杜撰な作戦会議
私とレイル様、クリスレインお兄様がお話をしていると――ロベリアの入り口の扉が開いた。
扉につけてあるベルが大きめの音を立てて、お客様の来訪を知らせてくれる。
「リディア、いるか?」
「リディア、……その、……入らせて貰う」
ルシアンさんがいつものようににこやかに、ステファン様がどこか緊張した面持ちで中に入ってくる。
「ルシアンさん、ステファン様、こんにちは! 二人で来るなんて珍しいですね」
私が立ち上がってお迎えすると、ルシアンさんはにっこり微笑んで、ステファン様は安堵したように息を吐いた。
二人で来るなんて珍しい──どころか、ルシアンさんは分かるけれど、ステファン様は軽々しく私のお店に来ても良いのかしら。
ルシアンさんも忙しいと思うけれど、ステファン様は国王の即位を控えているのだからより一層忙しいのではないかしら。
(私がステファン様にいつでも来て下さいと言ったのだから、良いのだけれど……)
ちょっと心配だけれど、まぁ良いかと、私は尋ねないことにした。
あんまり心配するとステファン様は生真面目だから「じゃあ、ここには来ないことにする……」と、すごく寂しそうに言う気がするし。
すごく落ち込んでしまう気がするし。
なんだか目に浮かぶものね。
「レイル様に声をかけられていて……相談があると言って、今朝方、王宮にある執務室に、矢文が」
「俺も同じだ。レイルから自室に矢文が」
「レイル様……お城に矢文を飛ばすのは良くないと思います……危ないので」
顔を見合わせてルシアンさんとステファン様が言う。
矢文を王宮に射るのはいけないと思う。レイル様に注意をすると、可愛らしく小首を傾げてレイル様は口を開く。
「勇者とは矢文を飛ばすものだよ。王宮の外から的確に矢文を射ることができるのが勇者というものだからね」
「へぇ、すごいねぇ勇者というのは」
「エルガルドには勇者はいないのかな」
「いないよ」
「勇者枠が空いているのなら、エルガルドにも名を馳せる勇者になれるかもしれない」
「うん。良いね。是非名を馳せてくれ。窓から入ってきて矢文を飛ばすのが勇者。覚えておくよ。レイルがその調子で頑張ってくれたら、私も弟たちに怒られることが減るかもしれない。私も良く……空間魔法を使って、空間を繋げて不法侵入して怒られるからね」
クリスレインお兄様とレイル様が意気投合している。なんとなく似ていると思ったけれど、気も合うみたいだ。
クリスレインお兄様は不法侵入しているという自覚があるのね。
突然現れると吃驚するから、できればルシアンさんやステファン様のように扉から入ってきて貰いたいのだけれど。
私はいそいそと、ルシアンさんやステファン様の分の紅茶を淹れた。
ついでにデザートにと思って焼いてあったタルトタタンを切って持ってきた。
ファミーヌさんとエーリスちゃんは喜んで食べて、お父さんは「豆大福で一生分の甘いものを食べた」と言って、ルシアンさんの膝の上で丸くなった。
犬が好きなルシアンさんは、お父さんの小さな背中をよしよし撫でている。嬉しそう。
レイル様とクリスレインお兄様は豆大福をそれはもう沢山食べていたのに、タルトタタンも食べるらしい。
よく食べるのに細身なのは、良く動くからなのかしら。よく食べるのは良いことなので、食べて貰えるのは嬉しいのだけれど。
テーブルセットに、私を挟むようにしてレイル様とクリスレインお兄様が座った。
正面にルシアンさんとステファン様。
ちょっと狭い。それに、クリスレインお兄様の肩からかかっている毛皮が体にもふもふして、くすぐったかった。
「事情はだいたい知っている。手紙に書いてあったからな。ロクサスを助けるために作戦会議をしたいのだろう、レイル。ロクサスは俺にとっても大切な友人だ。可愛い弟のように思っている。できる限りの協力はしたい」
口火を切ったのはステファン様だった。
先程の会話を思いだして、私は内心あわあわしていた。私が――ロクサス様の婚約者のふりをして、それから万が一結婚式が開かれたら、ルシアンさんが私を奪い返しにくるのだと言っていたけれど。
すごく心配よね。
本当にそれで良いのかしら。クリスレインお兄様の唐突な思いつきだけで、そんな大切なことに関わってしまって良いのだろうか。
「うん。だいたいはどうするか決まったよ。まず、姫君にロクサスの婚約者のふりをして貰って……」
「納得いきません。リディアが何故ロクサス様の婚約者のふりを?」
レイル様の説明に、ルシアンさんからすぐに異議が入る。
やっぱり年上だけあって、ルシアンさんは頼りになるわね。
「そう? ルシアンには、ロクサスと姫君の邪魔をして貰う役を頼もうと思っていたのだけれど。リディアは私のものだ、返して貰う! とか言いながら踏み込む役を」
「それなら構いません。それでいきましょう」
「……え?」
今、ルシアンさんは作戦の杜撰さに異議を申し出てくれたのではなかったのかしら。
すぐに同意するルシアンさんを、私はまじまじと見つめた。
ルシアンさんは私の手をそっと握ると、「リディア。私に任せておいてくれ。そのまま二人で逃げよう」と言った。きらきら輝きながら。
「……ルシアンさん、もしかしてちょっと楽しんでますか?」
「結婚式の場から花嫁を盗んで逃げる。男なら一度はやってみたいこと、五本の指には入るな。リディアを攫う役目……女誑しと評判の私にぴったりだと思わないか?」
「ルシアンさん、女誑しじゃないですし……また変な噂が流れちゃいますよ」
「リディアとの噂ならどんなものでも構わないよ、私は」
優しく微笑まれると、女性に慣れている顔立ちの良い男性に口説かれている女性の気持ちが味わえてしまうわね。
私は恨みがましくルシアンさんを睨んだ。もうすでに私が巻き込まれる前提で話が進んでいる。
もちろんロクサス様は助けて差し上げたいけれど、でも、もう少しなにか良い方法があるのではないかしら。
「──その役目は、一人で良いのか?」
「ステファン様?」
「俺も、ルシアンと共に踏み込もう。やはり俺の婚約者に戻って欲しいと、未練たらしくリディアを攫う役目を」
「え、え……」
ちょっと待って。
それでは──私が、ルシアンさんとステファン様とロクサス様の心を弄んでいる悪女、ということになってしまう気がする。
私、実は聖女なのに。
でも未だに子供たちは私のことを「悪のお姉さん」と言うし、『大衆食堂悪役令嬢』という名前が消えたわけでもないし。
今更落ちる評判も、ないのかしら。
「良いね、楽しそうだ。それでは私は、泣きながらロクサスに、私のことは遊びだったのね……と、縋る役をしよう。私は顔立ちが美しいからね。きっと女装も似合う」
「クリスレインお兄様……」
本当に楽しそうにクリスレインお兄様が言う。
確かにクリスレインお兄様の顔立ちは美しいし、細身だけれど──女性と言い張るのは無理がある気がする。
まだ、マーガレットさんに頼んだ方が信憑性がある。
「うん。阿鼻叫喚だね。姫君を巡って決闘……そして逃避行……クリスレインに縋られるロクサスと、対立するルシアンと殿下。姫君を巡った男たちの戦いが王国中の噂になって、父上はロクサスの片思いに気づいて、結婚させるのを諦めてくれるかもしれない。あと、女装した男を侍らせる趣味のある公爵だと噂になって、結婚が遠のくという可能性もある」
「そ、そうでしょうか……というか、それで良いのでしょうか……」
もう、心配しかない。
この作戦に参加した人たち全員の評判が地に落ちるだけなのではないかしらと、思わなくもない。
「良いんだよ、姫君。なんだかよく分からない状況になって有耶無耶になるのが一番だからね。姫君は何にも悪くないよ。姫君を巡って皆で争っているという噂が流れるだけなんだから」
レイル様は明るい。
何にも心配していないように見える。
「本当はシエルにも声をかけたかったんだけど、このところ仕事で出かけていて、王宮の魔導師府にも帰っていないみたいなんだよね。家にもいないみたいだし」
「……シエル様、忙しいんですね」
「あぁ。元々……忙しい男だからな、シエルは。王国中の、街にある結界石の定期点検と魔力の補充も行ってくれているし、レオンズロアだけでは目の届かない僻地の魔物討伐も行ってくれている。頼りにしているが……働き過ぎではあるな」
ステファン様の言葉に、私は目を伏せる。
大丈夫かしら。ちゃんと、食べているかしら。戻ってきたら──何か美味しいものを作ってあげなきゃ。
「シエルがいないと──ジラール公爵家に一瞬で移動できないんだよね。便利な移動手段があるのはシエルだけなのに……」
レイル様がすごく悲しそうに言った。
「ルシアンのファフニールに皆を乗せられないの?」
「無理ですね。一人用なので。乗せられるとしたら私と、もう一人が限界です」
ルシアンさんが首を振った。
なんだかもうジラール公爵家に向かうことになっているのだけれど。作戦会議は終わったということなのかしら。こんなに――適当で、大丈夫なのだろうか。
「それなら王家の飛空挺を使おう」
「ううん、それでも良いけれど、目立つよね……なんせ目立つ。父上のベルナール王家に対する嗅覚は凄いからね。殿下がきたとなれば街は大騒ぎに……」
「そうなのか? ジラール公爵と個人的に話したことはあまり無いような気がするのだが……」
ステファン様が残念そうに「役に立てると思ったんだがな……」と呟いた。
「父上は、恥ずかしがり屋だからね。ロクサスと似てる」
レイル様はそう言って、腕を組むと首を捻る。
「どうしようかなぁ。やっぱり馬車か馬かな」
「それなら、私がエルガルド王国から乗ってきた移動用大白鳥を使う? たぶん皆、乗れると思う」
クリスレインお兄様が言う。
移動用大白鳥――。
なんだかわからないけれど、とても優雅な乗り物のような気がした。
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