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ジラール公爵領の街リールデン



 ジラール公爵領は王都に程近い。

 王都から真っ直ぐ北に北上すると見えてくる山間の街である。

 魔石の採掘が盛んで、他の鉱石も取ることのできる鉱山が多くあり、ジラール公爵領は鉱石や魔石の取引で潤っているのだとレイル様が道行に教えてくれた。


 公爵家があるのは、公爵領の中でも一番大きな街リールデンの郊外。

 空から見下ろしたそれは、家というよりもお城のようだった。

 聖都の王宮よりは小さいけれど、私が想像していたお屋敷よりもずっと大きい。


 ルシアンさんの乗ったファフニールと、私たちを乗せた桃饅頭はリールデンの街はずれに降り立った。

 そこから歩いてジラール家に向かう。

 レイル様はもちろんのこと、ステファン様やルシアンさんもジラール公爵マルクス様に顔を知られている。

 そのため、ジラール家に私を送り届けるのはクリスレインお兄様の役目、ということになった。


 いつも一緒にいるエーリスちゃんとファミーヌさんは、私の服の中にもぞもぞと潜り込んで存在感を消した。

 二人とも、外にいる時もあれば私とくっついていると存在感がなくなることもある。

 多分だけれど、私の体の中に入っているのだと思う。感覚としては何もないのだけれど、二人と私は繋がっているような気がする。


 お父さんも「私も目立つからな」と言って、姿を消した。

 エーリスちゃんとファミーヌさんと一緒で、お父さんも消えたり出てきたりができるらしい。

 最近はいつも一緒にいたふわふわしたみんながいなくなってしまったので、私は少し寂しくなってしまった。


 でも、ロクサス様を助けるためだと我慢した。

 謎の動物をたくさん連れた不審者だと思われたら、ジラール公爵家に入ることもできなくなってしまうかもしれないし。


「姫君、協力してくれてありがとう。多分何もないと思うし、大丈夫だろうけれど……何かあったら大声で叫ぶんだよ」


「何か……」


 ジラール公爵家から離れた場所で、皆とお別れになった私は、レイル様に両手を握られて真剣な表情で言われた。

 何かとは何かしら。

 マルクス公爵は恐ろしい方なのかしら。例えば、婚約者だと嘘をついた私を投獄する、とか。


「リディア、必ず君をロクサスの元から救いにいく。待っていて欲しい」


 ステファン様も真面目な顔で言った。

 それだとロクサス様がとても悪い人みたいに聞こえるのだけれど、ステファン様、目的を忘れていないかしら。

 大丈夫かなと、ちょっと心配になる。


「私が、君を奪うよ、リディア。そのまま二人で逃げようか。誰もいない忘れられた教会で、愛を誓おう」


「ルシアンさん、冗談に聞こえないの、怖いです……」


 私の緊張を察して、冗談で言ってくれているのだろうけれど。

 にこやかにルシアンさんが言った言葉の内容が、ちょっと怖いような、ときめいてしまいそうになるような、微妙なところだ。

 誰もいない忘れられた教会って、どこにあるのかしら──。

 なんだか退廃的な感じがするし、ちょっといかがわしい感じもするし、行ってみたいような。でもやっぱり怖いような。


「あの……頑張りますね。どう頑張ったら良いのか良くわからないけど……ともかく、お友達のためですから……!」


「私の妹はなんて良い子なんだ……なんだか色々あったみたいだけれど、健やかに育ってくれて嬉しいよ。ロクサスのために頑張るリディアの結婚式を存分にぶち壊しに行くから、安心して」


 クリスレインお兄様が私の両肩に手を置いて、力強く言ってくれる。

 結婚式をぶち壊しに行くと言われたのははじめてなのだけれど、嬉しいようなすごく悪いことをしているような、変な感じだ。


「それは安心して良いのかどうか……ともかく、待っていますね……ロクサス様が自由の身になれると良いですね……」


 私は胸の横で両手を握り締めた。

 ロクサス様はともかく、結婚したくないのよね。

 レスト神官家に帰らないという選択をした私と同じ。多分ロクサス様も、レイル様がやっと元気になって、今の生活が楽しいからもう少し、自由でいたいのよね、きっと。


 私は皆に別れを告げて、お城みたいなお屋敷の大きな門の前に向かった。

 門を任されている兵士の方々が、私とクリスレインお兄様の姿を見てすごく不審そうに、眉を顰めている。

 

 仕方ないわよね。クリスレインお兄様はともかく派手だし。とても高貴な感じはするけれど何者かわからない装いをしているし。

 私はお出かけ用の可愛い服を着ているけれど、貴族の方々の着るようなドレスを着ているわけではないし。庶民的だ。


「悪いのだけれど、ロクサス……様を、呼んでくれるかな。私はレスト神官家から来た使者。こちらはリディア・レスト。レスト神官家の長女で、ロクサス様の婚約者だよ。ロクサス様に命じられて、こちらに送り届けに来たのだけれど」


「どこの誰とも分からないものを通すわけにはいかない」


「まぁ、そうなるよね。うーん、どうしようかな……王家の家紋を出すわけにもいかないし。こんなことならティアンサ叔母上から何か証明になるものをもらってくればよかったなぁ」


 兵士の方に厳しく言われて、クリスレインお兄様は困ったように肩をすくめた。

 そういえば、私も身分を証明するものなんて何一つ持っていない。

 今はどちらかというと私の身分を隠すような方向で皆、関わってくれているから。何もないのよね。


「何事だ?」


 その時、お屋敷の方から声がした。

 ロクサス様が私たちの方に向かって歩いてくるのが見える。

 ロベリアに遊びに来てくれているロクサス様よりは、威厳に満ちていて、いつも不機嫌そうな表情がさらに不機嫌そうに見えた。


「リディア! それに、クリスレインも……!」


 いつもよりもさらに怖い雰囲気のロクサス様は、私たちの姿を見ると慌てたように駆け寄ってこようとしてくれる。

 ジラール公爵家のお屋敷から入り口まで続いている綺麗に煉瓦が敷いてあるアプローチには、雪が薄く積もっている。

 どきどきしながら見ていた私の予想通り、ロクサス様は雪に足を取られたのかツルッと滑って転びそうになって、なんとか踏みとどまった。


「ロクサス様! 大丈夫ですか!」

「ロクサス様!」


 兵士の方々がロクサス様に駆け寄ろうとしている。


「問題ない。大丈夫だ。それよりも、そこにいるのはリディア・レスト。レスト神官家からの大事な客人だ。門を開けろ」


 なんとか姿勢を元の状態に戻して、ロクサス様はずり落ちそうになっている眼鏡を直すと、良く通る声で言った。

 鉄製の門は閉められていて、私たちとロクサス様を隔てている。

 しっかりと閉じられている門が、ロクサス様を閉じ込めている檻のように見えた。


「……あ、あの、私、ロクサス様の婚約者です……! だから、ここに、ロクサス様に呼ばれてきたのです……!」


 ロクサス様はよくわからないことも多いし、不機嫌なことも多いから怖いなって思ったりもするけれど。

 でも、いつも協力してくれるし、良く考えたら結構励ましてくれるし。お友達だもの。

 私は私の今日の役割を思い出して、大きな声をあげた。


「こ、婚約者……!」


 ロクサス様は驚いたように目を見開いた後、今度こそ本当に、ツルッと滑ってべしゃっと転んだ。

 痛そうだった。



お読みくださりありがとうございました!

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