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シエル様のとろとろオムライスと宝石サラダ



 今年はユキシロウサギ年である。

 つまり、エーリスちゃんの年だ。


 エーリスちゃんはユキシロウサギではないし、小さな耳はうさぎっぽいけれど体は全体的にフクロウに似ているので、ちょっと違うかもしれないけれど、うさぎなのよ。


 つまり、シエル様のオムライスもエーリスちゃんの形に……!


 バターで炒めたご飯をあえてトマト味のチキンライスにしないで、白いままに。

 卵型に形を整えて、小さめのソーセージを切って耳を作って、海苔を切って目をつけて、それからお布団のようにふんわり卵をかける。

 そうすると、卵のお布団ですやすやしているエーリスちゃんができあがる。


 トマトやパプリカ、レタスやきゅうりを小さめに切って、ラズベリーをころころ乗せて、小さく切った茹で海老をごろっと乗せた彩り鮮やかな宝石サラダと、すっきり爽やかレモンティー。


 出来上がったお料理をトレイに乗せて、お客様のもとへと運ぶ。


「はいどうぞ、シエル様の優しいとろとろオムライスと宝石サラダです!」


「わ! うさぎさん……!」


 お医者さんのミハエルさんと共にご飯を食べに来てくれたオリビアちゃんが、嬉しそうに微笑んだ。


「シエル様のオムライス……うさぎさんなのね。お姉さんの頭の上のうさぎさんと一緒ね」


「元々は普通のオムライスのつもりだったのですけれど、今年はユキシロウサギ年ですし、エーリスちゃんの形にしたら可愛いかなと思って……」


「とっても可愛いわ、お姉さん! お父さんも可愛い」


「そうか、オリビア、可愛いか……」


「うん。お父さんも可愛い」


 ミハエルさんの前にも、エーリスちゃんの形をした可愛いオムライスが置かれている。

 渋いおじさまのミハエルさんの前にエーリスちゃんの形のオムライス。

 これはこれで、可愛い気がする。

 ともかく、オリビアちゃんが喜んでくれて良かった。


「かぼちゃぷりん」


「可愛いわ、かぼちゃぷりんちゃん」


「かぼちゃ!」


 エーリスちゃんが私の頭の上でぱたぱたと両手を広げて喜んでいる。


「もしよかったら、サーモンのクリームスープもありますよ。食べますか? サービスです」


「ありがとう、お姉さん。そんなに食べられるかしら……」


「たくさん食べないと駄目だぞ、オリビア。リディアさん、スープも頂こうか。もちろん代金はお支払いするよ。最近は、白月病の患者も随分減って、私の診療所も、普通の診療所として機能することができるようになってね。今までは国からの補助金でなんとか運営していたが、ようやく赤字ではなくなってきたんだよ」


「そうなんですね……」


 落ち着いた声音でミハエルさんが言う。

 私はサーモンスープを持ってくると、二人の前にことりと置いた。

 食堂の魔石ストーブの前では、お父さんとファミーヌさんが、魔石ストーブの前に敷いた毛足の長い絨毯の上でぬくぬくしている。

 エーリスちゃんは私の頭の上や肩の上、エプロンのポケットの中に入っていたりする。


「病気の人や、怪我の人は、多いんですか?」


「聖都は人が多いから、まぁ、多いよ。それなりには。それに、今までは大神殿に通って、聖女の施しを受けることができれば病気や怪我が治るというのが人々の支えだっただろう? 先日の大神殿での事件で聖女はいないということが分かって、街の人々は動揺をしてね。その結果、治療院に頼るようになったわけだ」


「……私、……大神殿に戻った方が良いのかなって、時々思うんです。私のお料理には、病気や怪我を治せる力があるから」


 ミハエルさんの話を聞いてなんだか申し訳なくなってしまった私に、ミハエルさんは静かに首を振った。


「それは違うと、私は思う。オリビアを助けてもらった身でこんなことを言うのはなんだが、君の力が皆に知られれば、皆は君を頼るだろう。それこそ、自力で治せる小さな怪我でも、多少の病気でも、君に頼ろうとする者もいるかもしれない」


「……そうでしょうか」


「人というのは、心配性で、強欲なものだからね。もちろん、我慢強い者もいるが、小さな切り傷でも死ぬの生きるのと大騒ぎする者もいる」


 ミハエルさんの言葉に、オリビアちゃんも肩をすくめて「意気地が無いの。男に多いのよ」とため息をついた。


「……治療院や、治癒魔法でもどうにもならないとき、君の力に頼る者がいる。これは仕方のないことだと思うが、君が大神殿で聖女として崇められたとしたら、そうではないものまで君に助けてほしいと、手を伸ばすだろう」


「……でも、怪我や病気を治すのは、良いことです」


「君の両手で救えるものには限りがあることを覚えておかなくてはいけないよ。そうしないと、私たちのように誰かの傷を治そうとするものは、疲弊するばかりだ。君の小さな体で受け止められる者は、ほんのわずかだと覚えておいた方が良い」


「あのね、お姉さん。お父さんは、お薬を使って病気を治したり、傷を縫ったりして大怪我を治すことができるし、治癒魔法も得意よ。でも、お父さんの体力にも、魔力にも限りがあるの。患者さんがたくさん増えたら、お父さんは疲れ切ってしまうでしょう? お姉さんも、同じ」


 サーモンシチューをぱくぱく食べながら、オリビアちゃんが言う。

 私は──雪の日に、私の家の前にミートパイを置いて帰ってしまったシエル様を思い出した。


「うん。……それは、確かにそうかもしれません。少し前に、シエル様に魔力が空っぽだから、力を使わないようにって言われたことがあって……」


「リディアさん。魔力枯渇を甘く見てはいけない。魔力が枯渇したまま魔法の使用を続けると、命の危険さえあるのだから」


「……気をつけます」


 私は頷いた。

 ミハエルさんの言う通りかもしれない。私の力で、全ての人を治癒できる──そう思うのは、きっと傲慢なのだろう。

 勘違いしてはいけないわね。

 それに、大衆食堂ロベリアでご飯を作ることを私は選んだのだから。

 私にできるのは、ここにお食事をしにきてくれた人たちに、お料理を出すことぐらいだ。


「お姉さん、シエル様は元気? 私が病気だったときは、よく診療所にも顔を出してくれたのだけれど、もうすっかり元気だから……聖夜祭の時は、プレゼントを持ってきてくれたのよ。セイントワイスの皆さんから、だけれど。みんなの分のバターケーキ。美味しかったわ」


「シエル様は新年祭の日に会って……それから、お仕事が忙しいのか、……ここには来ていないですね」


「彼氏なのに?」


「恋人ではないですよ……!」


「お料理の名前に、恋人の名前をつけているのかと思ったのよ。可愛いお姉さんには、恋人が五人」


「お友達ですよ、オリビアちゃん……」


 ──あの日の夜。

 シエル様は、苦しそうだった。

 私にシエル様の全部がわかるわけではないけれど、私の言葉で、私の料理で、少しでも気持ちが楽になってくれたら良いのにと思う。


「お友達……私も、お姉さんのお友達?」


「はい! もちろんです、オリビアちゃん」


「嬉しい。お姉さん、私のお母さんになっても良いのよ?」


「お母さん?」


 どういうわけか、エーリスちゃんがちょっと怒ったように、私の頭をペシペシ叩いた。


「かぼちゃぷりん!」


「タルトタタン……!」


 少し離れた場所から、ファミーヌさんの抗議の声も聞こえる。 


「……オリビア。リディアさんを困らせるのはやめなさい。……だが、もっと混み合っていると思ったが、そうでもないんだな。リディアさんの噂が街に広まっているのではと心配していたのだが」


「あぁ、それは、フェルドール叔父上がリディアの存在を隠しているから……それに、魔導士たちがこの場所を見張っているから、だろうね」


 カウンター席に唐突に現れた異国の服を着た美男子──クリスレインお兄様がわけ知り顔で言った。

 今日もふわふわの毛皮を肩からかけていて、とても豪勢な雰囲気だ。


「すごく派手な人ね、リディアちゃん」


「お兄様です」


「お兄様……! 顔立ちが確かに少し似ているけれど、派手でお金持ちという感じだわ」


 子供は素直ね。オリビアちゃんの言う通り、クリスレインお兄様は派手でお金持ちという印象がぴったりくる。


「魔導士が見張っている?」


「あぁ。セイントワイスと言ったかな? 君の身辺の警護をしているようだよ。私は不審者として、一度ここに入るときに止められているから知っている」


「蟹を届けてくれた時ですか?」


「そうそう。身分を明かしたら、許されたけど。私のような不審者がリディアに近づかないように気をつけてくれているんだって。セイントワイス……じゃないか。妖精リディアを崇める会、だったかな」


「……リーヴィスさん」


 私は恥ずかしさに顔を両手で隠した。

 リーヴィスさんたちセイントワイスの皆さんが私の身辺の警護をしてくれているということは、多分シエル様もそれを知っているのよね。

 ありがたいけれど、申し訳ないし、恥ずかしい。


「……私、ここにいると迷惑をかけてしまうのでしょうか……」


「今のは内緒だった。ごめんね、つい口が滑ってしまった。良いんじゃない? みんな好きでやってるんだから。ちなみに私も好きなように生きているよ。年始は国に帰って、弟たちに、いつまでもふらふらしているんじゃないって叱られたけれど……可愛いよねぇ。皆、叱りたくなるぐらい私のことが大好きなのだから」


 すごく前向きなのね、クリスレインお兄様。

 見習いたいわね。


「……それで、リディア。返事を聞きにきたよ。君がここにいることに罪悪感を覚えているのなら、なおさら、エルガルドに一緒に着た方が良いんじゃないかな」


 やっぱり、それを聞きにきたのね。

 クリスレインお兄様には、少し前に一緒にエルガルド王国に行こうと誘われている。

 私は──。


「すぐに、お返事できなくてごめんなさい。私、ここにいたいって思ってます。……みんなに迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、私は大衆食堂ロベリアが好きなんです」


「……うん。そう言うと思った」


 私の返事に、クリスレインお兄様はあっさり頷いて、それから「私にもオムライス、もらえる? そのお嬢さんと同じ、可愛いやつね」と言った。




お読みくださりありがとうございました!

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