飛空挺の中心で愛を叫ぶ
聖都や大きな街はセイントワイスの魔導師様たちによって結界魔石が設置されていて、魔物避けの結界が張ってあるために、街で暮らしている限りでは魔物の襲来を受けることはまずない。
街道や人の往来がある場所については、レオンズロアの騎士団の方々が魔物の討伐をしてくれているので、行き交う人々や商人や巡礼者の方々の安全は守られている。
大衆食堂ロベリアのある聖都の南地区アルスバニアからほとんど外に出ない私は、当たり前だけれどこれほどの量の魔物を見るのははじめてだった。
先ほどの不浄なるものよりもずっと多い、翼ある魔物たちが飛空艇を取り囲んでいる。
不浄なるもの──目玉の化け物もいれば、鋭い嘴と爪を持った巨大な鳥や、空飛ぶ蜥蜴のようなものもいる。
空を埋め尽くすような黒々とした不吉な群れの中心から、ファフニールに乗ったルシアンさんが私の目の前へと飛来してくる。
甲板からルシアンさんの位置までは少し距離があるけれど、真剣な表情で私を真っ直ぐに見ているのがわかる。
「リディア、聞くんだ!」
「は、はい……」
ルシアンさんは私の名前を力強く呼んだ。
「魔女の娘イルネスは、シエルが君のことを愛していると言った」
「え、ええ、あの、聞きました……! それに、私が、シエル様のことを好きじゃないみたいに、言いました! 私は、シエル様が……!」
シエル様は私を愛していて、私の愛はシエル様にない。
そんなこと──ないのでは、ないかしら。
私はシエル様のことが好きだ。その好きは、どんな意味の好きなのか、まだよくわからないけれど──。
好きだから、力になりたいと思う。
助けたいと思う。
頼って欲しいって、思う。
シエル様の声は、安心できる。その手に触れたい。大丈夫だって、一人じゃないって、抱きしめて差し上げたい。
いつかの私が、そうして貰ったように。
「シエルは、友人として! 友人として君のことを愛している! それは私たちも同様だ、リディア!」
「あ、あのっ、ありがとうございます……!」
ルシアンさんは目の前の魔物の群れよりももっと重要なことを話すように、声を張り上げる。
私はやや慌てながら、お礼を言った。
――うん。そうよね。お友達だもの。
恋とか、愛とかについて最近考えていたせいで一瞬悩んでしまったけれど、お友達だものね。
シエル様を助けたいって思っているのは私だけじゃない。
ルシアンさんだって、レイル様だってロクサス様だって、助けたいと思ったから一緒に来てくれている。
つまり、みんなシエル様のことをお友達として愛しているということ。
「私はリディアを愛している。シエルと同じ。友人として……!」
「は、はい! 私もお友達として、ルシアンさんが好きです……!」
「ありがとう、リディア。やる気が出た」
ルシアンさんはそう言いながら、剣を空高く掲げた。
「大いなる風よ、全てを消し去る烈風よ、我が剣に宿りて形を為せ!」
詠唱と共にルシアンさんの剣に風の刃がまとわりつく。
飛来する魔物に向かってファフニールで空を駆けながら放たれた一閃は、風の衝撃波を波紋のように広げながら襲いかかってくる数多の魔物を、切り伏せた。
切り伏せられた魔物たちは、その姿形とは全く違う美しい粒子となって、空に消えていく。
魔法剣を操りながら空を自在に駆けて魔物を切り伏せていくルシアンさんを眺めてから、レイル様が嬉しそうににっこりと私に微笑んだ。
飛空挺から落ちないように片腕で庇うようにしていたけれど、しっかりと背後から抱きしめられる。
「そうだよ、姫君。私も君を愛しているよ?」
「え、ええっと……」
「友人として。ね、ロクサス」
「あ、ああ! そ、そそ、そうだな……! 友人として、だ! 全く、魔女の娘とやらは紛らわしいことを言うな。やはり魔物だからか、友人としての愛情について理解できないのだな」
レイル様に同意を求められて、ロクサス様が少し声をうわずらせながら言った。
ロクサス様が操縦桿をぐるぐると動かしたせいで、飛空挺がぐらぐらした。
「かぼちゃぷりん……」
「タルトタタン……」
ロクサス様の言葉が気に障ったのか、エーリスちゃんとファミーヌさんがしょっぱい顔をした。
「そう怒るな、子供たち。私もリディアや子供たちを愛している。可愛い私の愛は、子供たちに平等にそそがれるのでな」
いままでずっと静かにしていたお父さんが、厳かに言った。
そういえば、必死だったせいでお父さんやファミーヌさんやエーリスちゃんを、ぎゅうぎゅう抱きしめていたわね。
私は腕の力を少し緩めた。
「姫君、ロクサスの元へ。シエルのことはきっと大丈夫、だって姫君の声は、ちゃんとシエルに届いていた」
「レイル様……はい! ありがとうございます」
「うん。シエル様の馬鹿! って、いいよね、あれ。私も姫君にたまには罵倒されたい。私は完璧な勇者だからね、罵倒される機会が少ないんだ。シエルはずるい」
レイル様は不満げにそう言うと、ルシアンさんのあとを追うようにして、甲板を蹴ると空に浮かび上がった。
魔物を足場にしながら跳躍して二本の剣をふるい、次々と魔物を消滅させていく。
「リディア、俺の元へ! 急げ!」
それでも魔物の数が多い。
取りこぼされた魔物たちがレイル様やルシアンさんから逃れるようにして、私に襲いかかろうとしてくる。
ファミーヌさんとエーリスちゃんが私の手から飛び出して、魔物に立ち向かっていこうとするのを抱きしめて腕の中に押し込めるようにしながら、私はロクサス様の元まで走った。
「リディア、代われ。操縦桿を握っていろ、握っているだけでいい!」
「に、握る……っ、ロクサス様、できない、私、握ったこと、ないから……っ」
「……すぐ戻る!」
操縦桿から手を離して、私とすれ違うように駆けて行くロクサス様に、涙目で私が訴えると、ロクサス様が私の真横でべしゃりと転んだ。
何事もなかったように起き上がったロクサス様は、飛来する魔物に向かって片手をかざした。
「――奪魂」
飛来する魔物たちが、ロクサス様の魔法によって一瞬でぼろぼろと崩れて消えていく。
躊躇う私の腕からエーリスちゃんが飛び出して、ちょこんと操縦桿の上に乗った。
お父さんとファミーヌさんも私の腕から抜け出して、操縦桿に軽やかに飛びつくと、しがみつく。
動物たちの体重がかかった円形の操縦桿は、ぐるりと動く。
飛空挺が傾いだ。
「み、みんな……操縦したかったのね……!」
魔物から飛空挺を守っているロクサス様の代わりに、私は操縦桿を握った。
エーリスちゃんたちに任せていたら、墜落してしまう。できないと泣いている場合じゃないわね。
中央に魔石のはめ込まれた円形の操縦桿を、私は握りしめる。
私の頭の上にエーリスちゃんが、肩にはファミーヌさんとお父さんが乗った。
「リディア号、発進!」
「お父さん、もう発進しています……!」
「言ってみたかっただけだ」
「こ、これ、どうすればいいですか? あ、わ、わ……っ」
ぎゅっと操縦桿を握っているだけなのに、飛空挺が傾きながら地面に向かって落ちていっている気がする。
「ロクサス様、助けて……落ちちゃう、駄目です……っ」
「少し待て、そして黙っていろ、集中できん!」
ロクサス様は両手を広げた。
奪魂魔法が空に広がり、飛空挺を覆うおびただしい数の魔物が消えていく。
討伐は、あっという間だった。レイル様を連れてルシアンさんが空から戻ってくる。ロクサス様が操縦桿を握るために、私の元へ走ってくる。
その時。
ロクサス様に操縦を変わって貰ったのに、がたりと飛空挺が強い力で引きずられるようにして傾いた。
眼下に広がる山脈の中に埋まるようにして建っているエーデルシュタインの街から、何本もの白い手が飛空挺に向かって伸びて、飛空挺に纏わり付いているようだった。
その手に、引きずられて、飛空挺がどんどん地面に近づいていく。
ルシアンさんが私たちを助けようと、ファフニールで飛空挺を追いかけてくる。
白い手はファフニールに何本も纏わり付いた。
そうして私たちは、私たちを乗せた飛空挺は、エーデルシュタインの入り口――居並ぶ、ウィスティリア軍の前へと地面に引きずり込まれるようにして墜落したのだった。
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