表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
195/296

クリスレインお兄様と豆の木



 クリスレインお兄様はよいことを思いついたように、パチンと手を合わせて、場にそぐわないゆるっとした笑顔を浮かべて、のんびりとした口調で言った。


「分かりあうということは、とても難しいよね。私はベルナールの国の問題とは直接関係のない立場だから、見ていられるけれど、当事者になるとね。どうしても感情的になってしまう」


「クリスレイン殿、巻き込んでしまい申し訳ない」


「私は好きでここにいるんだから、気にしなくていいよ、ステファン。君は真面目だね」


 桃饅頭がクリスレインお兄様の体に、長い首を曲げて大きな顔を擦り付けている。

 謝るステファン様に、クリスレインお兄様は優しく微笑んだ。


「過去は変えられない。でも、これから先にどうするかを選択することはできる。私にとって大切なのは、私の妹のリディアが、何を選ぶかだけだよ。君は、どうしたい?」


「……私は、シエル様を助けたい。戦うのは嫌。シエル様を見つけて、捕まえて、その口に私のお料理を突っ込みます……! 私は料理ができる聖女ですから……!」


 私は拳を握りしめると、高らかに宣言した。

 自分で自分を聖女と呼ぶなんて、かなりとっても抵抗があるのだけれど。

 でも、今は、必要なことだと感じる。

 私には、シエル様を助けるための力がある。傷つけることなく、イルネスの支配から、呪縛から助け出すための力が。


「シエル様、何が好きかな……口に突っ込みやすい形状のご飯がいいと思うので、そうですね、アジフライかな……!」


「そこはシエルの好物、とかではないのかな」


「シエル様は私のつくったご飯ならなんでも好きって言っていたので、やっぱりこう、口の中にえいや! って、入れやすい形をしたご飯がいいと思うのですよね。おにぎりでもいいですが、今日はアジフライの気分です」


 クリスレインお兄様に問われたので、私は両手でアジフライの形を作りながら説明した。

 アジフライよりもエビフライの方が口の中に突っ込みやすい気がするけれど、エビフライはステファン様の好きなものなので、同じというのはよくない。

 ここは、アジフライでどうかしら。

 きっとシエル様なら「リディアさんの料理は、どれも全て美味しいです」と、優しく言ってくれる。


「熱そうだね」


「舌を火傷しそうだな。まぁ、シエルは俺たちに迷惑をかけたのだから、舌を火傷するぐらいはよいだろう」


 レイル様とロクサス様が顔を見合わせて言った。

 そこは、火傷しないように私も気をつけるので、大丈夫だと思う。多分。

 アジフライ、ダメかしら。マカロンとかの方がいいかしら。マカロンも口の中に詰め込みやすい形をしている。


「それがリディアの望みなら、私はそれを叶えてあげないといけないね。私は君の兄だから。大切な妹の願いを叶えるのは、私の役目。……私はあまり戦いを好まないけれど、今日ばかりは少し頑張ろうかな」


「クリスレイン殿、何か考えがあるのか?」


「まぁ、そうだね。私は空間魔法が使える。これは扉と扉をつなげたり……空間をつなげるのは、あんまり広範囲にはできないのだけれど。何もない空間に収納スペースを作ったりするもので。つまり、軍がエーデルシュタインに踏み込まないように足止めをすればよいのだよね」


 ステファン様に問われて、クリスレインお兄様は優雅にウィスティリアの軍に手を伸ばした。


「私は私の収納スペースに、結構たくさんものを溜め込む癖があってね。特に、珍しい植物とか、食材になりそうなものを収集しているんだよ。なんとかして美味しく食べられないかなって思って」


 クリスレインお兄様が指をパチンと弾くと、何もない空間から居並ぶウィスティリアの騎兵隊たちの前にぽんぽんと、まんまるい植物の種のようなものが落ちてくる。


「これは、最果ての島で収集してきた大樹豆の種。ロクサス、君は種の時間を進めることができるね」


「あぁ。大樹豆がなんなのかはわからないが、大体わかった」


 落ちてくる私の握り拳ぐらいある大きな丸くて黒い種に向かって、ロクサス様が手をかざした。


「一体何をするつもりですかな。聖女を連れて、そこを退くのだ、殿下。話はもう終わりだ、魔物を滅ぼし、この国を我らウィスティリアが守るのだ!」


「──刻の魔法、奪魂!」


 ガリオン様の声と、ロクサス様の声が重なる。

 時間を進められた大樹豆の種は、すぐに発芽して、一瞬のうちに緑の太い幹を天に向けて伸ばし始める。

 たくさんの種から一斉に大樹豆が育っていく。蔓を絡ませあい、壁のように、広く高く。

 育った大樹豆の木から、ぽんぽんと、花が咲いて、巨大なえんどう豆に似た豆ができる。

 とっても大きいわね。お料理に使うには、ちょっと硬そうだ。


「大樹豆は、見た目の通りちょっと大きすぎて、豆が硬いんだよね。食用というよりは観賞用に近いのだけれど、いつか美味しく食べられるんじゃないかなと思って。種を採集して、品種改良をしようかと考えていて……集めておいてよかった。少しは足止めになるんじゃないかな」


「これは一体なんだ! 魔導師たち、前に出ろ! 燃やせ!」


「皆、殿下相手に怯む必要はない。正義は我らにある!」


 ガリオン様とクリフォード様の声が、豆の大樹の向こう側から聞こえる。


「まだ種はあるから、燃やされたらまたはやすよ、ロクサス。あと、私はあんまり強くないから、守ってくれるよね」


「あぁ。俺は残ろう」


 頷くロクサス様の横で、レイル様も口を開く。


「それなら私もここに。ロクサスだけでは心配だしね。足止めが間に合わなくなったら、戦っていいよね。父上、許可をしてくれるだろうか」


「かまわない。ただし、ジラール家はウィスティリアに直接危害を加えることはしない。家同士の戦いとなれば、領民たちも巻き込むことになるからな。戦うのは、勇者フォックス仮面だ」


「了解だよ。こんなこともあろうかと、仮面を持っていてよかった」


 マルクス様に言われて、レイル様はどこからともなく仮面を取り出した。

 狐の仮面をはめたレイル様が「勇者フォックス仮面、久々の参上だよ!」と、よく響く声で言った。


「姫君に私たちの勇姿を見てもらえないのは残念だけれど、頑張るね。だから、今のうちにシエルの元へ。魔女の娘はいるだろうけれど、殿下とルシアンがいれば大丈夫でしょう?」


「ええ。問題なく。私がお二人をお守りします」


「ありがとう、皆。リディアを連れてシエルの元へ行こう。シエルの口にアジフライさえ突っ込むことができればきっと、シエルは戻ってくる。魔女の娘のことも、俺たちに任せておいてほしい」


「かぼちゃぷりん!」


「タルトタタン!」


 ルシアンさんに促されて、私はエーデルシュタインの入り口に小走りで向かった。

 ステファン様からの信頼に、レイル様たちは力強く頷く。

 エーリスちゃんとファミーヌさんも、私の腕の中で、大きな声をあげた。


「子供たちは、リディアは自分たちが守ると、言っているな。私もいよいよの時は真の力をはっきしよう」


「いよいよの時じゃなくて、普段から頑張ってほしいです、お父さん」


「それはできない」


 お父さんは犬なので、いてくれるだけで癒されるから別によいけれど。

 私たちは、エーデルシュタインの入り口に駆け込んだ。

 もしかしたらエーデルシュタインの街の中は魔物で溢れているのかと思ったけれど、白く美しい街並みは誰もいなくて、静かなものだった。





お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ