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静かな部屋で二人きり



 ロクサス様に連れられて通されたのは、二階にある大きな部屋だった。

 寝室に続いているリビングルームには立派なソファと執務机、棚の花瓶には花が飾られている。

 大きな暖炉には炎魔石の火が灯っていて、暖かい。


「ここは、俺の部屋だ。父上に挨拶をする前に、少し休むと良い」


 ロクサス様に促されて私はふかふかのソファに座った。

 ややあって、ロクサス様が手配してくれたのだろう、使用人の方が紅茶とお菓子を運んできてくれる。

 ドライオレンジにチョコレートがかけられている、ショコラオランジュがお皿の上に並んでいる。


 ロクサス様はソファの私の隣に距離をあけて座っている。

 腕と足を組んでいるロクサス様はいつも以上に不機嫌に見える。


 私はきょろきょろとお部屋を見渡した。

 なんていうか、豪華なお部屋だ。王都にあるジラール邸も立派だけれど、それ以上に立派。

 一人で過ごすには広すぎるぐらいに広い。そのせいか少し落ち着かない。


 シエル様のお部屋は何もなくて、まるでただの箱にベッドが置いてあるみたいだった。

 ルシアンさんのお部屋は植物とか綺麗なランプとかがたくさんあって、全体的にお洒落という感じだった。

 ロクサス様のお部屋は──お金持ち、という印象が強い。

 ソファとか、暖炉とか花瓶のお花とか。ロクサス様の趣味というよりは、使用人の方々が綺麗に手入れをしてくれているみたいだ。


 そういえば私はロクサス様のことをよく知らない。何が好きなのかとか、ご趣味はなんなのか、とか。

 豪華な部屋だけれど、ロクサス様のお部屋という感じはあまりしなかった。


 レイル様がいないからかもしれない。ロクサス様とレイル様はいつも一緒にいるイメージだから。

 何か、物足りない感じがする。


「リディア、……その、……詳しい話を知りたいんだが、兄上にどんな説明をされてここにきたんだ?」


 ロクサス様に尋ねられたので、私は口をつけてた紅茶のカップをソーサーに戻した。

 紅茶も美味しい。高級な味がする。


「ロクサス様がしたくない結婚をしなきゃいけないから……みんなで助けよう、ということになったのです」


「したくない結婚……まぁ、そうなのだが」


「ロクサス様は公爵様を継ぐのですから、結婚はしなきゃいけないのかなって、思わなくもないのですけれど……」


「……そうだな。いずれはそうなるのだろうが……」


 なんとなくロクサス様の歯切れが悪い。いつもはもっと、自分の意見をはっきり言う方だったように思うのだけれど。

 やっぱり、迷惑だったのかしら。


「でも、ロクサス様はずっと、頑張ってきたんですよね。レイル様のご病気を治すために必死に。……だから、その、もう少し自由でいても良いのかなって……迷惑でしたか……?」


「迷惑なわけがない。……リディア、その……お前は、俺の婚約者の役など引き受けて良かったのか? ええと、その、だな。お前に他に、好きな男がいた場合の話だが……」


 ロクサス様は迷惑だと思っているわけではなくて、私の立場を思いやってくれているのかもしれない。

 私はホッとしながら、ロクサス様を見上げてにっこり笑った。

 良かった。ご機嫌の悪いロクサス様と一緒にいるのは居心地が悪いし、余計なことをしにきたと思われるのはちょっと心苦しいし。


「私には恋人のような方はいないので、大丈夫ですよ」


「だが、婚約者のふりだぞ、リディア。父上は俺を結婚させたがっている。婚約者だと言って顔を出したら、すぐさま式をあげて婚姻を結び、子を作れと言われるだろう」


「は、はい……子供を……?」


 そっか。そうよね。

 ジラール公爵家を継ぐためにロクサス様が結婚するのは、御子息を作るため。

 それは、ステファン様やロクサス様の役割の一つでもある。

 そうしないと家が絶えてしまうからだ。

 レスト神官家の一人娘になってしまった私も、当然そうなのだけれど。でも、お父様やお母様は私に自由にして良いと言ってくれている。

 私、甘やかしてもらっているのね。

 それにしても、子供。


「ロクサス様……結婚はわかります。結婚式をするのですよね。子供は……子供を作るふりというのは、どうやったら良いのでしょう?」


 結婚式はわかる。ステファン様とフランソワちゃんの婚約披露のお披露目会を私はエビフライによって邪魔をしたので、なんとなくイメージができる。

 でも、子供を作るというのは、どうするのかしら。

 男女が愛し合うと子供ができるということはなんとなく知っているのよね。でも、具体的なところまでは知らない。

 誰も私に教えてくれなかったし。

 今のところ、教えてもらっていないし。知らないのだから、演技のしようがないと思うの。


「……っ」


 どういうわけか、ロクサス様の持っているティーカップが割れた。

 割れて粉々になって中の紅茶が床に溢れた。


「わ……っ 大丈夫ですか、ロクサス様? 火傷しませんでしたか?」


 割れたというか、消滅したティーカップから溢れた紅茶がロクサス様のお洋服にかかっている。

 慌ててお洋服からハンカチを取り出して、私はロクサス様の方に身を乗り出して濡れたお洋服を拭こうとした。

 ロクサス様はロベリアに来た時もよく食器を割るのだけれど、ご自宅にいる時もそうなのね。

 だから眼鏡も割れるし、使用人の方々は手慣れていて、ささっと掃除をしてくれるのだわ。

 ティーカップ、高級そうだったのに。破片も残らず粉々になってしまったわね。


「わ、ぷ……っ」


 ロクサス様の様子に釣られて私も動揺してしまったせいか、ロクサス様の方に身を乗り出したら、長いショールが体に絡まって、バランスを崩してしまった。

 倒れると思った時にはもう遅くて、気づけばロクサス様の体の上にべしゃりと倒れ込んでいた。


「ご、ごめんなさい……! 火傷してないですか、ロクサス様。今、お洋服を拭こうと思って、そうしたら転んでしまって」


「リディア……火傷はしていないが、死にそうだ」


「ど、どうして死んでしまうのですか……!?」


 私が重いせいで死ぬのかしら。

 ロクサス様をソファに押し倒した私は、起きあがろうとじたじたしながらロクサス様を覗き込んだ。

 衝撃のせいか眼鏡が床に落ちてしまったロクサス様のお顔は、やっぱりレイル様によく似ている。

 やや目つきが鋭くて、冷たそうな顔立ちをしている。

 けれど今はその顔は真っ赤に染まっていた。


「リディア……俺は……」


「ロクサス様?」


「俺は、……お前が婚約者になってくれるというのなら……」


 ロクサス様の両手が、離れようとした私の腰に回る。

 ぎゅっと抱きしめられると、体がぴったりとくっついた。どうしよう、動けない。

 動けないし、すごく恥ずかしいことをしているような気がしてきた。


「かぼちゃぷりん!」


「タルトタタン……!」


 ぴったりくっついたロクサス様と私の胸の間で、すごく不機嫌そうな抗議の声があがった。

 いつの間にか私の胸の間から、エーリスちゃんとファミーヌさんが顔を出している。

 エーリスちゃんとファミーヌさんは這いずるようにして狭い場所から出てくると、ロクサス様の顔をペシペシ叩いた。


「……不純異性交遊は、きちんと気持ちを確かめ合ってからでないといけない」


 そしていつの間にか姿を表していたお父さんが、ちょこんとソファの端に座って、ロクサス様に言い聞かせるようにして言った。


「俺が悪いのか……? いや、俺が悪いのだろうが、……リディア、すまない。濡れてしまったな。着替えよう」


 ロクサス様の上に倒れたせいで、紅茶の染みが私のお洋服にもできている。

 私はロクサス様の前からいそいそと退いた。今のはなんだったのかしら。

 いつものロクサス様とは雰囲気が違ったような気がする。なんだかちょっと、変な感じがした。





お読みくださりありがとうございました!

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