みんな仲良し魚介のトマト煮込み
そういえば、そろそろ昼食の時間だ。
ロクサス様を連れてジラール家の調理場に私は向かった。
マルクス様が「ロクサスも料理を手伝うのか? 私も見に行こう」とついてきて、お部屋の外で私たちの様子をうかがっていたらしいイルフィミア様も「私も一緒に……!」と言うので、一緒に行くことになった。
ジラール家の面々が揃って調理場に顔を出したので、料理人の方々を驚かせてしまった。
申し訳ないとは思ったのだけれど、料理人の方々から調理場を奪い取った私は、高級そうなドレスが汚れないようにエプロンを貸して貰った。
本当は着替えた方が良いのだろうけれど、着替えは持ってきていないし。着てきた服は紅茶の染みがついてしまったらしく、お洗濯をしてくれているらしいので、仕方ない。
「ここにある食材は、全て使ってくれて構わない。俺も何か、手伝う」
「あっ……はい……」
ロクサス様に言われて、私は頷く。
ジラール公爵家の調理場は、王宮の調理場ぐらい立派だった。
保存庫には豊富な食材が入っているし、魚介が好きなマルクス様の為にだろう、新鮮な魚介類も揃っている。
調理場の扉の外から心配そうに料理人の方々がこちらを覗き込んでいて、マルクス様とイルフィミア様が調理台の向こう側から私たちを見守っている。
凄い数の視線が向けられていて、緊張してしまいそうになるわね。
私は胸に手を当てて、気持ちを落ち着かせた。
エーリスちゃんたちも連れてくれば良かった。調理台でエーリスちゃんが跳ねたりつまみ食いをしたり、ファミーヌさんとお父さんがあたたかい場所を探して彷徨って、移動しながら丸くなっていたりするだけで、なんだかほっとするものね。
「リディア、大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です。なんとなく緊張しますね、じっと見られているので……ご飯を作る様子を見られるのは良くあることですけど、……あ」
私はそういえば今の私はロクサス様の婚約者だったと、ふと思いだした。
「お父様とお母様に見ていただいていると思うと、緊張してしまいますね」
「お父様……」
「お母様……!」
マルクス様とイルフィミア様が顔を見合わせた。
「……フェルドゥールの娘にお父様と呼ばれる日がくるとは……」
「リディアさん……お母様と呼んでくれるのね。ありがとう」
嬉しそうな二人の様子を見て、罪悪感を覚える。ロクサス様のお話では酷い人たちというイメージだったから、こうして良くされてしまうと、騙しているのが申し訳ない。
私が邪魔をしないで――気立ての良い本物の婚約者の方が現れたら、ロクサス様とお父様とお母様の関係も良好になって、何一つ問題が起らなかったのではないかしらと、思ってしまうわね。
でも――。
私の隣にいるロクサス様は、そんなご両親の様子を冷めた瞳で見つめて、小さく舌打ちをした。
「ロクサス様……」
「全く、呆れたものだ。……リディアが聖女だから、手のひらを返したように歓迎しようとしているのだろう。身分や立場でしか人を見ない。愚かな父だ」
「そうでしょうか……」
保存庫を漁る私の傍で、ロクサス様は小さな声で囁いた。
色々あったのだろうけれど――冷たいだけの人というのは、いないのではないかしら。
私が今まで嫌いとか、怖いとか思っていた人たちだって、色々な事情を抱えていたのだから。
ロクサス様のご両親だって――ただ冷たくて嫌な人たちというわけではないのではないかしら。
こうして調理場に一緒に来てくれているのだから、それだけロクサス様や私と、歩み寄ろうとしてくれているのではないかしら。
分からないけれど。そうだと良いなと思う。
ともかく、私は料理をしよう。
美味しいご飯を皆で食べたら、仲良くなれるかもしれないし。それに、ロクサス様の力が命を奪うためだけのものではないことを、見て貰いたいもの。
「蛸と、烏賊、白身魚とアサリと、海老と、ムール貝」
「魚介類だな」
「はい! ここにあるありったけの魚介類を使います」
私は保存庫から新鮮な材料を取り出してくる。
アサリはボールにお塩とお水を入れて、そこに漬けて砂抜きをする。蛸は、まるまる蛸ではなくて太い足だけがあったので、ぬめりを取って下茹でしておく。
ムール貝を洗って、烏賊を――烏賊を。
「烏賊と目が合う……ごめんね、烏賊さん」
烏賊の足をぎゅっともって、内臓を引き抜いた。
ぬめぬめする内臓を取った烏賊を良く洗って、お水の中で烏賊の足をぎゅうぎゅうと扱いていく。
吸盤についている小さい硬いものが、しごくと取れる。
この時期の水は冷たいけれど、水魔石の水はそんなに冷たくないので手に優しい。
「それは何をしているんだ、リディア? 洗っているのか」
興味深そうに、烏賊をぎゅうぎゅうしている私の手を眺めながらロクサス様が言った。
「烏賊をごしごしして、吸盤の中にある硬いものを取り除いているのですよ。吸盤の中にある硬いもの……なんでしょう。小さくて丸くて硬いものが吸盤の中にあるんです。取らずに煮込んじゃうと、舌触りが悪くなるので……」
「吸盤の中に、硬いものが……」
「はい。凄く小さいんですけど」
「下処理というのは大事なのだな。俺にも何かできることはあるか?」
「ロクサス様……ロクサス様は、その……」
どうしよう。せっかくのご厚意だけれど、お鍋をひっくり返したり、包丁で手を切ったり、ワインボトルを割ったりするかもしれないし。
でも、ロクサス様は動かないで座っていてとお願いするのも、ご両親の手前悪いような気がするし。
「……ロクサス様は、私のそばにいてください……! 離れないで、見ていてくださると、安心しますので……!」
「そ、そうか……」
精一杯の愛情を込めて心からのお願いをすると、ロクサス様は慌てたように私から視線を逸らした。
大丈夫よね、今の感じなら、ロクサス様を邪険に扱ったようには見えなかったわよね。
私は内心不安になりつつも、下処理が終わった烏賊の水を切るために笊へと移した。
それから大きなお鍋にお湯を沸かして、白ワインをたっぷり入れる。
そこに捌いたあとのお魚のアラを一度湯通ししたものと、セロリや玉葱の皮、ハーブを入れて煮込んでいく。
「ロクサス様、お魚のスープを取りたいので、時間を奪ってくれますか?」
「あぁ。構わない」
ロクサス様にお願いすると、ロクサス様はお鍋に手をかざした。
「奪魂」
「だいこん……」
「奪魂だ。どうしても大根と言いたいのか、リディア」
「だっこんと聞くと、大根と言いたくなってしまいますね……つい、癖で」
私の頭の中に、ロクサス様の周りに大根の皆さんが手を取り合って踊っている姿が思い浮かんだ。
ロクサス様と大根の皆さんは仲良し。
そして、蛸と大根の煮物は美味しい。こんど作ろう。
ロクサス様の魔法のお陰でささっと手早く、魚のアラで作ったスープができあがった。
それをざるで濾すと、きらきら輝くお魚のうまみがたっぷりのさらりとしたスープができあがる。
お魚の脂もスープの中に溶け込んでいて、香味野菜とワインのおかげで臭みは抜けている。
そのスープの中に、蛸と、烏賊、海老やアサリやムール貝、お魚の切り身と、小さく刻んだトマトをぽいぽい入れていく。
材料は多いけれど煮込むだけなので、結構簡単にできる。
魚介類は新鮮だし、あまり煮込みすぎると蛸も貝も硬くなってしまうので――ちょっとだけロクサス様に時間を奪って貰って――。
「できました! みんな仲良し魚貝類のトマト煮込みです!」
仕上げに、カリカリに焼いたバターを塗ったバケットを添えて、できあがり。
うん。とっても美味しそう。
私と料理をするロクサス様の様子を静かに眺めていたイルフィミア様は、どういうわけか瞳を潤ませていた。
そしてマルクス様は――深く眉間に皺を寄せて、とてもとても、怒っているように見えた。
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