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フィロウズ・ヴァーミリオン




 宝石人の街エーデルシュタイン。

 岩山の中に白亜の建物が並んでいる、色の少ない街だ。

 元々は何もない連なる山脈を背にした原野に、数人の宝石人が移り住んで来たのが始まりだと言われている。


 宝石人は人を恐れ、国の各地から国の端にある辺境伯領に逃げてきた。

 その当時は辺境伯領は平和だった──わけではなく、キルシュタインとの睨み合いの中で、エーデルシュタインには目がいかなかったのだろう。

 

 国中から逃れてきた宝石人たちが集まり、街ができた。

 連なる山脈の岩肌を魔力でもってくり抜き、住居を作ってある。

 山と一体化しているような街である。


 人によってはエーデルシュタインのことを蟻塚と呼ぶものもあるが、街の中は驚くほどに精巧に作られている。

 くり抜かれた岩肌は柱で支えられていて、その中に四角形を重ねたような家々がある。

 各所に螺旋階段があり、街は上へ上へと発展している。

 蟻塚というよりは、巻貝に似ている。

 

 エーデルシュタインの中では宝石人は自由に歩いている。

 ベルナール王国の聖都で見かける宝石人はその体を隠すようにローブやマントを着て、頭にも布をかぶっているので、顔しか見ることができない。

 ここでは思い思いの服を着ている。白が多いのは、宝石人の体は宝石でできていて色が多いので、服の色味は抑えているからなのかもしれない。


 青や、赤や、エメラルドグリーンや、黒。

 様々な色合いの鉱物でできた体を持つ者たちが、人の目を気にせずに暮らしている。

 

 色のない街だと思ったが、実際歩いてみると街の壁や床や外壁には様々な宝石が埋め込まれている。

 それは宝石人たちの欠片なのだろう。

 宝石人は長命種ではない。人と同じで寿命があり、おおよそ六十年程度で寿命がくる。

 天寿を全うした宝石人は、砕かれた時と同じかそれ以上に美しい宝石を残す。


 それらの宝石が街には埋め込まれているようだった。

 墓標のようなものなのか、それとも違う意味があるのか、シエルにはよくわからない。

 シエルの体には宝石人の血が流れているが、宝石人の中にあってシエルは異端者だった。


 エーデルシュタインの王宮と呼ばれている場所は、街の上層部にある。

 螺旋階段を登り切った一番上の階層は、開けた土地になっている。

 違和感があるのは、街はほぼ白い石と宝石でできていて、植物もなければ川もないからだろう。

 水や、木々がない。それでも生きていくことができる。


 宝石人は食事を必要としないのだ。水も飲まなくても生きていける。

 魔力を失った時だけ長期間眠り続ければ回復をする。

 言葉を話し考えることはできるが、その姿形も生態も、人とはあまりにも違う。


 広場の奥には王宮がある。王宮も白い岩を切り出して作られている。

 王宮には街よりも多くの宝石が使われていて、入り口には何本もの柱がある。

 柱の奥に入り口があり、警備兵と思われる者達が立っている。


 帯剣はしていない。宝石人の多くは強力な魔力を有している。武器は必要ではない。


「シエル。お前がここに来ることは、わかっていた」


 左右に柱が聳え立っている王宮の入り口を進んでいくと、警備兵に止められる前に名前を呼ばれた。

 シエルの方へと向かって歩いてくる人影がある。

 その人は白い法衣に似た衣装を纏っている。裾は、床を引き摺るほどに長い。

 だが実際には引きずっているわけではなく、裾はふわりと宙に浮いている。


 透き通った青い宝石でできた体に、赤い瞳。その体が全て宝石でできているので、見た目だけでは年齢を判断できない。

 けれど低く深みを帯びた声で、その宝石人がシエルよりもずっと高齢であることがわかる。


「フィロウズ様、ご無沙汰しております」


「あぁ。シエル。サフィーロの息子よ。お前は幾つになったのだ?」


「二十五……今年の四月で、二十六になります」


「そうか。サフィーロはお前よりも若くして命を落とした。お前のような異端児が、サフィーロよりも長く生きられたことに感謝をしなければいけない」


「はい」


 フィロウズ・ヴァーミリオン。

 宝石人たちの王と呼ばれる存在である。

 シエルの父のサフィーロはフィロウズの一人息子だった。

 人間の愚かな女に一人息子を奪われて、挙句、人間に息子は殺されたのだと──シエルがこの街をはじめて訪れた時、フィロウズは半狂乱の様子でシエルを罵った。

 シエルが、十五歳の時だ。

 それ以来、シエルはこの街に足を踏み入れていない。

 フィロウズの妻も、サフィーロを失った悲しみで亡くなってしまったらしい。


 宝石人は滅多なことでは死なない種族ではあるが、感情の揺らぎには弱い。

 果てしない悲しみは、血の代わりに流れている魔力を枯渇させてしまう。

 魔力が枯渇すれば宝石人は死ぬ。

 悲しいから死んでしまいたいと思えば、実際に死ぬことができるのだ。


 ウィスティリアの家もエーデルシュタインも、自分には関係のないものとして傭兵となったシエルは、今まで何の教育も受けさせてもらっていなかった分を取り戻すように、時間が許す限り本を読み漁った。

 

 宝石人の特徴にそう書かれているのを見つけた時、羨ましいなと思ったことを覚えている。

 死にたいと願っても、シエルは死ぬことができない。

 ──今ではなく、昔の話だが。


「シエル、来るが良い。お前が知りたがっていることを、教えてやろう」


「……フィロウズ様。僕は、あなたたちと白月病の関連を調べに、ここにきました。辺境の地に噂が流れているようです。白月病は宝石人の呪いであると」


「黙ってついてこい、シエル」


 それを尋ねたら、フィロウズは怒るのだろうと思っていた。

 そんなものは言いがかりだ。辺境伯がエーデルシュタインを攻める為の大義名分にしか過ぎないと。

 けれどフィロウズは否定しなかった。

 シエルのローブの中にいる狐に似た動物が顔を出して、不思議そうに景色を見渡すので、シエルはその頭を軽く撫でた。


「いきましょうか」


 小さく囁くと、動物は再びローブの中に姿を隠した。

 そろそろ名前をつけてあげないと不自由だなと考えながら、シエルはフィロウズに従った。




お読みくださりありがとうございました!

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