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ガリオン・ウィスティリア




 エーデルシュタインの入り口、街が作られている山脈の前に墜落して地面にのめり込んでいる飛空艇から、ルシアンさんが墜落する直前にファフニールで飛来して、私を抱き上げて助け出してくれた。

 レイル様もロクサス様を担いで軽々と地面に降り立つと、ロクサス様を地面に降ろした。


「リディア、怪我は?」


「大丈夫です、ありがとうございます。あ、あの、大丈夫なので、降ろしてください」


「もう少し……」


「ルシアンさん」


 ルシアンさんは渋々といった様子で、私を降ろしてくれた。

 私の両手の中で、エーリスちゃんとファミーヌさんとお父さんがぎゅっと一つにかたまっている。

 皆無事で良かった。

 飛空艇を引き摺り落とした白い手は今は消えて、頑丈な飛空艇は地面を抉るようにして地面から船体を空に向かい突き出している。


「姫君、大丈夫だった? ロクサスも無事だね。飛空艇は、これではもう飛べないかもしれないね」


「形あるものはいつか壊れる。壊れたら修理をすればいいだけの話だ」


「ロクサスはよくものを壊すからね」


「あぁ」


「私の魔法で修復してもよいのだけれど、飛空艇を今直したところで仕方ないよね。それよりも──」


 レイル様は山脈前の平らな草原に、布陣している軍隊に目を向ける。

 整然と居並ぶ騎兵たちの前に、ステファン様とマルクス様、クリスレインお兄様と桃饅頭の姿がある。

 驚いたように落ちてきた飛空艇と私たちを唖然と見ている皆の元へと、私たちは駆け寄った。


 ステファン様たちの正面に二頭立派な馬がいる。

 馬の上にはどことなくヴィルシャークさんに雰囲気が似ている男性と、その横にとても怖そうな顔をしたお年を召した男性が乗っている。

 二人とも立派な軍服に身を包んでいて、ステファン様を馬上から睨みつけるように見下ろしていた。

 

「リディア! 皆も! 大丈夫か? 怪我はないだろうか」


「大丈夫です……ステファン様も、ご無事でしたか?」


「リディアが泣かないで俺を気遣ってくれる……嬉しい」


「ご無事なら良かったです」


 しみじみと感動しているステファン様に、私は微笑んだ。

 大地を黒く染めるように、居並ぶ騎兵たちはおそらくウィスティリアの軍なのだろう。

 ステファン様と向き合っているのは、ウィスティリア辺境伯クリフォード様と、それからシエル様のお祖父様であるガリオン様。

 まだエーデルシュタインに踏み行ってはいないようだけれど、お話しあいはあまりうまく行っていないように見えた。


「ガリオン卿! あなたも先ほど見ただろう。空を埋め尽くす魔物の群れを! エーデルシュタインでは今、異変が起きている。戦を起こし、王国民同士で争っている場合ではない!」


 ステファン様はほっとしたように表情を和らげていたけれど、すぐに真剣なものに戻した。

 それから、むっつりと押し黙っているガリオン様に向かって声を張り上げる。

 ルシアンさんがステファン様を守るように一歩前に出て、ロクサス様やレイル様はマルクス様の横に並んだ。

 私はステファン様の隣で、馬上のガリオン様を見上げる。


 この方が、ガリオン・ウィスティリア様。

 シエル様のお父様、宝石人のサフィーロさんの体を、砕いた。シエル様にも酷いことをした、非道な、人。

 ご高齢なようだけれど、背筋がぴんと伸びていて、体格も良い。

 ただそこにいるだけで、圧倒的な迫力のようなものを感じた。

 シエル様には、似ていない。


「何を血迷ったことを言っておるのですかな、殿下。魔物に惑わされ、女に惑わされ、まともに考えることができなくなってしまったようだ。魔物の大群を操っていたのは、宝石人であるシエルだ。宝石人はやはり魔物。意のままに魔物を操り、この国を滅ぼそうとしているのでしょう」


 吐き捨てるように、それから心底呆れたように、ガリオン様が言った。

 ステファン様とお話をするのに馬から降りてこないというのは、あまりよくないことなのではないかしら。

 それに、シエル様はご自分の孫なのに、まるで他人のように──嫌悪感を露わに『宝石人』と言った。


「ガリオン。俺は父であるゼーレより、聖王の座を継いだ。俺の言葉はゼーレの言葉であると思え。魔物は人心を操る。俺も長らくその手中にあった故に、それをよく知っている。確かに、魔物の群れの中にはシエルの姿があった。だがそれは、魔物に操られているからだ」


「そうです……! シエル様は、ご無事でした。ステファン様、シエル様は魔女の娘、イルネスに操られていて……白月病も、イルネスが、ばら撒いたものだって……シエル様はイルネスと共に消えてしまって、私、助けに行かないと……!」


「なるほど! それはそれは、良いことを教えてくださった、聖女様。感謝しますぞ。やはり、宝石人は魔物を飼っていた。しかも魔女の娘、とは。それは先頃デウスヴィアや聖都の大神殿に現れたものと同じでしょう!」


 私がステファン様に説明すると、ガリオン様が嬉しそうに、大きな声で皆に聞こえるように言う。


「儂の思った通りですな。宝石人は魔女の娘とやらを手に入れた。白月病をこの国に広めて、王国民の数を減らそうとしているのでしょう。弱ったところで侵略を行い、この国を手中におさめるつもりだ。やはり、奴らは魔物。多少の知性があるだけ、余計にたちが悪い。シエルは宝石人についたのだ。どこまでウィスティリアの名を貶めれば気が済むのか!」


「違います、それは違います……! シエル様は、魔女の娘に操られているだけで……!」


「どうだか。あれは宝石人だ。自分の意志で、我らに牙を向いたのだろう。聖女様、お優しいのは結構だが、あのような化け物の肩を持つ必要はありませんぞ」


「シエル様は化物なんかじゃないです……!」


「さすがは聖女様だ。キルシュタイン人にも宝石人にもお優しい。温情をかけてくださる。博愛主義者だな。だが、綺麗事だけでは生きていけないのだ。宝石人は根絶やしにする。あれはこの国に、勝手に巣を作る害虫のようなもの。退治しておかなければ数を増やし、そして、此度のように王国人に牙をむくのだから」


「ガリオン。ゼーレ様は宝石人に危害を加えてはいけないという法をつくっただろう。彼らは我らと同じ、王国人であると」


「歳をとり、気が弱くなったのか、マルクスよ。お前も以前は儂と同じ。キルシュタイン人や宝石人はこの国から追い出すべきだと言っていただろうに」


「考えを変えたのだ。私は、ゼーレ様の忠実な臣下であり、ステファン様の臣下である。その言葉に従うのが、臣下としての正しい在り方だ」


 ガリオン様は、マルクス様を憐れむように見た。


「後継が出来損ないだと、苦労するな、マルクス。お前の息子たちは、国のために戦う意志を持たない木偶だ。どう思う、クリフォード」


「きっと、全てが終わった後に、ガリオン様が正しかったのだと皆、思い知ることになるでしょう。聖女よ、シエルは化け物だ。魔女の娘に操られているなどと、怪しいものだ。自分の意志で、宝石人と共にこの国に仇をなそうとしているのだろう」


「違います! シエル様のこと、何も知らないくせに……!」


 ガリオン様の言葉やクリフォード様の言葉には、シエル様に対する優しさが一欠片もない。

 家族、なのに。

 とっても、腹が立つ。まるで自分のことを馬鹿にされているみたいに、頭にくる。 


「では、聖女様は一体何を知っていると言うのですかな。あの化け物の」


 鼻で笑いながら、ガリオン様が言った。

 私は、シエル様の家族である二人よりもずっと、シエル様のことを知っている。

 出会ってまだ一年も、経っていないけれど。

 大切なのは、一緒に過ごした時間の長さだけではないもの。


「知っています。シエル様が、優しいこと。国のために、働いていること。自分を疎かにすること。ご自分よりも誰かを優先してしまうことも……! 私は、シエル様のお友達です!」


「シエルはうまく聖女様に取り入ったということですかな。国王と聖女様の信頼を得れば、楽に物事を運ぶことができる。全く、揃いも揃って宝石人に騙されるとは。あなた方も、魔女の娘とやらに操られているのでしょう」


 私の横でロクサス様が、忌々しそうに舌打ちをするのが聞こえた。

 レイル様は額をおさえて、首を振っている。

 ルシアンさんは静かに成り行きを見守っていて、マルクス様は苦しげに眉を寄せていた。

 ステファン様は──真っ直ぐにガリオン様を、挑むようにして見据えている。


「戦を起こすことを、許可することはできない。ガリオン、軍を率いてウィスティリアに帰れ」


「それはできません。儂には、惑わされたあなたたちに変わり、国を守るという義務がありますのでな。それが、辺境伯の務めです」


「……ステファン、駄目だね。聞く耳持っていないよ」


 クリスレインお兄様が、うんざりしたように言って、桃饅頭を「あぁ、癒されるね、桃饅頭」と、よしよし撫でた。



お読みくださりありがとうございました!

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