飛空艇での空の旅
ジラール家のお屋敷はお城のように大きい。
そのお城のように大きいお屋敷の中庭から続く大きな長方形の立派な建物の中に、多人数型空中浮遊飛行装置──いわゆる、飛空艇が収まっている。
風魔石が仕込まれた動力部分が上部にあり、その浮遊する流線型の巨大な風船に似た動力部分で人が乗る船の胴体部を支えているので、飛空する船──飛空艇と呼ばれている。
個人で所有するには高価すぎるし、動力部の風魔石の維持にも多量の魔力が必要になるので、あまり一般的な乗り物じゃない。
使用しているのは、ベルナール王家と余程の好事家、そしてお金持ちの方ぐらいだ。
「わぁ、すごい。大きいねぇ。桃饅頭よりも大きいのではないかな」
クリスレインお兄様が飛空艇を見上げて、感心したように言った。
中庭に降りたお兄様のもとに桃饅頭がやってきて、大人しくその横に佇んでいる。
「維持費がかかるのは別に構わないが、保管場所に困るのでな。あまり使用することはない」
「ロクサス様が操縦するのですか?」
「不服か、ルシアン」
「ええ、まぁ。紅茶のカップを壊すのと、飛空艇の操縦を誤るのでは被害が違いますからね……」
「まるで俺が、飛ばすたびに飛空艇の操縦を誤っているような言い方だな」
「アクセルとブレーキを間違える、みたいなことだよね。うん。あったね。昔一緒に飛空艇で遊んでいて、操縦していたロクサスがスピードを落とすところを間違えてスピードを上げてしまって、あの時は死ぬかと思ったよ」
レイル様がにこやかに怖いことを言った。
ルシアンさんのファフニールに乗った時も、クリスレインお兄様の桃饅頭に乗った時も怖いとは思わなかったけれど、ロクサス様の操縦する飛空艇は怖いわね……。
「ロクサス、操縦は俺がしようか。どうしてもロクサスが操縦したいというのなら、一緒に操縦桿を握ろう。大丈夫だ、俺がついている」
「殿下、俺は子供ではない」
「……そ、そうか。そうだな。俺はロクサスを信じるよ」
「そのきらきらした気遣いに満ちた眼差しで俺を見るのをやめろ」
「レイルは操縦しないのか?」
「私? 勇者は操縦しないよ。空を飛ぶ魔物に襲われた時に戦うのが勇者の仕事だからね」
「兄上には操縦桿を握らせることはできない。俺のことをああだこうだと言っていたが、兄上の方がよほど……なんといえばいいのか。スピード狂というやつだ」
「ルシアンのファフニール、良いよね。私も欲しい」
「スピードとスリルを求める者は乗ってはいけませんよ。死にます」
レイル様は羨ましそうにルシアンさんを見上げて、ルシアンさんは首を振った。
残念そうにしながら、レイル様はさっさと飛空艇に乗り込んでいく。胴体部の船部分から縄梯子が伸びていて、そこを登っていく作りになっている。
「ロクサス様、飛空艇の操縦ができるのですね」
「まぁな」
飛空艇はジラール家の所有品だから、ロクサス様が操縦するのは当然といえばそうだし、レイル様に任せられないのならやっぱりロクサス様にお願いするしかないのだろう。
怖いけれど、乗る前から疑うのは失礼よね。
怖がってしまって申し訳なかった。反省を込めてロクサス様をじっと見つめて「すごいですね」とにっこりすると、ロクサス様は私から激しく視線を逸らした。
「リディア、ロクサス様に声をかけるのはやめた方が良い。緊張と興奮で操縦を誤る可能性が高くなる」
ルシアンさんが私の隣にくると、私の肩に軽く手を置いた。
「緊張と興奮で……?」
「あぁ。男には二種類ある。私のように、声をかけられたからこそ張り切っていつも以上に力を発揮できる者と、平常心を失いいつもできていたことでも失敗する者。ロクサス様は後者だ」
「ロクサス様のことを褒めたり、応援したりするのはいけないのですね。大人しくしています」
「私のことは褒めたり応援してくれて構わない。ロクサス様の分まで私を褒めてくれ」
「ええと……エーデルシュタインへの偵察、ありがとうございました。シエル様と戦わないで、逃げてきてくれて……シエル様を信じてくれて、ありがとうございます、ルシアンさん」
「ありがとう、リディア。頭などを撫でてくれても良いのだが」
「ええ、はい」
「ルシアン。ここぞとばかりにリディアに甘えるのをやめろ。さっさと乗れ。出発するぞ。それとも、ルシアンやクリスレイン殿は乗らないのか?」
ルシアンさんが姿勢を低くしてくれるので、私はその金色の髪をよしよし撫でた。
ロクサス様が腕を組んで苛立たしげにルシアンさんを睨みつけている。
「私は飛空艇に乗らせてもらいますよ、ロクサス様。何かあったときにすぐに助けることができるように」
「それなのだが、リディア。俺はクリスレイン殿とマルクス殿と共にガリオン殿の元へと向かおうと思う。ガリオン殿は、俺の言葉なら聞き入れてくれるかもしれない。それが駄目でも、足止めにはなるはずだ。軍がエーデルシュタインに到着するのを遅らせる」
「ステファン様……で、でも、危ないんじゃないでしょうか……」
「国に謀反を起こしたいわけではないだろうから、俺やマルクス殿、そして隣国の王太子であるクリスレイン殿に攻撃をしたりはしないはずだ。それに、一応俺も聖剣の主ではあるし、何かあっても大丈夫だ」
「リディアさん、殿下の御身は私が必ず守ろう。シエルのことを君は信じているのだろう。君の言葉なら、シエルに届くかもしれない。君が私たちに、子供たちへの償いの機会を与えてくれたように」
静かに私たちを見守ってくれていたマルクス様が言う。
ステファン様は力強く頷き、クリスレインお兄様は桃饅頭の体に手を置いた。
「リディア、行っておいで。争わずにすむのなら、それに越したことはない。君が危険なことに巻き込まれることを私は危惧していたけれど、……私の妹は優しい子だ。こんな状況で黙っていることなどできないのだね」
「……心配してくださってありがとうございます。私は、……みんながいる、毎日がいい。いつもの、毎日がいいんです。だから、……シエル様に会ってきます」
「あぁ。リディア。シエルを、宝石人を……任せた」
「はい!」
ステファン様に言われて、私は大きく頷いた。
信頼してくださっているのが嬉しい。
「ルシアン。リディアとロクサスとレイルを頼む」
「心得ました。必ずお守りします」
ルシアンさんは「リディアはドレスだから、縄梯子は上がれないだろう」と、私を抱き上げてくれた。
片手に私を抱いて、軽々と飛空艇に登るルシアンさんと腕に抱かれた私の後から、ロクサス様も登ってくる。
そうして私たちは、ステファン様たちとお別れをして、空へと飛び立ったのだった。
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