レイル様のお願い
クリスレインお兄様にオムライスを作っている間、クリスレインお兄様は空間魔法で「私は少女が好きだよ」と言って、オリビアちゃんになんだか妙に長い風船を出して、犬の形にしてプレゼントしたりしていた。
オリビアちゃんは喜んでいたけれど、ミハエルさんはそれはもう警戒していた。
「ああ、そうだ。これは、今朝方私が作った豆大福なのだけれど、エーリスちゃんに似ていると思ってね。食べる?」
オリビアちゃんと遊んでいるエーリスちゃんに、ミハエルさんに睨まれていることを全く気にしていないクリスレインお兄様が、良いことを思い出したというように、手をぱちんと打ち鳴らした。
「かぼちゃ?」
「豆大福。エーリスちゃんを見ていたら、豆大福を思い出したから、作ったんだ。中にはつぶあんが入っているよ」
「かぼちゃ……」
「つぶあん。知らない?」
「クリスレインお兄様、オムライスが出来ましたよ。エーリスちゃんは、つぶあんは食べたことがないような気がします」
クリスレインお兄様が座っていたカウンター席に、私はオムライスを置いた。
シエル様の名前がついたオムライスだけれど、エーリスちゃんの形にしてしまうと、エーリスちゃんの……という感じがする。
シエル様には好きな食べ物がないのだという。
だから、あんまりしっくりきていないのかもしれない。
好きなもの。辛いものは──味覚が鈍いから、味がわかりやすいだけだというし。
私の作ったものは全部おいしいって言ってくれるけれど、それ以外にはまるで関心がないみたいに見えるし。
大丈夫かしら、シエル様。
また、自宅で遭難したりしていないかしら。
「わぁ可愛い。ありがとう、リディア。可愛いリディアが作るのに相応しい可愛いオムライスだよ」
「ありがとうございます。豆大福、美味しそうですね」
「リディアも食べる? オリビアちゃんにもおじさまにもあげる。こう見えて私は料理が得意なんだ。なんせリディアのお兄様だからね」
「おじさま……」
にこやかにクリスレインお兄様に言われて、どういうわけかミハエルさんが狼狽えている。
クリスレインお兄様があまりにもきらきらしているからかしら。
シエル様とかルシアンさんとか、ステファン様も結構きらきらしているのだけれど、クリスレインお兄様のきらきらは、今までにないきらきらなので、なんとなく狼狽えたくなる気持ちもわかる気がする。
「お父さんも、ファミーヌちゃんも食べる? 豆大福」
窓際に置かれたストーブの方にクリスレインお兄様が視線を向ける。
私もその視線を追いかけて、どういうわけか窓が全開になっていて、冷気が吹き込んでいるのに気づいた。
「寒い……」
「タタン……!」
お父さんとファミーヌさんが身を寄せ合っている。
全開になった窓辺、狐面の勇者が脚を組んで座っていた。
「……レイル様、寒いのでできれば入り口から入ってきてほしいです……」
「勇者は窓から入ってくるものだかね……こればかりは、姫君の頼みでも、私にもこだわりがあるんだよ」
「そうですか……」
狐面の勇者、レイル様は仮面を頭まで押しあげて顔を出した。
いつものレイル様だ。
「姫君……困ったことになったんだ」
いつものレイル様が、珍しく困ったように眉を寄せて言った。
窓辺から降りると、丁寧にガラス窓を閉めて私の方へと歩いてくる。
歩いてくる途中で、寒かったのだろう、不機嫌そうなファミーヌさんにペシペシ脚を叩かれて、「ファミーヌ、今日もふわふわだねぇ」と片手で拾われている。
ついでに「お父さんもふわふわだね」と、お父さんも小脇に抱えた。
「クリスレイン、オリビア、ミハエルさん、こんにちは。皆の勇者フォックス仮面の参上だよ」
「フォックス仮面さん、こんにちは」
「レイル君、窓から入ってくるのはあまり感心しないな。オリビアが真似をしたらどうするんだ」
「真似をしないわ、お父さん」
窓から入ってくるけれど、基本的に育ちの良いレイル様はきちんと皆さんに挨拶してくれる。
それから、「豆大福だ」と言いながら、豆大福を食べようとしているエーリスちゃんをつついた。
「事件の香りがするね……リディアに何か頼み事? 何かあったのかな、レイル。私は私の妹が厄介事に巻き込まれることは、あまり歓迎していないのだけれど」
「ううん……私も、できればそうしたい。……正直どうするべきか考えあぐねていてね……まずは話を聞いてほしいんだけれど……」
「とりあえず、リディア。せっかくの豆大福がかたくなってしまったら悲しいから、お茶を淹れて休憩しよう。それで、レイルの話を聞こうか。もちろん、私も一緒に聞かせてもらうけれど、良いかな」
「……まぁ、秘密にするようなことでもないし。構わないよ」
クリスレインお兄様は隣国の王子様なのだけれど、今はお忍びで外遊の最中。
だから、レイル様や他の皆にも、敬った話し方をしないようにと伝えている。
これっぽっちも忍んでいない派手な格好をしているけれど、一応はお忍びなのよね。
明らかにお金持ちですっていう格好で街を歩いて大丈夫かしらと思わなくもないけれど、かえってこれぐらい目立つ方が怖がられるので、絡まれることも少ないらしい。
ルシアンさんが「暗黒街の重鎮に見えなくもないからな」と言っていたので、そういうことなのだろう。
暗黒街の重鎮というのがどんな姿なのか、私は知らないけれど。
クリスレインお兄様みたいに、何者なのか良くわからない格好をしているのかもしれない。
私は豆大福に合いそうな緑茶を淹れて、みんなに配った。
私が緑茶を配る間、エーリスちゃんが豆大福をもぐもぐ食べて、口を豆大福ぐらいにぽこぽこ膨らませていた。
エーリスちゃんが豆大福を食べ終わるたびに、クリスレインお兄様が豆大福を異空間収納からぽんぽん取り出すので、お皿の上には豆大福が、減らずにむしろ山積みになっている。
お食事を終えてそろそろ帰るというミハエルさんとオリビアちゃんに、クリスレインお兄様はお土産で豆大福を渡していた。
お会計を終えてミハエルさんと一緒に帰っていくオリビアちゃんは、私の手を握ると「シエル様に会ったら、ちゃんとご飯を食べてねって、伝えてほしいのよ」と言っていた。
「シエル様はお父さんや私には、無理しすぎないようにって言うけれど、……シエル様は少しも休まないから」
「そうだな。私やリディアさんの魔力や体力には限界があるが、それがないのがシエル君だ。宝石人の特性なのだろう、魔力が無尽蔵なためか、休むということを知らない。誰かが無理やりベッドで寝かせてやるぐらいしないと、駄目なのだろうな、きっと」
「……今度あったら、無理やりベッドに寝かせてみます」
「よろしく頼んだよ、リディアさん」
私が神妙な面持ちで頷くと、ミハエルさんは少し驚いたように目を見開いて、それから優しく微笑んだ。
二人を見送って、ロベリアの扉を閉める。
それからレイル様に向き直ると、レイル様はカウンター席からテーブル席に移動してオムライスを食べるクリスレインお兄様の隣で豆大福を食べていた。
お父さんとファミーヌさんも豆大福の粉で口元を汚しながら、もぐもぐしている。
「レイル様、困ったことってなんですか?」
私はレイル様と向かい合わせで座ると、豆大福に手を伸ばした。
ぱくりと口に入れる。
豆大福の皮がもちもちで柔らかくて、豆がごろごろしていて、ちょっと塩気があってしょっぱい。
つぶあんは甘さ控えめだけれど、豆のしょっぱさと合わさると甘さを強く感じることができる。
おいしい。おいしいし、エーリスちゃんにもちもちの感触が似ている。
エーリスちゃんは豆大福だったのかもしれない。
「豆大福、おいしい……」
「豆大福美味しいね。困ったことがあったのだけれど、だんだんどうでも良くなってきてしまうね」
「それは良い。新年早々困り事などはない方が良い。豆大福を食べて、新年の抱負を語り合って、にこやかにさよならするぐらいが良いのだよ、新年なんてものは」
レイル様とクリスレインお兄様はどことなく雰囲気が似ている。
話し方が似ているせいかもしれない。クリスレインお兄様の方がゆったり話すので、その声を聞いていると少し眠たくなってきてしまう。
「でも、困ったことがあるからここに来たんですよね? 私、お友達のお悩み相談を受けてみたいです……」
私は、実は少し、わくわくしていた。
今までは、今までといっても結構前だけれど、シエル様やロクサス様に頼られた時は泣きながら嫌がっていた。
でも、今の私は違う。
お友達の役に立ちたいという熱意に満ちているのよ。
「……ありがとう、姫君。実はね、ロクサスが結婚することになって」
「まぁ……! おめでとうございます……!」
私はお祝いを言いながら、ぱちぱちと拍手をした。
恋とは縁遠い私だけれど、ロマンスは好きだ。人の恋愛相談を受けてみたいなと思っていた。
ロクサス様、一体誰と結婚するのかしら。
私がお祝いすると、レイル様は口元を押さえて悲しげに俯いた。
「……かわいそうに、ロクサス。そんな気はしていたけれど、ほぼ意識されていないのだね……」
「……ええと」
「なんでもないよ、こちらの話」
レイル様は苦笑して、クリスレインお兄様はわけ知り顔で「なるほどねぇ」と頷いた。
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