奪う、追い縋る、そして女装
言うなれば、元王子様の貫禄──なのかしら。
背後から光を受けたルシアンさんの金の髪が煌めいて、長身で体格の良い体をとてもお洒落な黒いケープ付きの外套と金のチェーンの飾り、しっかりした作りの革のブーツで包んでいる。
演技とはわかっているけれど、昔ステファン様に連れて行ってもらった演劇の中だとしたら、今まさに胸キュンという状況なのではないかしら。
演劇の中での盛り上がりがクライマックスという感じだ。
「ルシアン、何の用だ!」
マルクス様が悪役みたいな顔をして、ルシアンさんを怒鳴りつける。
これも全部演技なので、皆さん演技派よね。
私は両手を胸の前で握りしめて、おどおどするばかりだ。
「リディアを取り戻しに来た。リディア、君をロクサス様に奪われるなど耐えられない、共に逃げよう!」
ルシアンさんが私の元に真っ直ぐ進んでくると、私の手を握りしめた。
「ルシアンさん……」
「リディア……大丈夫だ。ジラール家から追われる身になろうとも、私が君を守る!」
あ。いつもよりもルシアンさん、声が大きいわね。
少し頬が染まっているのは、恥ずかしいからよね。もっと堂々としているのかと思ったけれど、少し恥ずかしそう。
「私は君を、愛している。君に伝えられなかったせいで、私の元から君は去ってしまった。私はもう間違えない」
「あ、あ……」
演技でも愛していると言われるのか、結構心に響くものがあるのね。
私はどきどきする心臓をおさえる。顔が真っ赤に染まっているのがわかる。
ルシアンさんの精悍な顔を正面から見られなくて、わたわたしながら俯いた。
(愛してる、愛してるってはじめて言われた……)
こんな状況じゃなければすごくときめいてしまっていた気がする。
ロクサス様とキスしそうになって、それからルシアンさんから愛の告白をされて(全部演技だけど)ときめきそうになってしまうなんて、私はやっぱりふしだらなのではないかしら。
自分で自分がわからない。
もしかしたら私、ステファン様に嫌われて、恋や愛や男性を恨む生活を送っていたから。
その分、恋や愛への憧れが強くなってしまった、とか。
演技でもそんな雰囲気になると、ときめいてしまいそうになるなんて──これは、よくないのではないかしら。
マーガレットさんの言うように、恋とか、してみるべきなのかもしれない。
このままでは私、ちょっと愛の言葉を囁かれただけでころっと騙される、とっても悪い男性に騙されやすい女になってしまうかもしれない……!
などという私の心配をよそに、ルシアンさんは私の体を軽々と抱き上げた。
「ルシアン……こ、これは、い、一体どういう……」
ロクサス様の台詞が辿々しい。ロクサス様、嘘をつくのがやっぱりあんまり得意じゃないのね。
でも、動揺のあまり体を震わせている様子に見えなくもない。
「ちょっと待ったぁ!」
いつも落ち着きがあるようなないような、最近はあまり落ち着いてないような気がするけれど、ともかくステファン様のいつもと違う、いつもよりもとても元気な声が礼拝堂に響き渡る。
礼拝堂の入り口から駆け込んできて、床を蹴って飛び上がり、三回転半ぐらいクルクルと回って私のそばにステファン様が着地した。
華麗な登場である。多分、レイル様あたりに演技指導されている気がする。
ステファン様はすごく照れたように頬を染めながら両手で顔を隠したあと、何かを振り切るようにして、顔をあげて私を見た。
過去最高にきりっとしているステファン様が、ルシアンさんに抱き上げられている私の前に膝をついた。
「リディア、待ってくれ……俺を捨てないでくれ……! 今までのことは全て謝罪する、だからどうか、俺の元に戻ってきてくれ……!」
私、今、「実家に帰らせていただきます!」と言い捨てて家を出ようとしたあと、旦那様に追い縋られる妻の気持ちを味わってる。
まだ結婚もしていないのに。
「殿下まで……! 一体なんだというのだ!」
マルクス様が怒っている。イルフィミア様が両手で顔を押さえて、泣いている。
いえ、泣いていないわね。多分、笑いを堪えている。
イルフィミア様は嘘が苦手で、すぐに顔に出るのだと言っていた。ロクサス様に似ている。
「ロクサスと結婚をすると聞いて、いてもたってもいられずにここに来てしまった。リディア、俺は今でも君が好きだ……! 可愛い君がロクサスに奪われるなど耐えられない……俺の元に戻ってきてくれ。それが無理なら、せめてお父さんとして君を花婿の元へとエスコートさせてくれ!」
ステファン様、話しているうちに感極まってきたみたいで、涙目になっている。
私の腕の中にずっと抱えられているお父さんが「お父さんは私だ」と不満げに言った。
エーリスちゃんとファミーヌさんも、「かぼちゃ!」「タルト!」と、お父さんを応援している。
最近、みんな仲良しだ。
「殿下、落ち着け。殿下はリディアのお父さんではないだろう」
「気持ちはお父さんだ……兄でも良い……ともかく俺は、リディアの健やかな成長を見守りたいんだ……好きだ、リディア……」
「ステファン様……」
これは演技なのかしら。途中から本気っぽかったような気もするけれど。
だんだん、礼拝堂の中が大混乱になってきた。
ここで最後に、来るのよね。
予定では、ここで。
「待って、ロクサス……! 私を捨てないで……!」
予定通り本当に来た。
長い黒髪の鬘を被って、化粧をして異国風のドレスを着たクリスレインお兄様が。
そして礼拝堂の入り口からは、大きな顔で扉からこちらを覗き込んでいる桃饅頭の姿があった。
主人のご乱心に戸惑っているのかもしれない。
「私とのことは遊びだったの、ロクサス……! 誰なの、その女は!」
クリスレインお兄様が迫真の演技で、ロクサス様の足元でうずくまるようにして、泣き始める。
確かにクリスレインお兄様は綺麗な方だけれど、体格が良いので女性には見えない。
ドレスからのぞく腕や脚は筋肉でムキムキしている。胸は大きい。何か入れてる。
何が入っているのかしら。スイカ……?
「どういうことだ、ロクサス! 恋人がいたのか!」
マルクスお父様はそれでもなお騙されたふりを続けてくれている。
ロクサス様は、頭痛がするみたいに、頭を手で押さえた。
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