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ジラール家の家族団欒とマルクスお父様の謝罪



 出来上がった魚介のトマト煮込みを、扉の外で待機していた使用人の方々が食卓へと運んでくれた。

 私とロクサス様と、マルクス様とイルフィミア様は長テーブルの置かれたダイニングへと向かった。


 立派な長テーブルと、真っ白なクロス。花瓶には赤い薔薇がいけられている。

 雪が降っているのに、ドライフラワーではなくて生花が飾ってあるのがすごいなと思ってロクサス様に尋ねると、「母の趣味で、花を育てるための温室がある」と教えてくれた。


 テーブルに、魚介のトマト煮込みとカリカリバケット、ロクサス様とマルクス様には白ワインが運ばれてくる。

 イルフィミア様と私には、良い香りのする紅茶。お砂糖の小さな瓶が可愛らしい。


 ロクサス様と並んで、マルクス様とイルフィミア様の正面の椅子に座る。

 居心地の悪い沈黙が、ダイニングを支配した。

 沈黙の中で私はきょろきょろと視線を彷徨わせる。


「……あ、あの、もしよければ召し上がってください。不味くはないと、思うんですけれど……」


 エーリスちゃんのむちむちが恋しい。ファミーヌさんのふわふわと、お父さんのもこもこが恋しい。

 おずおずと私が口を開くと、イルフィミア様が遠慮がちに微笑んでくれる。


「ありがとう、リディアさん。……ありがたく、いただくわね」


「あぁ。リディア。……お前の料理を食べるのは、久しぶりな気がするな。年末も年明けも食べているから、そんなことはないのだが……ここに戻ってくると、聖都が遠く感じる」


 ロクサス様とイルフィミア様が両手を胸の前で組み合わせる。


「神祖テオバルト様、女神アレクサンドリア様。そして、リディアさん。我らに食事を与えてくださったこと、感謝いたします」


 マルクス様の厳かな声がダイニングに響いた。

 お祈りが終わると、それぞれナイフとフォークを手にする。

 私は緊張しながら、マルクス様とイルフィミア様が魚介のスープとトマトで煮込んだあさりを口に入れるのを見ていた。

 アサリは、酒蒸しにしただけでも美味しい。

 南地区の市場近くの砂浜ではアサリを取ることができる。

 暖かくなったら、潮干狩りに行きたい。エーリスちゃんとファミーヌさんとお父さんは海に入ったことがないと思うし、私もなんだか忙しくて去年は海で遊べなかったから、今年は水着と浮き輪を持って海で遊んでみたい。


 水着。海。誰か一緒に遊びに行ってくれるかしら。フランソワちゃんを誘ってみようかしら。

 でも、フランソワちゃんは可愛いから、水着姿のフランソワちゃんが男性に攫われたら大変だ。

 誰か他に──シエル様は水着を着るイメージがまるでないし、ロクサス様とステファン様はフランソワちゃんとは色々あるし、ルシアンさんか、レイル様かしらね。お願いしてみようかな。


(アサリを見ていたら、海について考えてしまったわね……)


 海遊びについて思いを馳せている場合じゃなかった。

 マルクス様とイルフィミア様が、ぱくりと魚介のトマト煮込みを口に入れる。

 もぐもぐごくんと飲み込んで、それからぱくぱくと、食べすすめてくれる。

 安心した私は、スプーンでスープを掬ってこくんと飲み込んだ。


 お魚や貝や、蛸や烏賊、海老の旨味がスープの中に溶け出している。トマトの酸味や、香味野菜のすっきりとした味わいが混じり合って、複雑な味わいだけれどきちんと一つにまとまった美味しいスープになっている。 

 蛸も烏賊も、アサリもムール貝も柔らかく火が通っていて、お魚も煮崩れしていない。

 美味しくできた。良かった。


「美味しい、リディア。……お前の料理は、いつも美味いな」


「ありがとうございます、ロクサス様」


 ロクサス様が褒めてくれるので、私はロクサス様を見上げてにこにこした。

 褒められるのは嬉しい。美味しく食べてくれるのは嬉しいし、美味しいって言ってもらえるのもすごく嬉しい。


 そんな私たちの様子をむっつりと黙り込んでみていたマルクス様が、白ワインをグイッと飲み干すと、口を開いた。


「リディアさん。……優しい味のする料理だ。失っていた何かを思い出すことができそうな味がする」


「は、はい……ありがとうございます、お父様」


「……私は、……いや、私だけではない。ジラール公爵家は、ベルナール王家をそばで支える立場だった」


 マルクス様は食事の手を止めると、低い声で話しはじめる。

 不機嫌なのかと思っていたけれど、何かを後悔している表情にも見えた。


「聖王の重圧というものは、私には想像ができないほどに重い。ゼーレ王は立派な方だ。常に正しい選択をする方であるし、私はゼーレ王を信じていた。だが、そんなゼーレ王も迷い、悩む。特に、お前たちも知っているとは思うが、キルシュタイン制圧について、深く悩んでいた」


 私は頷いた。

 それは、知っている。

 ゼーレ様と直接話したわけではないけれど、ゼーレ様はルシアンさんの目の前でお母様を殺めたことについて、深く後悔して──心を病んでしまわれたのだという。


「ゼーレ様が倒れてしまえば、国が乱れかねない。私もいつまでも生きることができるわけではない。そのため、レイルやロクサスには、ジラール公爵家を継いで、ステファン殿下を支えるものとして、期待をしていた」


「……期待? 笑わせる。あなたが期待をしていたのはレイルだけだろう」


「あぁ。レイルの方が優秀だ。二人を育て上げるよりも、優秀な方に目をかけた方が効率が良い。……だが、レイルは病にかかり、ロクサスが残った。ジラール公爵家を継ぐのはお前だ、ロクサス。そして、殿下を支えてほしい。それがジラール公爵家の役割だ」


「殿下のことは、嫌いではない。殿下を支えるのはやぶさかではないが、それはあなたに命じられたからではない。父よ、あなたがゼーレ王に心酔するのは勝手だが──」


 ロクサス様が冷たい声音で言葉を紡ぐのを、マルクス様は遮った。


「すまなかった」


「……なんだと?」


「すまなかった、ロクサス。まず、謝罪をするべきだったのだな、私は。……ずっと、自分が正しいと信じていた。ジラール公爵としての私は、家のために、国のために最善な判断をすべきだと信じていた。……だが、結局私は何もできなかった。ゼーレ王は病に倒れ、ステファン殿下は──長らく、魔物に操られていたのだと聞いた」


「そうだな」


「私は何も知らず。何もできなかった。……結局、私はレイルやお前を傷つけただけだ」


「やめろ。今更。……老いて気弱にでもなったのか? あなたが謝罪するなど」


「……ロクサス。お父様はずっと、気に病んでいたのよ。正しい判断だと、色々なものを切り捨てた結果──あなたは私たちを、何かの仇でも見るような目で睨みつけるようになった。そして、私も……ロクサスの魔法をはじめて見た時、怯えてしまった。……それから、あなたとどう関わって良いのかわからなくなってしまった」


 イルフィミア様が、弱々しい声で言った。

 言葉を詰まらせながら、ゆっくりと気持ちを吐き出して、ハンカチで口元を押さえた。

 はらりと涙が頬をこぼれ落ちる。


「けれど……リディアさんは、ロクサスの魔法を怖がらないのね。美味しい料理に使うことができるなんて……」


「ロクサス様の魔法は煮込み料理にぴったりなんですよ。蛸もふにゃふにゃにできます……」


 私は両手をふにゃふにゃと動かした。ふにゃふにゃの蛸を表現すると、イルフィミア様はくすりと笑ってくれた。

 確かに──ロクサス様の魔法は、命を奪うものなのかもしれない。

 使い方によっては、あっさり人の命を奪うことができるものだ。

 でも、ロクサス様はそんなことのために魔法を使う人ではないもの。


「ありがとう、リディアさん。あなたと一緒にいるロクサスは……私たちが見たことがないぐらいに、楽しそうだった」


「君の料理を食べると、どうしてか、……全て話してしまいたくなる。意地を張って、ロクサスに謝ることができなかったのが……情けない。そして、レイルにも……」


「兄上は」


「ロクサス。……レイルのことは、悪かった。最後まで私たちも手を尽くせば良かったと、後悔している」


「いや、それはもう良い」


 マルクス様の謝罪に、ロクサス様はうつむいた。

 今のマルクス様になら、レイル様が生きていることを伝えても大丈夫なのではないかしら。

 ロクサス様とレイル様がどうしたいかを伝えれば──受け入れてくれるのではないかしら。


「すぐに、結婚式を開こう。本当は少し、疑っていたんだ。ロクサスが、突然リディアさんを連れてきたものだから、何か裏があるのではないかとな。だが、お前たちの様子を見て安心した。……とても愛し合っているのだな、お前たちは」


 マルクス様が、厳しい表情をわずかに和らげた。


「あ、愛し、愛し合っている……」


「愛し合っています……!」


 ロクサス様と私は手を取り合って、見つめ合った。

 ロクサス様の頬が赤く染まっている。握り合った手が、妙に熱い。私もなんだか恥ずかしくなってしまって、視線を逸らして俯いた。

 涙を流して喜んでいるイルフィミア様の様子を目にしてしまうと、罪悪感で胸がぎりぎり痛んだ。



お読みくださりありがとうございました!

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