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空からの偵察



 ◆◆◆



 一人用空中浮遊魔石走行装置ファフニールは、聖都の魔石職人と機械技師が趣味で作った乗り物というよりはオブジェのようなものだった。

 制御が難しく走行中にバランスを崩して事故を起こすと命を失いかねない。

 空を飛ぶための乗り物なら、危険なファフニールよりも多人数用空中浮遊走行装置である飛空艇の方がずっと安全だ。

 そんな理由から、聖都で有名な魔石職人の店ノアに、長い間飾られていたものである。


『試し乗り無料! 乗りこなせたら無料プレゼント! 命の保障はしない!』


 と、大きく張り紙がされた状態で。

 それをたまたまルシアンが見つけた。当時のルシアンはルシスアンセム・キルシュタインであるという身分を隠して聖騎士団レオンズロアの門戸を叩き、騎士として頭角を表し始めた頃だった。

 地面走行型と空中浮遊型に変形するファフニールを見た時、キルシュタイン再建の本拠地である月魄教団との連絡を取り合うのに便利だと考えた。

 

 乗って見たいと店主であるノアに伝えると、「お兄ちゃん、命知らずだねぇ。空を飛ぶってのは聞こえが良いが、魔力で空を飛ぶことができる魔導師なんかとは違って魔石装置は魔石を動力源にした機械だ。自由自在に操れるってほどいうことを聞いてくれないし、空の上でバランスを崩して落ちれば、まず命は助からない」と言われた。


 乗ってみると、確かにそれは店主の言う通りだった。

 地上を走行する時は馬車のように四輪ではなく二輪であることに加えて、スピードの制御が難しいのでバランスを取るのが難しく、転倒すれば大怪我をするだろうことは容易に想像できたし、空を飛ぶ時は細い竜の形になるせいで乗り場が狭く、体はむき出しとなる。

 墜落すれば死ぬだろうことも容易に想像できた。

 バランスを取ることも難しいが、どちらかといえばいつ死んでもおかしくない恐怖を克服する方が難しいという印象があった。


 ルシアンが、店主が趣味で作った危険な乗り物であるファフニールを完全に乗りこなすことができたのは、元来の身体能力の高さと、それから、復讐のためなら命を捨てることも厭わないという強い意志があったからだろう。

 試し乗りですぐに地上を走り、変形をさせて空を駆けてみせたルシアンに、ノアはファフニールを譲ることを快諾した。


 そして、自分の作った乗り物で誰かが死んだら夢見が悪いといって、一人用空中浮遊魔石装置を二度と作ることはないと言った。


 それなので、現状空を飛ぶ一人用の乗り物を持っているのはルシアンだけである。

 といっても、それでは聖都の者たちは空を飛べないのかと言われたら、そんなこともない。

 飛空艇は空を飛ぶというよりも、空に浮かぶ船に運ばれているという感覚に近いだろうか。

 ファフニールで飛ぶ感覚は、ごく限られた一部の魔導師たちが、特殊な魔法で空に浮かび上がるのとおそらく似ている。


 今朝セイントワイスのリーヴィスから齎された凶報により、ルシアンはステファンに命じられてエーデルシュタインの上空まで来ていた。

 ジラール公爵領は聖都から近い。エーデルシュタインはベルナール王国の国境近くの山脈に、蟻塚のように作られている街だ。


 キルシュタインに程近いその場所は、ルシアンにとってはキルシュタインの月魄教団本拠地に向かうために、何度も空を駆けた時に眼下に目にしているので、馴染み深い。

 空から見ると、山脈を切り開いて洞窟状に街が作られている、巻貝を上から見下ろしたような形になっている。


 夜になると、不可思議な輝きをたたえる街だ。

 実際に街の中に入ったことはない。輝いているのは街に埋め込まれた宝石だと言われている。

 一部の者たちには、金のなる木。宝石を乱獲できる、宝物庫と呼ばれている。


 ゼーレ王は宝石人に危害を加えることを禁じていて、レオンズロアは宝石人に危害を加えた者を厳しく取り締まっていた。

 それでもやはり、宝石人を密猟するものは後を絶たない。

 キルシュタインの血が流れているルシアンにとって、宝石人とはキルシュタイン人と同じ。ベルナール人に虐げられてきた者たちだ。


 けれど、強大な魔力を有しながら戦うことをしない臆病者である。

 シエルのことも、過去は──どっちつかずの立場をとる、宝石人の血を持ちながらベルナール人に傅く優柔不断な臆病者だと考えていた。


 だが、今は違う。

 仕事で顔を合わせる機会も多く、リディアの元で話をする機会も増えた。

 何を考えているのかよくわからない時もあるが、シエルは戦う力を持ちながら、それを無闇に行使しないことを自分自身に課しているような男だ。


 宝石人を率いて争いを起こすようなことは、しない。

 何よりも、リディアが悲しむようなことをするわけがない。


 ルシアンがリディアに深い愛情を感じているように、シエルもまた同じであることをルシアンはよく知っている。

 あえて言葉にして話したことはないが、そんなもの、見ていればわかる。


「シエル……!」


 風を切って、ファフニールでエーデルシュタインの上空に近づいていく。

 上空からでは、戦の準備をしているようには見えなかった。

 それどころか、宝石人の姿も見えない。

 やはり誤報だったのだと、安堵したのもつかのま、エーデルシュタインの王宮からふわりと浮かび上がってくる人影がある。


 いつものセイントワイスの黒いローブに身を包んでいる、シエルの姿だ。

 足元に空中浮遊用の魔法陣広がり、真紅の瞳が冷たくルシアンを見つめた。


「何をしているんだ、お前は……! リディアが心配をしている。何があったかは知らないが、帰ろう、リディアの元に」


「……帰る? 帰る場所は、アレクサンドリアの聖女の元ではない」


「お前、どうしたんだ……!?」


 シエルの指が、ファフニールで旋回しながらシエルに話しかけるルシアンに向けられた。

 その指から、長い蛇に似た炎の竜がルシアンに向かって放たれる。

 ファフニールよりも巨大な炎の竜が、ルシアンを燃やし尽くそうとして襲い掛かってくる。


「シエル!」


「王に伝えろ。長く続く苦しみの歴史に終止符を打つ時が来た。僕は、宝石人を守る。そして、人を滅ぼす」


「何を言ってるんだ。……お前は、ずっとそんなふうに思っていたのか?」


 本当はベルナール人が憎くて仕方なかったのだろうか。

 その気持ちを押し殺して、隠して、リディアの元にいたというのか。

 ありし日の、自分と同じように。


 リディアの優しさに触れて、そのどこまでも優しい癒しに満ちた料理を食べてもなお、憎しみを捨てることができなかったのか。


「あぁ、くそ……っ」


 シエルとここで戦うことはできない。

 偵察だけの役割だった。シエルと戦い負けるということは考えてはいないが、シエルと自分、どちらかが傷つき倒れたら、リディアは泣くだろう。

 あの綺麗な瞳を、悲しみに曇らせたくない。

 ルシアンは、ファフニールの速度を上げて、追い縋ってくる炎の竜から逃れた。

 ジラール公爵領に向かって駆ける。

 

 悪い知らせだ。

 何があったかは知らないが、──凶報は、真実だったらしい。




お読みくださりありがとうございました!

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