ジラール家でのひとやすみ
ジラール公爵家でのレイル様帰還歓迎パーティーは夜遅くまで続いた。
ありったけのお酒とご飯が振る舞われて、ルシアンさんが「私は身分違いですので、帰らせて頂きます」と遠慮するのを、レイル様が引きずり、クリスレインお兄様が腕をがしっと掴んで、無理矢理お酒を飲ませていた。
お酒にあんまり強くないステファン様が「レイルもロクサスも良かったな……ご両親と和解できて、本当によかった……」と泣いたりとか。
食にうるさいクリスレインお兄様が、ジラール家の食事について一品一品を的確に評価して料理人の方々に崇められたりとか。
レイル様とルシアンさんが剣の手合わせをしたりとか。
せっかくステファン様が来ているからと、マルクス様が公爵の家督をロクサス様に正式にステファン様の前で譲渡したりとか。
それを聞いてステファン様が「ロクサス、頑張ろうな、一緒に頑張ろう」と言ってまた泣いたりとか。
レイル様は公爵家に戻ったけれど冒険者を続けることを、正式に公爵になったロクサス様に許可されたりとか。
なんだか、色々あった。
ずっと賑やかで、明るい声が響いていて。牢獄のように感じられたジラール家だけれど、レイル様や皆がいると、まるで――ロベリアのお店の中にいるみたいに感じられた。
私は途中で眠くなってしまって、うつらうつらしていたエーリスちゃんやファミーヌさん、お父さんを連れてイルフィミア様に客室まで送ってもらった。
ロクサス様やレイル様たちも送ると言ってくれた。
けれどイルフィミア様が「年頃の女性を夜間部屋まで送るなんて、そういうのはきちんと婚約してからでしょう」と、ぴしゃりと断ってくれた。
そういえば最近、あんまりそういったことを考えていなかった。
本来なら男性と二人きりになることだって淑女としては良くないのよね。
お友達だから良いかと思っていたのだけれど、もう少し気をつけた方が良いのかもしれない。
イルフィミア様の言葉で、淑女だったことを思いだした私。
今度、マーガレットさんやお母様に相談してみよう。
「……リディアさん。今日は本当にありがとう。たくさん間違いを犯してしまった私たちだけれど……いつか、ロクサスとレイルに、許して……いえ、許して貰おうなんて、思ってはいけないわね。罪を償うことができるように、頑張るわね」
お部屋の前で、イルフィミア様は深々と頭をさげてくださった。
私は特に何もしていないので、あわあわしながら両手を振った。
「私、ロクサス様の横にぼんやり立っていただけなので……素敵なお洋服を着させていただいて、ありがとうございます。ジラール家のお嫁さんのために用意した衣装なのに、私が着てしまってなんだか申し訳ないです」
「とてもよく似合っているわ、リディアさん」
「ありがとうございます」
「このまま……我が家に来ても良いのよ。ずっと、いても良いのよ。ロクサスは不器用だけれど、兄弟思いの優しい子で、頼りになると思うの。レイルは聡明で明るくて……顔立ちだって、二人とも悪くはないと思うのよ」
「え、ええ、そうですね……」
両手を掴まれて熱心にロクサス様やレイル様のことを話しはじめるイルフィミア様を、私は見つめる。
何の話かしら。
振り子時計が午前零時を告げる音が低く響く。ぼーん。ぼーん。ぼーん。
ジラール家の大階段の下にある大きな振り子時計が午前零時と、午後零時に鳴らす音は、ちょっとだけ不気味なのよね。お化けが出そうな感じがするもの。
とっても夜更かししてしまったので、眠たい。
まだ礼拝堂では宴が続いているのよね。男性というのは、元気ね。
皆で今までのことを話しているみたいだった。
ゼーレ様のご病気のことや、キルシュタインの悲劇や、私のこと。
記憶というのは曖昧だから、時々思いだしてお話しないと忘れてしまう。
マルクス様もクリスレインお兄様も知らないことがあるからと、色々質問しては、話が広がっていっているみたいだった。
「リディアさんさえよければ、いつでもお嫁さんにきて良いのよ」
「あ、ありがとうございます……」
「ごめんなさい。困らせてしまったわね。リディアさんはティアンサ様によく似ているから、なんだかずっと昔から知っているみたいに、思えてしまって」
「イルフィミア様はお母様のことを知っているのですか?」
「ええ。学園で、ご一緒したから。といっても私は年が下だから、遠くから見ていた程度だけれど。フェルドゥール様とティアンサ様はそれはもう仲睦まじい恋人で、皆の憧れだったのよ」
「そうなんですね……今もとっても仲良しなので、なんとなく想像ができます」
お父様とお母様が仲良しだと、私は嬉しい。
お母様がすごく若いことについては少し複雑だったけれど、年齢が若くてもやっぱりお母様だと感じるので、あんまり気にならなくなってきた。
「軽々しく、お嫁さんに来てと言ってしまったけれど、リディアさんは一人娘だから、レスト神官家をゆくゆくは継がなくてはいけないのかしら」
「今は自由にさせて貰っていますけれど……でも、ちゃんと話し合わないといけないなって、ロクサス様やレイル様を見ていて、私も思いました」
「……余計なことを言ってごめんなさい。リディアさん、ゆっくり休んでね」
イルフィミア様は申し訳なさそうにそう言うと、侍女の方々に私を任せて下がった。
客室に通された私は、侍女の方々に婚礼衣装を脱がせて貰った。
エーリスちゃんとファミーヌさんとお父さんは、先にベッドに入って丸まっている。
湯浴みをさせてもらって寝衣に着替えた私は、皆の待つベッドに滑り込んだ。
「エーリスちゃんもちもち、ファミーヌさんふわふわ、お父さんもふもふ……」
皆をぎゅっと抱きしめて、顔をすり寄せる。
あったかくて気持ち良い。
恋愛。結婚。家のこと。誰かが好きだという気持ち。皆が好きだという気持ち。
マーガレットさんやツクヨミさん、お父様お母様、フランソワちゃん。
皆の顔が、瞼の裏側に浮かぶ。
恋や愛は、強い気持ち。
身を焦がすほどの、身を滅ぼすほどの、強い気持ち。
エーリスちゃんやファミーヌさんの記憶の中で見て、感じた。
シルフィーナがテオバルト様を想っていた気持ち。
それは──少し、怖い。
優しくてあたたかくて、気持ち良くて。それだけじゃ、ないから。
ゆっくりと、意識が眠りの淵へと落ちていく。
このときの私は、翌日良くない知らせがもたらされることなど――気づきもしなかった。
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