レイル・ジラールの再誕
私を抱き上げるルシアンさんの前に跪くステファン様、ロクサス様の腰に抱きついてしくしく泣いているクリスレインおに……お姉様、という良く分からない状況の中、ジラール家の使用人の方々は私たちを静かに見守ってくれている。
流石公爵家の使用人の方々は、動揺しないのね。
「そろそろいいか」
とてつもなく嫌そうに眉を寄せているロクサス様の肩に、マルクス様がぽん、と、手を置いた。
「あぁ、父上」
ロクサス様が頷く。
「さぁ、皆! 準備通りに!」
マルクス様が命令をすると、使用人の方々が一斉に立ち上がって、素早く動き始める。
礼拝堂の天井部分から釣り下がっている紐をひくと、マルクス様の背後の側面にばさりと大きな布が落ちてくる。
布には『レイル・ジラール歓迎記念パーティ』と、大きく書かれている。
厳かだった礼拝堂はあっという間にお花やランプや飾り紐などで飾り付けられて、長椅子が退かされて代わりに礼拝堂の奥の扉からテーブルと、数々の料理が運び込まれてくる。
「これは、完全に計画が知られていたということか」
「どうなっているんだ、ロクサス。予定ではここで、リディアを連れて逃避行するルシアンを、俺とロクサスが追って、ロクサスの後をクリスレインが追って、桃饅頭で逃げることになっているんだが。逃げて良いのか?」
レイル様歓迎記念の横断幕を見上げてルシアンさんが得心がいったように呟く。
ステファン様が困惑しながらロクサス様に尋ねた。
「いや、どう考えても今逃げるのはおかしいだろう、殿下」
「あらー……私たちの計画は、マルクス殿には筒抜け、ということだったのかしら。つ、つ、ぬ、け」
「クリスレイン、その話し方をやめろ。お前、胸に一体何をつめているんだ」
奇妙に体をくねらせながら話すクリスレインお姉様――じゃなくて、お兄様を、ロクサス様が半眼で睨む。
「私特製、巨大肉まんだよ。食べる?」
クリスレインお兄様は胸元をごそごそすると、中から肉まんを取り出した。
巨大な胸の正体は巨大な肉まんだったのね。
二つのそれはそれは大きな肉まんが、胸元から取り出される。何故か、ほかほかで。
大丈夫かしら、クリスレインお兄様。火傷していないかしら、胸を。肉まんで。
「かぼちゃぷりん!」
朝から準備で忙しくて、あんまりご飯を食べていないエーリスちゃんが、肉まんを見て嬉しそうにぱたぱたしている。
「おい、丸餅。そんな場所から出てきた肉まんを食うな」
「ぷりん!」
ロクサス様に心配されて、エーリスちゃんが怒っている。今のは「うるさい!」という感じかしら。
「大丈夫だよ、私は食べ物を大切にするタイプなんだ。ちゃんと保護の魔法を施して貰ったよ。ステファンに」
「あぁ。大丈夫だ。その肉まんはどのような攻撃からも衝撃からも身を守る魔力の膜がはってある。クリスレインの胸元に入っていたが、魔力の保護膜があるから安全に食べることができる」
ステファン様が自信ありげに頷いた。
聖王様の保護魔法をかけられた肉まん。すごく大切にされている肉まん。なんだか輝いて見える。
「いくら私でもほかほかの肉まんを胸に入れていたら、火傷してしまうからね」
「入れるな。ほかほかにするな」
「ほかほかじゃないと、肉まんは美味しくないだろう?」
何を言っているんだ、みたいな顔でクリスレインお兄様に言われて、ロクサス様は眉間に皺を寄せると深い溜息をついた。
「肉まんの話はともかくとして、ロクサス、リディア、これは一体どういうことだ」
ステファン様が気を取り直したように、居住まいを正して言った。
「どうもこうも、見ての通りだ」
「ええと、はい」
説明が難しくて、私は腕の中のエーリスちゃんに視線を落とした。
クリスレインお兄様から貰ったそれはもう大きな肉まんを、あぐあぐと小さな体と小さな口で、エーリスちゃんが丸のみぐらいの勢いで食べている。
ルシアンさんの腕に抱かれている私の腕の中に、お父さんとファミーヌさんとエーリスちゃん、そして肉まんは抱っこされている。
エーリスちゃんは肉まんを一つ食べた後、きらきらと瞳を輝かせた。
そういえば、クリスレインお兄様はエルガルド王国では食聖と呼ばれているぐらい、料理が上手なのよね。肉まん、美味しいのかしら。ちょっと食べてみたい気もする。
「レイル、いるのだろう! 姿を見せてくれ! 今までのことは全て謝る。許してくれとは言わない。お前やロクサスの自由を奪うこともしない。お前たちは、好きに生きて良い。だから、――ジラール家に戻ってきてくれ。私とイルフィミアの、息子として!」
マルクス様が、大きな声を張り上げる。
レイル様の姿はないので、天井に向かって。
しばらくの沈黙が、礼拝堂を支配した。
レイル様は――姿を見せてくれるのかしら。
いつも明るくて楽しそうなレイル様だけれど、本当はロクサス様以上に、マルクス様やイルフィミア様のことを怒っているのではないのかしら。
レイル様は、ロクサス様のことを大切にしているから。
とても大切に思っているから、ロクサス様を傷つけたマルクス様を、ロクサス様以上に許せないのではないのかしら。
「これ、もしかして私たち、失敗したのかな」
とさりと、天井から人影が降ってくる。
天井の梁の部分に隠れて、私たちの様子を見ていたのかしら。
勇者は窓から入ってくるものらしいけれど、天井からも降ってくるのね。
レイル様は華麗な四回転半捻りを決めて、私たちの前に降り立った。
「勇者、参上だよ。……本当は隠れていようかと思ったけれど、名前を呼ばれて現れないのは勇者ではないからね。姫君、素敵な恰好をしているね。本当の結婚式みたいだ」
にこにこしながら、レイル様が私を覗き込んでくる。
そういえば私はずっとルシアンさんに抱っこされているのよね。
ルシアンさんに「そろそろ降ろしてください」とお願いしたのだけれど、「君は軽いからこのままで良い」と言われてしまった。
軽いと言われるのは嬉しい。でも、軽い重いの話ではなくて、恥ずかしいのだけれど。
「兄上、すまない。俺のために、リディアや皆を連れてきてくれたのだな。ありがとう」
ロクサス様はレイル様にはとても素直だ。
レイル様は「気にしないで。失敗してしまったし」と首を振ると、マルクス様と、涙をハンカチでおさえているイルフィミア様の前に立った。
「父上、母上、お久しぶりです。レイル・ジラール、ただいま戻りました」
何か――きつい言葉を投げかけるのかと思ったけれど。
レイル様はあっさりそう口にして、二人に軽く頭を下げた。
イルフィミア様が大きな声をあげながら「ごめんなさい、二人とも、ごめんなさい……!」と言って泣き出して、マルクス様は「全て私が悪いんだ。すまない」と、イルフィミア様をしっかりと抱きしめた。
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