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倭国の芸術品を隠そうとするロクサス様




 ロクサス様の持っている絵は、立派な額縁に納められている。額縁はロクサス様の体よりも大きい。


「蛸……」


 こんなところにも蛸が。

 蛸と女性だ。王国の芸術品でも、裸の女性というのはよく出てくる。裸婦画と呼ばれているものである。

 王国のお城や神殿で見たことのある裸婦画とはちょっと違うような気がするけれど。


「こ、これは、なんでもない、なんでもないんだ……!」


「ど、どうしたんですか、ロクサス様……その絵に一体何が……」


「ロクサス、あなたが絵をやましい目で見ているから、芸術品がやましいものに感じられるのではないかしら……!」


「違う。母上、余計な口を挟むな」


「挟みます。ロクサス、女の子を寒い外で待たせた挙句、お父様の大切な絵画を隠そうとするなんて!」


「お母様……」


 私の目の前の女性が、ロクサス様を咎めている。

 ロクサス様とご両親の関係はよくないものだったと聞いていたけれど、そうでもないのかしら。


「お、お母様! はじめまして、ロクサス様の婚約者のリディア・レストと申します……!」


 私は慌ててスカートを摘んでお辞儀をした。

 私はロクサス様の婚約者。の、ふりをしている。お母様へのご挨拶は大切だ。

 私がご挨拶をしている間に、ロクサス様は急いで何かしらの絵画をどこかの部屋に運んでいった。ごとんごとんがたんとすごい音が聞こえた。多分どこかに体をぶつけたのだと思う。

 ロクサス様、大丈夫かしら。


「はじめまして。ロクサスの母の、イルフィミア・ジラールよ。リディアさんが、ロクサスの婚約者なんて知らなかったわ……」


 優しげで儚げな女性だ。ほっそりした体に、質の良いドレスを纏っている。

 顔立ちはレイル様やロクサス様にはあまり似ていない。ロクサス様は銀髪で金色の瞳をしているけれど、イルフィミア様は甘栗色の髪に焦茶色の瞳。レイル様やロクサス様はお父様に似ているのかもしれない。


「さ、最近、つい最近婚約者になったのです……っ、そ、その、王都で色々ありまして、ロクサス様に沢山助けていただいて……そういうことになったと、いいますか……」


 しまった。あんまり詳しく設定を考えていなかった。

 わたわたしながら説明すると、イルフィミア様はにっこりと微笑んだ。


「そうなのね。……詳しいことはよく知らないけれど、王都で色々あったことは知っているわ。ロクサスは何も教えてくれないから……」


「そうなのですね……」


 どうしよう。ロクサス様の親子関係に言及するわけにはいかないし。

 ロクサス様をいじめましたよね! なんてとても言えないし。


「困らせてごめんなさい。リディアさんは、私たちとロクサスの関係を知っているのよね?」


「は、はい……」


 ロクサス様、早く戻ってきてくれないかしら。

 蛸と女性の絵を隠している暇があったら、私を助けてくれないかしら……!

 でも、頑張らないと。私が自分でここにくることを決めたのだから、ロクサス様に甘えるわけにはいかないわよね。

 私は頭の中に浮かんだロクサス様への恨み言を振り払った。


「全部、私が悪いのよ。……はじめてロクサスの魔法を見たときに、私は怯えてしまって……それから、うまくロクサスと関わることができなくなってしまって。……それで、ロクサスには辛い思いばかりをさせてしまった」


「お母様……」


「ロクサスは、レスト神官家のフランソワさんと婚約をしていたとばかり思ったのだけれど、いつの間にかリディアさんと婚約していたのね。……姉妹両方好きなんて。……どうしましょう。ごめんなさい……! 私がロクサスを辛い目にあわせてしまったばかりに、女性に不実な子に育ってしまって……!」


「お、お母様、落ち着いて……!」


 優しくて穏やかな印象だったイルフィミア様が突然さめざめと泣き出したので、私は慌てた。

 私の情緒もかなり不安定だったけれど、イルフィミア様も不安定ではないかしら。

 イルフィミア様の両手を握りしめる。泣いている年上の女性の相手なんてしたことがないから、どうして良いのかわからない。

 けれど、泣いているのだから慰めないと。

 色々誤解があるみたいだけれど、とりあえず慰めたほうが良いわよね。


「そういうわけじゃないのです……ええと、その、ロクサス様はフランソワちゃんのことは実は好きじゃなくて、……それで、私のことが好きだって……おっしゃる、ので……」


 詳しい事情をどこまで説明して良いのか分からずに、ふんわりした説明を私は行った。

 説明をふんわりさせると、ロクサス様が結構ひどい男、みたいになってしまった。


「それは……リディアさんがステファン殿下の婚約者だったから諦めて、フランソワさんと婚約して、フランソワさんで我慢しようとしていたということなの……? 婚約が破棄されたから、本命のリディアさんと……!」


「ち、違う、ような、あっているような……ともかく、私は今、ロクサス様の婚約者なのです……」


「母上、何を泣いているんだ。リディア、大丈夫か」


「ロクサス、リディアさんを脅して無理やり婚約者にしたのなら、お母様はあなたと戦わなくてはいけません」


「なんだ突然」


 やっと帰ってきてくれたロクサス様が、イルフィミア様と揉め始めている。

 私は困り果てて、ロクサス様とイルフィミア様の両方の腕を引っ張った。


「違います……! わ、私は、ロクサス様を愛しています……!」


 とりあえず誤解を解いて演技を続けないとと思い、私は大声で宣言した。

 イルフィミア様は花が咲いたように笑顔を浮かべて、ロクサス様の眼鏡が、どういうわけか割れた。

 どうして眼鏡が割れるのかしら。内側から弾け飛んだように見えたのだけれど。

 手慣れたように使用人の方々がどこからともなく現れて、床に散らばる眼鏡を箒とちりとりで掃除して、ロクサス様に新しい眼鏡を手渡して去っていった。

 慣れているのね。眼鏡はよく弾け飛ぶものなのかもしれない。


「そうなの……! 良かった。……ロクサス、良かったわね……婚約者がいたのね、しかもレスト神官家のリディアさん……噂には聞いているのよ。アレクサンドリア様の力を授かった、聖女なのだと」


「い、いえ、そんな大した存在ではないのですけれど……」


「あ、あぁ。だから母上、俺にはもう婚約者がいるわけだから、婚約者候補を探す必要はない。ジラール家に来た釣書には、然るべき返事をしておく」


「それならお父様にも早速知らせないと……! どうして今まで黙っていたの、ロクサス。私たちと話をしたくなかったからなのね……ごめんなさい、ロクサス……私が至らないばかりに……」


「もう良い。俺も子供ではない。母上のことも父上のことも、恨んではいない。……リディア、行こう。疲れただろう。父上に挨拶をする前に、少し休め」


 落ち込んでいるイルフィミア様を尻目に、ロクサス様は私の手を取った。

 そして、イルフィミア様を玄関のホールに残して、大きな階段を登っていく。

 階段の踊り場、玄関から入って真っ直ぐ先に見える場所に、先ほどの絵画は飾ってあったらしい。明らかに何か飾ってあったという跡が、壁に残っている。

 蛸と、女性と、ロクサス様。

 絵画を隠したのは、女性の好みが特殊なことを秘密にしたかったからかもしれない。


「……ロクサス様。蛸に絡みつかれている女性にときめくのですね。つまり、ロクサス様は蛸にからみつかれている女性が好き……」


 私もロクサス様とお会いした時、蛸に絡みつかれていたけれど。

 世の中には結構、蛸に絡みつかれている女性が多いのかもしれない。


「何故そうなる……!」


 本日何度目かのお叱りを、ロクサス様から受けた。

 ロクサス様、怒ったり眼鏡を割ったり、転んだり、体をぶつけたりと、ずっと落ち着きがない。この調子で大丈夫かしらと、私はますます心配になってしまった。



お読みくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
>ロクサス様の眼鏡が、どういうわけか割れた。 >どうして眼鏡が割れるのかしら。内側から弾け飛んだように見えたのだけれど。 ここ、めっちゃ笑いました! ロクリディはいいぞ。 他のメンズとのカップリング…
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