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ジラール公爵領へ空の旅


 桃饅頭は丸くて大きな瞳で私たちの方を見ている。

 大きいのだけれど、大人しいみたいだ。


 大白鳥をはじめて見たファミーヌさんとエーリスちゃんが、私を守ってくれようとしているのか、「タルトタタン!」「かぼちゃぷりん……!」と言いながら、桃饅頭を威嚇している。


「二人とも、この子はちょっと大きいですけれど、白鳥です。動物ですよ」


「そうそう。怖がらなくて大丈夫だよ。大白鳥はエルガルド王国の固有種でね、飼育されて移動用の乗り物として使われているんだよ。まぁ、大きいからね。個人で飼育しているものはあまりいないし、桃饅頭もエルガルド王家で飼育されていてね」


「エルガルド王家で……桃饅頭を」


「うん。この子は桃饅頭。あとは、海老餃子とか、焼売、ちまき、小籠包とか……」


「ごはん……」


「大白鳥の名前だよ?」


「美味しそうなご飯の名前……」


 クリスレインお兄様の説明に、私の頭の中に浮かんだのは蒸し器に入っている焼売の姿だった。

 美味しそう。焼売、食べたい。小籠包も食べたい。

 ちまきや小籠包や蒸し餃子などのレシピは、クリスレインお兄様からもらったエルガルド料理大全に書いてあったものだ。


 新年に海老をいっぱいもらったから作った海老ラーメンも、街の人々からかなり人気があった。


「さぁ、乗って。桃饅頭は騎乗用の大白鳥だから、背中に飛ばされないように風圧除去の魔法が施されているから。自分から落ちようとしなければまず落ちないし、大丈夫だよ」


「桃饅頭か、良いね。皆、空を飛ぶ手段を持っているのだね。私も考えないといけないな」


「ジラール公爵家にも飛空艇があるだろう?」


 桃饅頭を見上げながら、レイル様とステファン様が話している。


「あるにはあるけれど、飛空艇は多人数用だから……飛空艇に乗る勇者は、なんか違うような気もするし」


 桃饅頭は体を低くしている。低くなったその背中から、虹色に輝く階段が現れる。

 どういう仕組みなのかわからないけれど、クリスレインお兄様の説明から考えると、桃饅頭自体に魔法が施されているような感じかしら。


「私はファフニールで先導するよ。体格の良い男が四人も乗ったら、手狭だろうから」


「ルシアンさん、気をつけてくださいね」


「ありがとうリディア。大白鳥と並走するのははじめてだから、少し楽しみだな」


 ルシアンさんとは別れて、私は桃饅頭の背中にのぼった。

 虹色の階段を歩く私の手を、お父さんを片手に抱えたステファン様がひいてくれる。

 先に桃饅頭の背中の上に、階段を使わずに軽々と飛び乗ったレイル様が「広いね、高いね……!」と、喜んでいる。


 桃饅頭の背中の上は、ふわふわの絨毯の上ぐらいにふわふわしていた。

 私の後から、優雅に階段を登ってきたクリスレインお兄様が背中に到着すると、虹色の階段がぱっと消える。

 クリスレインお兄様は桃饅頭の首の手前ぐらいに座って、ぽんぽんとその首の付け根を撫でた。


「出発しようか、桃饅頭。私はジラール公爵領がどこにあるかわからないから、ルシアンの後をついていけば良いかな」


「そうだね、それで大丈夫だと思う。迷うようなら私が指示するよ」


 レイル様の言葉に、クリスレインお兄様は頷いた。

 桃饅頭は大きな黒い瞳でクリスレインお兄様を見ると、軽く首を揺らした。


「じゃあ、桃饅頭。そのように」


 黒い無機質な竜に似た姿をした浮遊魔石走行装置であるファフニールに、ルシアンさんが乗って飛び立つ。

 桃饅頭もゆっくりと大きな翼を羽ばたかせて、空へと浮き上がった。

 一瞬、ふわりとした浮遊感が体にもたらされたけれど、それだけだった。

 衝撃も、激しい風圧もない。ただただ、体が空へと浮かんでいく。それだけだ。


 あっという間に聖都が眼下に見下ろせる位置まで桃饅頭は浮かび上がる。

 それから先導するルシアンさんの後を追いかけていく。

 住み慣れた聖都の街を眼下に見下ろしたのも、街から出るのもこれがはじめてだ。


 聖都は円形で、中央にお城があって、東西南北に地区が別れている。

 貴族街には立派なお屋敷が多くて、ロベリアのある南地区は低い建物が多い。

 けれど、空から見下ろしてしまうとどれも小さくて、同じように見えた。


「……やっぱり、マンタかな」


 私の隣に両足を投げ出してだらっと座っているレイル様が、真剣な表情で言った。


「……まんた」


「空を飛ぶ乗り物のことだよ。シエルはスマートで格好良い転移魔法。ルシアンは少年の憧れ、竜の形をした一人用空中浮遊魔石装置。クリスレインは大白鳥、殿下は飛空艇。時代は空? 空を飛ぶのって標準装備なの? っていうぐらいに、皆空を飛べるでしょ?」


 片手の指をくるくる回しながら、レイル様が言った。

 それから桃饅頭にごろんと横になって空を見上げたあと、「姫君、膝枕して」と言うので、私は膝の上にレイル様の頭を乗せてあげた。


 レイル様はいつも元気だから、よしよしされないことを嘆いていた。

 甘やかされたいのだろう、多分。


 私の膝の上に頭を乗せるレイル様の、白月病のせいで真っ白になってしまったさらさらの髪を撫でる。


「レイル、うらや……じゃなかった。飛空艇は王家で所有しているが、あれを浮かせるのはかなりの魔力が必要になる。だから、滅多なことでは使用しない」


 私の隣にとても良い姿勢で座っているステファン様が言った。

 クリスレインお兄様も桃饅頭の首元から私たちの方へとやってくると、何もない空間からそれはもう立派な真っ赤なソファを出現させて、優雅に座った。


「飛空艇の動力源は何?」


「魔石だな。風魔石だ。魔力を込めると、物体を浮き上がらせる性質がある」


「そうなんだね。魔石は、エルガルドにはないなぁ。飛空艇か、乗ってみたいね」


「今度、是非」


「飛空艇はねぇ、大きいんだよね。勇者が空から登場するにはちょっと大きすぎるというか……小回りがきかないし。かといって、ルシアンと被るのもね。勇者としては独創性が必要かなって思うんだよ」


「それで、マンタ……マンタは空を飛ばないと思いますけれど……」


「世界は広いんだよ、姫君。探せば、空を飛ぶマンタがいるかもしれない。マンタに乗って空を駆ける勇者の私。格好良い。最高」


「……マンタ、格好良いかな……」


「リディアが望めば、私は空を飛ぶマンタになることもできるが、マンタは可愛くないからな」


 いつの間にかクリスレインお兄様の座っている豪奢なソファの上に、ちょこんと座っているお父さんが言った。

 エーリスちゃんとファミーヌさんもお父さんにくっついている。

 二人とも嫌そうに、ぱしぱしとお父さんを叩いた。


「子供たちもマンタは嫌だそうだ」


「そうですね……私も、できれば犬が良いです。枕元にマンタが眠っていたらちょっと怖いので……」


 それに大きいし。ぬめっとしていそうだし。


「マンタ、駄目か……姫君は何が良いと思う? 私の乗り物」


 レイル様に聞かれて、私は一生懸命考えた。

 独創性を求められているのよね。独創性。空を飛ばなそうで、空を飛ぶ、何かしらの可愛い乗り物。

 駄目だわ。

 何にも思い浮かばない。私には独創性が足りないのかもしれない。


「…………飛び魚、とか」


「とびうお」


「海産物から頭が離れなくて……! セミとか、トンボとか……蝶々とか……」


「ふふ……姫君、真剣に考えてくれて可愛いね」


「レイル様、もしかしてあんまり真剣じゃなかったんですか……?」


「真剣には真剣だったんだけど、真剣に考えている姫君が可愛くて、つい笑ってしまったよ。ごめんね」


「……レイル。俺は、天馬が良いと思う。ベルナール王家の紋章は天馬なのだから、この世界のどこかにいるのではないか、天馬。馬だが空を飛ぶ」


 生真面目にステファン様が言った。私たちの会話の最中ずっと目を伏せていたステファン様は、真剣に考え続けてくれていたみたいだ。


「殿下、天馬の伝承を知っている? 天馬は清らかな乙女しか背中に乗せないそうだよ」


「……清らかな乙女?」


 レイル様の説明にどういうことかしらと首を傾げる私に、クリスレインお兄様がにっこり微笑んだ。


「リディア、清らかな乙女というのはね……」


「クリスレイン……! リディアを汚すな……!」


 ステファン様が顔を赤くしながら、慌てたようにクリスレインお兄様の言葉を遮る。

 結局、清らかな乙女というのがどういうことなのか、教えて貰えなかった。

 クリスレインお兄様はため息混じりに「……全く、過保護も良いところだよ。もちろんリディアは可愛いから、過保護にしたくなる気持ちはわかるけれどね」と呟いた。

 ステファン様は、過保護。

 薄々は気づいていたけれど、過保護なのね。

 気をつけないと。ステファン様のそばにいると、優しくしてもらえるのが心地良すぎて、甘やかされていることにすら気づけなくなってしまうかもしれないもの。




お読みくださりありがとうございました!

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