廃棄されたデウスディア/旧キルシュタイン
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廃棄されたデウスヴィア──旧キルシュタインの街は、以前よりも活気があるように見える。
魔女の娘であるエーリスが暴れてこの街を破壊した日。
そして、リディアの力によって空から癒しの飴が降った日。
レオンズロアやセイントワイスの協力によって炊き出しを行い、ベルナール人、キルシュタイン人関係なくテーブルを囲んだ。
その日から、何かが街の中で変化したのだろう。
キルシュタイン人は街の中で居住区が限定されており、ベルナール人の居住区には入ることができなかった。
だが今はその垣根がなくなったようだ。
キルシュタイン人の多くは、金の髪に青い瞳で、どちらかといえば背が高い。
とはいえ、容姿も言語も文字もベルナール人とそう変わりはないので、どちらが──と、区別するのは難しいのだが。
シエルはキルシュタインの街をゆっくりとした足取りで歩いている。
その肩には、エメラルドグリーンの体毛を持った狐に似た小さな動物が乗っている。
ハイルシュトルの石室で拾ってきたものだ。
シエルのそばを離れないその動物が何なのか、シエルは薄々気づいていた。
そして自分を追ってきたことに、何か意味があるのだろうと考えている。
ハイルシュトルの石碑に残されていた女神アレクサンドリアの残した謝罪文の意味に、今のところ気づいているのは自分だけだろう。
残り二人の魔女の娘を探さなくてはと思っているものの、先に済ませてしまわなければいけない用がある。
ヴィルシャークから、手紙をもらっていた。
重要なことだから、早急に顔を見せるようにと。
シエルとヴィルシャークの関係を思うと、手紙を送ってくるなど考えられないことだった。
ウィスティリア辺境伯家で、シエルは生まれた。
辺境伯はシエルの体に浮き出ていた宝石を見て怒り、失望し、「呪われた子供」だと、母であるビアンカとシエルを辺境伯家の屋根裏に押し込めて見張をつけた。
ウィスティリア家の恥晒しとして、誰にも見られないように、逃げないように。
密やかに飼い殺された。
──飼い殺されただけなら、まだ良い。
満足な食事も与えられず、シエルはいつも薄汚れていたし、腹を空かせていた。
不遇の中で母が病みつくと、せめてと食事だけでも貰いに部屋から出ると、ヴィルシャークとクリフォードという血の繋がりのない兄弟のような存在が目ざとくシエルを見つけ出した。
気色の悪い宝石人。
体が石でできている。頭まで石でできている。だからろくに喋ることもできない。
そう言われ、足蹴にされて、そんなに食べ物が欲しいのならと──口に泥を押し込められた。
宝石人は石なのだから、同じ石なら食べられるだろう。土なら、食べられるだろう。
それでも抵抗せず怒りもしないシエルを見て、「辺境伯様はお前を人間じゃないと言っている」「人間じゃない化け物だから、俺たちの言葉も通じないんだな」と、嘲笑った。
ビアンカが死に、シエルがウィスティリア辺境伯家から出るまでは、その関係が変わることなどなかった。
辺境伯が、二人にそれを許していたのだ。
だが、ヴィルシャークは少し、変わったのだろう。
ウィスティリア辺境伯家を継いでいるクリフォードのことは知らない。
あの家に、近づきたいとは思えなかった。
何一つ蟠りが残っていないというわけではない。
でも──激しい憤りを感じるというようなこともない。
幼い自分を思い出して憐れむこともないし、母を思い出して治療を受けさせてくれなかった辺境伯家に恨みを抱くようなこともない。
やはり、他人事のように感じる。
リディアは、辛いことがありすぎると心が疲れてしまって、何も感じなくなるのだと言っていた。
そうなのだろうか。
深く息をついて、空を見上げる。
(リディアさんの、顔が見たい。……それから、ルシアンやロクサス様、レイル様も……元気だろうか)
きっと元気だろう。
ロベリアには今日も明るい笑い声が響いているはずだ。
ロクサスが紅茶をこぼして、皿を割って、レイルがそれを元通りにして。ルシアンがリディアを撫でて、ロクサスが怒って。その賑やかな声を、聞いているのが好きだったのだなと、一人になってみて思う。
元々シエルは、一人で行動することが多かった。
昔からずっと一人だったし、その方が楽だと思っていた。
セイントワイスに入ってからも、転移魔法の使えるシエルは単独行動が多かったし、シエルなら一人でも大丈夫だとセイントワイスの者たちも思っているから、咎められたことなどなかった。
帰りたいと、思ったのははじめてだ。
ヴィルシャークの用事とは、なんだろうか。
嫌な予感に気づかないふりをしながら、シエルは旧キルシュタイン城へと向かった。
転移魔法を使用すれば一瞬だが、その時間を遅らせたかったので、街の景色を見ながらゆったりと足を進めた。
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今日からラストエピソードに入るのですが、しばらくシエル様の話が続くと思います。
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