう。
魔女の娘が宝石人を人間から守っているのだとしたら。
シエル様を──彼らは次の王に、選んでいるのだとしたら。
イルネスを倒し、シエル様を取り戻そうとしている私たちは、彼らの敵、ということになるのではないかしら。
(でも……シエル様、苦しそうだった)
「助けるとはどういうことでしょう。シエル様は、フィロウズ様の孫。王の血を引いているのです。私たちを守るのは、シエル様の役割です」
「シエルさまは、わるいにんげんから、わたしたちをまもってくれている。にんげんは、わたしたちをこわすのでしょう?」
宝石人のお母さんは不思議そうに言った。ロザミアちゃんも、私に疑問を投げかけてくる。
私は、なんと答えたらいいのだろう。
(シエル様は、私の名前を呼んでくれた。イルネスに、渡すものは何一つないって言っていた)
ここにいるのは、シエル様の意思じゃない。
宝石人の方々は、シエル様を頼っているかもしれないけれど──あのシエル様は、シエル様ではないもの。
「……あなたたちがどのような思いで暮らしてきたか、理解しているつもりだ。あなたたちを守れなかった私たちに、あなたたちの苦しみの責任があるのだろう。だが、このままでは、今までの比ではないぐらい、ひどい争いが起きるだろう。かつて、滅ぼされたキルシュタインのように」
ルシアンさんが私を庇うようにして一歩前に出て言った。
「争いを起こさないために、俺たちはきた。君たちに危害を加えることはしない。魔物に君たちの運命を任せてはいけない。シエルも戦うことは望んでいないだろう。……どうか、俺たちを信じてほしい。今は、それしか言うことができない。すまない」
ステファン様もそれだけ言うと、立ち上がる。
それから私を促して、ロザミアちゃんたちを置いて更に上階の階段をあがっていこうとする。
私は立ち止まって、少女の前にしゃがんだ。
「……怖いですよね。すごく、怖いと思います。……急に、街に知らない人たちが、きたんですから。私も、知らない人が突然お店にきたら怖いですし。シエル様と最初に会った時も怖かったです。突然お店に現れた変態って思いました」
「へんたい……?」
「あっ、い、今の言葉は覚えなくていいです……! でも、今はそんなふうには思わなくて、シエル様のことが好きです。私たちは、シエル様が好き。だから、シエル様を助けたい。このまま何もしないと、沢山の人が、傷ついてしまうかもしれないから……」
「……だれかがきずつくのは、いや。こわい。わたしは、おとうさんとおかあさんと、いっしょにいたい」
私は手を伸ばして、そっとロザミアちゃんの頭を撫でた。
髪も宝石でできている。てのひらにあたる感触は固いけれど、あたたかさを感じた。
「大丈夫です。きっと、大丈夫。私は……聖女ですから!」
「せいじょさま」
「料理ができる聖女です」
差し出した手のひらに、意識を集中させる。
大神殿での騒乱から、魔法は使っていなかった。日々のお料理には魔力が混じっていたかもしれないけれど、何もないところにお料理を生み出すのは、あれ以来だ。
心の中で形を想像する。
「出てこい、エーリスちゃんドロップ!」
言葉と共に、ぽんっと、エーリスちゃんの形をした小さな桃色の飴が手のひらの上にぽんぽんと、いくつか現れる。
「甘いものを食べると、元気になります。だから、どうぞ」
「たべる?」
「リディア。宝石人は、食事を取らない」
不思議そうに首を傾げるロザミアちゃんに、私も首を傾げた。
ルシアンさんが教えてくれるので、私は驚いて目を見開いた。
ご飯を食べないのね。知らなかった。学園の授業で習ったかしら。そこまでの話は、なかったような気もする。
「食べる……こうやって……」
私はお手本を見せるように、口の中にエーリスちゃんドロップを入れた。
いちごみるく味だ。そんな気はしていたけど、やっぱりいちごみるく味だった。
エーリスちゃんとファミーヌさんが私を見上げて口を開けてくるので、その口の中にもドロップを入れてあげる。
二人ともドロップを口に入れると満足そうに、羽や尻尾をぱたぱたさせた。
「……たべる」
「だめよ。人間を信じてはいけないって、フィロウズ様がおっしゃっていたわ」
「でも、たべてみたい」
ロザミアちゃんの宝石でできた繊細な指が、ドロップに伸びる。
一つ摘んで、ちいさな口の中に、ドロップを恐る恐る入れた。
「……これ、なに、うれしい。おかあさん、うれしい」
「ええと、もしかして、美味しい、ですか?」
「おいしいというのね。おいしい。おいしい」
ロザミアちゃんは、何度も美味しいと繰り返した。
私がお母さんにも手を差し出すと、お母さんもおずおずと手を出して、ドロップを口に入れてくれる。
「美味しい……なんて、美味しいの……」
「たくさんあります。だから、怖かったり不安だったりしたら、口に入れてください。少し元気が出ます。……その、うまく言えないですけれど、大丈夫ですから……!」
曖昧なことしか言えないけれど。
私が差し出したドロップを、ロザミアちゃんは両手にいっぱい受け取ってくれた。
私は少しほっとして、立ち上がる。
それから私を待っていてくれたステファン様とルシアンさんにも、ドロップを手渡した。
(宝石人の方々だって、争いを望んでいるわけじゃない)
誰も、望んでいない。戦うことなんて。
シエル様を助けて、それから。それからのことは、どうしたらいいのかわからないけれど。
私は一人じゃない。皆で考えれば、いい方法が思いつくはずよね。
だから、大丈夫。大丈夫だと、信じることができる。
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