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お父さんのありがたいアドバイスと謝罪の決意



 ――このままじゃいけない。

 ロクサス様とマルクス様は、お話をするべきだ。

 今なら、きっと。

 もし――私の嘘がばれてしまって、マルクス様やイルフィミア様が傷ついてしまったら。

 

 レイル様とロクサス様と、ご両親の関係は、修復が不可能なぐらいに壊れてしまうかもしれない。


 でも――。


「お父さん、どうしたら良いと思いますか……?」


 ロクサス様はご両親をもう恨んでいないというけれど、そんなに簡単に割り切れるものではないと思う。

 マルクス様と歩み寄るのはロクサス様にとっては苦しいことなのではないかしら。

 それを、無理やりに――というのは。


 わからない、けれど。

 私の気持ちだけで決めるのは、動くのは――傲慢なのではないだろうか。


 私だって、かつて私を嘲っていたフランソワちゃんと仲良くしなきゃ駄目だって、私の方から歩み寄れって誰かに言われたら――とても苦しかったと思うし。


 私はお父さんのふわふわの体を持ち上げると、顔の前に小さな顔を持ってきて言った。

 つぶらな、真っ黒の瞳が私を見つめている。

 しめった小さな鼻が可愛い。


「お父さんに助言をもとめているということだな、リディア」


「はい、お父さんに助言を求めています」


「……何故俺に助言を求めない。リディア、俺と会話をしろ」


「ロクサス様は当事者なので相談できないのです」


 腕と足を組んでいるロクサス様が、やや不満げに言った。

 ロクサス様の話をロクサス様と相談しても、あんまり良い考えは浮かばない気がする。


「話は全て、この可愛い姿で丸まりながらそれとなく聞いていたわけだが」


 お父さんが厳かに言う。可愛い姿で丸まりながら聞いていたのね、お父さん。

 寝ているのかと思ったけれど、起きていたのね。


「人と人が分かりあうためには、面と向かって話すことが必要だ。手紙のやり取り、人づてのやりとり、噂話。これらは全て、相手に対する認識を歪める。特に、文字というのは……ただの文字だ」


「お手紙は、駄目ですか?」


「あぁ。手紙というのは良し悪しだ。真実をうまく伝えることもあれば、そうではないときもある。さもないやりとりなら手紙で十分だが、今のように――腹を割って話し合わなければいけないとなると、直接話すのが一番良い」


「お父さん、お手紙で何か失敗をしたことが……」


「いや。一般論だ。……一般論、でもないな。……かつて、……対話を怠ったために、どうしようもない罪を犯した人間がいた。私はそれを知っている。そういうことだ」


 お父さんはそれだけ言うと、黙り込んでしまった。

 もう言うべきことはない、みたいな感じだった。もう言うべきことはない、みたいな顔をしても可愛い子犬の顔なのだけれど。

 しばらく、エーリスちゃんが焼き菓子を食べるさくさくという音が、静かな部屋に響く。

 やっぱり――話し合いは、大事よね。


 私は、エーリスちゃんやファミーヌさんと話し合いができたわけではないけれど。

 でも、二人とも、差し伸べた手をちゃんと掴んで、私の中に入ってきてくれた。

 自分の気持ちを、記憶を、私にくれた。

 何を感じて、何を思っていたのか。何が起こったのかを――教えてくれた。


 お父様やステファン様、フランソワちゃんとは話し合いをできる状態ではなかったけれど、マルクス様やイルフィミア様は違う。

 ちゃんと――考えて、自分の気持ちを話して、それから、謝罪をしていた。


 だから、やっぱり――。


「ロクサス様」


「あぁ」


「私……マルクス様に謝ってきます」


「お前の気持ちは、理解した。父と母を騙すのは、間違っているということだな」


「でも、……ロクサス様やレイル様の気持ちを考えると、私が……そう思うのも、違う気がして。それでもやっぱり、……このままじゃ、嫌で」


「本当はお前が気に病む必要などないのだがな。……すまなかった、リディア。俺たちは……兄上と俺は、両親を会話をしても無駄なものだと、思い込んでいた」


 ロクサス様はあっさりそう口にした。


「この家を支配する、怪物やなにかだと思っていた。……だが、そうではないな。父上は聖王家に忠誠を誓っている……だからこそ、ジラール家を守ることに必死だった。母上は、……母上は元々ジラール家より格下の、伯爵家の娘だ。父に逆らうことなど、露ほども考えることはできない」


 事実を確認するようにロクサス様は淡々とそう言って――。


「仕方ないことだった。……兄上を切り捨てたように、俺には見えた。だが、そうではない。別邸に送り、必要な世話の手配はしていた。兄上を助けたいと……俺のように、足掻くことがなかっただけで」


「ロクサス様とレイル様が、苦しかったのは、わかります。全部わかるわけじゃないけど……でも、ロクサス様はレイル様が辛い思いをしたから怒っていて、レイル様はロクサス様が大切だから、怒っているんですよね」


 レイル様は怒っているようには見えなかったけれど――でも、本当はとても気遣いをしてくださる優しい方なのに。

 いつだって、私を励ましてくれた。

 私だけじゃなくて、ルシアンさんやシエル様のこと、ステファン様のことも心配してくれた。

 いつも明るく振舞って、元気づける言葉をかけてくれて。


 それなのに――ご両親や、家名を傷つけるような行動をとろうとしているのは。

 心の奥では、ご両親に対して怒っているからなのかもしれない。


 ジラール家を捨てることは、ロクサス様にはできない。

 白月病を患ってしまったレイル様は、ジラール家を継ぐことができない。

 本当は、レイル様は。

 ロクサス様にその役割を押し付けてしまったことを、気に病んでいるのではないかしら。

 どうにもならないことをどうにかしようとして、だから。

 こんなことに――。


「兄上の気持ちは分からない。だが、……そうだな。そうかもしれない」


「ロクサス様……みんなで仲良くなんて、できないかもしれません。悲しいこととか、腹が立つこととか、たくさんあって。どうにもならないことだって、たくさんあるかもって、思って……でも、マルクス様もイルフィミア様も、私たちの結婚を心から喜んでくれているようでした」


「それは、家が存続するからだろう」


「そうじゃなくて……多分、多分ですけど、ロクサス様が楽しそうだったから。幸せそうに見えたから……嬉しかったんじゃないかなって」


 子供を親が愛することは当たり前だなんて、言い切れない。

 赤い月の魔女シルフィーナは、エーリスちゃんやファミーヌさんのことを、まるで見ていなかった。

 自分の悲しさや苦しさや、憎しみでいっぱいになって。

 目の前にいる誰かを見ることが――自分を慕う子供たちを見ることが、できなくなっていた。


 けれど、マルクス様やイルフィミア様は、違うと思う。

 私のつくったご飯を、拒絶しなかった。

 ちゃんと、食卓にあつまってみんなで食べてくれた。

 あの時話してくれた気持ちは、嘘じゃないと思うから。


「ロクサス様の幸せを、ちゃんと喜べるご両親を、……私は、やっぱり騙したくなくて。ロクサス様がお話しするのが辛いなら、私が……謝って、ロクサス様の気持ちを伝えてきます」


「俺の気持ち?」


「はい! ロクサス様は言っていましたよね。結婚したくないこと。好きな人がいること」


「……あぁ」


「ロクサス様の好きな人が誰なのか分からないですけど、私で手をうとうとしないで、好きな人を諦めない方が良いです。……ロクサス様の好きな人が、ロクサス様と結婚をしたいって言ってくれるかもしれないし」


「…………そうだな」


 ロクサス様は長い沈黙のあと頷いて、それはそれは深い溜息をついた。

 それから、ソファから立ち上がると、私に手を差し伸べてくれる。


「行こうか、リディア。気に病んだままでは、食事も喉を通らないだろう。いつも嬉しそうに食事をしているお前が、食べることさえ苦し気な様子は、見ていられない。巻き込んで悪かったな、俺が二人と話す」


「ロクサス様……」


「ただ、……俺は、あまり言葉を飾るのが得意ではない。優しい言葉を両親に向けるのは、難しい。……だから、そばにいて欲しい。リディア、お前に」


「はい!」


 私はロクサス様の手を取った。

 もちろん、そばにいる。だって私はロクサス様のお友達だからだ。

 ロクサス様も私が困っている時、いつも一緒に居てくれた。だから、私も。

 

 私たちは――ご両親のもとに向かった。

 今までの事情。それから、レイル様のこと。そして、嘘をついていたこと。

 静かに事情を説明するロクサス様の話を、マルクス様もイルフィミア様も神妙な面持ちで聞いていた。

 それから頭をさげる私たちに「謝るのはこちらの方だ」と、マルクス様は言ってくれた。


「……薄々は、全てというわけではないが、知っていた。それに、レイルの噂もな。……ロクサスには好きな相手がいるのだな」


「はい」


 マルクス様のお部屋のソファに、マルクス様とイルフィミア様は座っている。

 その前に立って謝罪をする私たちに、マルクス様は自嘲するような笑みを浮かべてみせた。


「血は争えない、ということだな。私も……かつては、ゼーレ王の亡くなられた妃である、マリア様に恋をしていたんだ」


 突然の恋の話に私は驚いて目を見開いて、ロクサス様も動揺したらしくて、特にずり落ちてもいない眼鏡に指をあてて位置をなおした。




お読みくださりありがとうございました!

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