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ジラール公爵:マルクス・ジラール




 ジラール家の侍女の方々によって、私はお着替えをした。

 ロクサス様の家には女性がいないはずなのに、私が着替えたのは薄桃色の肩から袖までが透け感のあるレースで作られた可愛らしいドレスだった。

 きゅっとコルセットを締められて、胸を持ち上げられたりするのはかなり久しぶりで、体のラインに沿う作りになっているドレスでは服の間に入れないらしく、エーリスちゃんが涙目になりながら「ぷりん……」と、ショックを受けたように呟いていた。


「それは、母上がいつか俺か兄上が誰かと結婚した時のためにと、決まってもいない結婚相手のために作ったドレスの一つだ。……先ほど会っただろうが、母上は少々心が沈んでいてな」


「心が? 特にそんな感じはしませんでしたけれど……優しい方でした」


 着替えをして戻ってくると、ロクサス様も汚れたお洋服を着替え終えた後だった。

 先程まで来ていた濃い茶色のお洋服も似合っていたけれど、今着ている黒に金糸で刺繍が入っているお洋服も素敵だ。


「そうか? あのようにすぐ取り乱すし、強い口調で話しかけてきては、泣いたりを繰り返している。ドレスを作っている時だけは楽しそうだからな、好きなようにして貰っている」


「ロクサス様とうまくいっていないことを、気に病んでいるみたいでしたよ」


「母上はレイルを可愛がっていた。それなのに息子が俺しかいなくなってしまい不安定になっているのだろう。その上、数年前に俺は父と母を魔法で脅したからな。……兄上をリディアに救ってもらった今は、そんなことをしようとは思わないが」


 ロクサス様のお母様は、本当にロクサス様のことを疎んでいたのかしら。

 お話をした限りでは、そんなふうには思えなかったのだけれど。

 それでもロクサス様が傷ついていたのは事実なのだから、幼いロクサス様とお母様の間には溝があったのは本当なのだと思うけれど。


「ロクサス様はお母様やお父様のこと、まだ怒っているのですか?」


「俺ももう二十歳だ。いつまでも両親を恨むことはしない。己の不幸を両親のせいだと恨むのは、子供のすることだ。それに、別に俺は不幸ではないからな。ジラール家は裕福な家だ。生活に困ったことはない」


 エーリスちゃんが、テーブルの上でショコラオランジュをもぐもぐ食べている。

 ファミーヌさんは私の膝の上に丸まっていて、お父さんはソファの上に寝そべっている。

 姿を消していたみんなが一緒にいてくれると、なんだか安心する。

 ここはジラール公爵家だけれど、ロベリアの二階のリビングでくつろいでいるみたいな気持ちになる。


「……シエルやルシアンを見ていると、俺の抱えていた悩みなどは矮小なものだと思える。それに、殿下もな。……皆に比べれば、俺が自分の境遇を嘆くことは、小さな子供が駄々を捏ねているのと同じだと感じる」


「ロクサス様は、強いですね」


「いや。お前のおかげだ、リディア。……お前が兄上を救ってくれていなかったら、俺はきっと世を拗ねていただろう。……お前が泣きながら頑張っている姿を、近くで見てきた。だから俺も自分の力を疎んじて、両親を恨んでばかりいるのは情けないと思った」


「ロクサス様に、褒められた……」


「驚くことか? 俺は結構お前を褒めているような気がするのだが」


 ロクサス様は腕を組んで眉間に皺を寄せた。

 それから「言い方が悪いのだろうか……」と、小さな声で呟いた。


「リディア。今から父に挨拶に行く。ジラール家の実権は俺が握っているようなものだが、父の影響力はいまだに強い。厳しく怖い人だ。……婚約者のふりをしてくれるのなら、俺から離れるな」


「分かりました。頑張ります……!」


 私は気合を入れ直した。ちょっと怖いけれど、頑張らないといけない。

 エーリスちゃんとファミーヌさん、お父さんは、ロクサス様のお部屋に残して、私はロクサス様と共にお部屋を出た。

 ロクサス様の腕に自分の腕を絡めて、体をぴったりとくっつける。

 婚約者なのだから、すごく仲良し、みたいな距離感を保つべきよね。恥ずかしいけれど、頑張らないと。


「……ロクサス様、大丈夫ですか?」


「問題ない。大丈夫だ」


 私が体をピッタリくっつけると、ロクサス様の右足と右手が一緒に前に出た。

 すごくぎくしゃく歩いている。心配だわ。大丈夫かしら。


「くっつくの、嫌でしたか?」


「そういうわけではない……!」


「お、怒ってる……」


「違う。怒っていない。……むしろ嬉しい」


 ロクサス様は何かしらを小さな声でごにょごにょと言った。ジラール家の居心地が悪いからなのかしら。

 やっぱりロクサス様はいつもよりも歯切れが悪いみたいだ。


 ジラール家は広すぎるせいか、長くて広い廊下は寒々しい。

 窓の外には庭園が広がっていて、庭園の木々は白く雪が被っている。

 広すぎるお家というのは寒いものなのね。

 春はまだ遠い。私は、一緒に来ていないシエル様のことを思い出した。

 大丈夫かしら。また薄着でいるのではないかしら。どこかで──寒い思いを、していないと良いのだけれど。


「父上、入ります」


 廊下の先の一室の扉の前でロクサス様は足を止めた。

 私は細身に見えるけれど骨張っていてしっかりしているロクサス様の腕に、ぎゅっとしがみついた。


(私たちは、愛し合っている婚約者。仲良し。仲良しだから、結婚できて幸せっていう顔をしないと……)


 私はロクサス様のことが好き。

 そう、自分に言い聞かせる。

 もちろんロクサス様のことは好きだ。よくわからないと思うことは多いし、ちょっと怖いと思うこともあるけれど、ロクサス様は結構優しい。

 なんだかんだ嫌がらずにいつも付き合ってくれるし、一緒に危険な場所にも行ってくれる。

 私の思う好きと、恋愛の好きとは、どれほどの違いがあるのかしら。

 ──よくわからない。難しい。


「ロクサス。話は聞いた。レスト神官家のリディアさんを連れてきたそうだな。フランソワだけでは飽き足らず、リディアさんにまで手を出したのか」


 お部屋に入ると、ロクサス様をロマンスグレーにした、みたいな男性が執務机の椅子に座っていた。

 オールバックの銀の髪と、眼光の鋭い瞳と、不機嫌そうに刻まれた眉間の皺。

 ロクサス様に顔立ちも雰囲気もよく似ている。レイル様はどちらかといえばお母様に雰囲気が似ているのかもしれない。


 ロクサス様は私を連れてお部屋に入ると、礼もしないで堂々と執務机の前に立った。

 私はロクサス様の腕にしがみつきながら、スカートを摘んでできるかぎり優雅に見えるようにお辞儀をした。


「リディアさんは、ステファン殿下の婚約者だったはずだ。聖都での騒動は、私の耳にも入っている。ゼーレ様から話を聞いた。殿下は魔性の者に操られて、フランソワもまたそうだったと。それを救ったのがリディアさんであると。……そうとなれば、リディアさんは殿下の元に帰るべきだろう」


「全てが解決したとして、リディアが傷付けられた事実がなくなるわけではない。全て水に流して元に戻れるわけがないだろう」


 マルクス様に、ロクサス様は言い返した。

 親子の会話にしては、かなりぎすぎすしている。私は居た堪れない気持ちになりながら、ロクサス様とマルクス様のお顔を交互に見つめた。


「それは、私とお前の関係について言っているのか?」


「違う。リディアは殿下の元には戻らないという話をしている」


「わ、私……私は、ロクサス様が好きなので……! そ、その、駄目ですか……?」


 どうしよう、すごく間抜けだわ、私。

 もっと何か、良い言い方があるのではないかしらと思うのに。

 エーリスちゃんを我が家で飼って良いかと頼む時みたいな口調になってしまった。


「駄目ではないが……しかし、それでは、ベルナール王家に対し失礼にあたるのではないか……フェルドゥールの娘を貰うなど……いや、だがリディアさんは聖女だ。我が家にとってこれほど嬉しいことはないが」


「父よ。俺はリディアが聖女だから結婚をするわけではない」


「愚かなことを言うな、ロクサス。リディアさんが聖女ということは事実だ。皆がリディアさんの向こう側に女神アレクサンドリア様の姿を見るだろう。それは、仕方のないことだ。そしてそれは、ジラール家の発展に繋がる。そしてベルナール王家の助けとなる」


「家のことも、王家のこともどうでも良い。俺は殿下のことは嫌いではないが、家のため、王家のために生きているわけではない。そのように物事を考えるから、兄上を切り捨てるようなことができたのだ」


「ロクサス、お前は何もわかっていない。ジラール公爵家の家督を継ぐのだ、お前は。子供のような戯言を吐くな」


「なんとでも言え」


 これは、──これは、親子喧嘩、というものよね。

 争う声を聞いていると、胸がざわざわする。

 レイル様は元気になって、聖都でのロクサス様は楽しそうだったのに。

 ここでは、ロクサス様はずっと怒っている。マルクス様だって──すごく悪い人というわけではなさそうなのに。


「……あ、あの……! あの……」


「どうした、リディア?」


「あの……ご飯、作って良いですか?」


 そんな言葉が、唇からこぼれていた。

 何を言っているのかしら、私。婚約者のふりをするためにここにきたのに。

 ご飯を作るとか、公爵家に嫁入りする立場としては相応しくないのに。

 でも──。


「……それはもちろん構わないが。……でも、何故だ?」


「喧嘩、嫌だなって思って……美味しいご飯を食べたら、喧嘩しなくてよくならないかなって……」


「リディアさん。君は、レスト神官家から出奔して、食堂を開いていたそうだな」


「はい! ご飯を作るのは得意なんです。マルクス……お父様は、何が好きですか?」


 話しかけてもらったのが嬉しくて、私はマルクス様に向かってにっこり微笑んだ。

 どういうわけか、マルクスお父様は執務机の上の紅茶のカップを落とした。

 すごく慌てたようにガタガタと立ち上がり、カップが床に落ちる前に拾い上げて救出すると、何事もなかったかのように厳しい表情で腕を組んだ。


「…………そうだな。肉よりは、海産物が好きだな」


「ロクサス様も蛸が好きなんですよ。一緒ですね」


 やっぱり、ここは蛸料理かしら。それとも、烏賊かしらね。




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― 新着の感想 ―
ソ、それは禁句…!!(≧◇≦)
[一言] うわあ!マルクスお父様、貴方もか! ロクサス様の起源、ここかあ!と、納得でした。
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