宿敵との再会
セイントワイスの皆さんが私をわっしょいわっしょいするのをやめたあと、魔法で作り上げた花が咲き乱れた玉座に座らせて崇め奉ろうとしてくる。
白百合の花が咲き乱れる中央にある氷の玉座の上に運ばれそうになった私は、泣きながら「シエル様、もう帰ります、助けて、降ろしてぇぇ……っ」と、とうとう変態に助けを求めることになった。
部下の皆さんの喜びようをとても微笑ましそうな表情で見ていたシエル様は、はっと気づいたように私を凝視すると、「そろそろリディアさんを家に帰してあげましょうか」と、やっとセイントワイスの皆さんに言ってくれた。
「リディアさん、奇跡の妖精よ……! 本当にありがとうございました!」
「リディアさん、可愛い上に優しく、料理も上手な理想の嫁……」
「その力、ぜひ、研究をさせていただきたい……」
セイントワイスの皆さんが、口々に言った。
リーヴィスさんが私の前に恭しく膝をついて、頭を下げる。
「リディアさん、セイントワイスはこの御恩をけして忘れたりしません。リディアさんに私たちは、永遠の忠誠を誓いましょう。リディアさんが死ねと命じるのなら、死にます」
「ひぇぇ……」
あわあわしながら、私はシエル様の背後に隠れた。
リーヴィスさんが、熱血すぎて怖い。
そんなこと私は命じないのよ。
食堂の料理人の私が、リーヴィスさんに死ねって命じる状況って、一体なんなの。
「そ、そんなこと、お願いしたりしませんから……! ともかく、皆さんが無事にお元気になって、よかったです……もう二度と、会うことはないと思いますので、お元気で……!」
私はシエル様のローブをぐいぐい引っ張りながら言った。
服を切り裂かれた挙句、わっしょいされてさらにボロボロになった私。
暴漢に襲われたぐらいぼろぼろである。
シエル様がようやく私の大惨事に気付いたように、自分のローブを脱いで私にかけてくれようとするので、私は逃げ回った。
そんなことされてたまるものですか。
男性の大きな服を借りて、ぶかぶかさせながら着るとか、そんなちょっとロマンスがうまれそうなこと、私は断固拒否なのよ。
シエル様も、セイントワイスの皆さんを救いたくて切羽詰まっていたのでしょうけれど、やっぱり変態は変態なので。
「ローブ、借りません……洗ってかえさなきゃいけなくなったら、シエル様ともう一度会う羽目になってしまいますし……」
「リディアさん……あなたのシエル様に迷惑をかけまいとする姿勢……なんと健気な女性なのでしょう……」
リーヴィスさんがよくわからないことを言って、感動している。
再びセイントワイスの皆さんが「健気!」「健気で可愛い!」「俺たちのリディアさん!」などと、胡乱なことを言い始めているので、私は顔を両手に埋めた。
うう、かなしい。この場所だと、私が何をしてもセイントワイスの皆さんが私を褒め称えてくる。
きっと私が乱心してここで全裸になっても、褒め称えてくれるに違いないのよ。こわい。
私はお辞儀をすると、お部屋から逃げた。
セイントワイスの皆さんが拍手と歓声で私を送り出してくれる。
シエル様が私の後をゆったりとした足取りでついてきた。
ゆっくりしているのに、スイスイ早い。足が長いからだ。
シエル様が歩くたびに、頭の宝石がきらきらと揺れている。
「……上着を着るのを嫌がられるほどに、嫌われてしまったのですね、僕は」
「シエル様がどうこうっていうか、私は男性は嫌いなんですよ……! 私の到達した世界の真理の傷は深いのです」
「色々と、すみませんでした。嘘をついて。それに、少々強引でした。……実を言えば、僕はあまり、セイントワイスの部下以外とは個人的な交流を持つことが少なくて。もちろん、仕事上では、人と関わることはあるのですけれど」
「そうは見えませんけど」
お城のメイドたちにきゃあきゃあ言われて、両手に侍らせているように見えますけど。
「僕は、あまり城の者たちから好かれていませんので。ともかく、リディアさんに料理を作って頂かなくてはいけないと思い、ルシアンの真似をしてみました。可愛いと言ったり、体に触れてみたり。……あまり、よくないことでしたね。すみません」
「そ、そんなに、ごめんなさいされても、駄目なので……! シエル様がたとえ変態じゃなくても、私は絆されたりしないのです……男は裏切るのです。私は、子供たちの健やかな成長を見守りながら生きていくのです」
お城の出口に向かって、私はずんずん進んでいく。
ルシアンさんの真似をして、可愛いとかなんとか色々言っていたのはわかったけれど。
でも、やっぱりそれを抜きにしても、誘拐は駄目だと思うのよ。
ともかく、お城というのは私にとって鬼門である。
早く逃げないと。ろくでもないことが起こるような気がする。
「……リディア、どうしてこんなところに」
ほら、やっぱり……!
私の前方から、ろくでなしが服を着て歩いているような美丈夫がこちらに向かってくる。
後ちょっとでお城から逃げられるところだったのに。
どうしてこう、私ってば間が悪いのかしら。
レスト神官家では私、存在感なんてまるでなかったのに。
どうしてお城の中だと、ばっちり存在しちゃうのかしら。
「その姿はなんだ、リディア。それに、シエル……!」
並んで歩いていた私とシエル様の前までやってきた、ゆるく癖のある金の髪と翡翠色の瞳の美しい男性が、私を睨みつけている。
身なりの良い白い服には、王家の紋章である角のある天馬の姿が描かれている。
ステファン様だ。
私の元婚約者の、浮気もののろくでなしである。
私は自分の姿を見下ろした。
ブラウスのボタンは引きちぎれていて、スカートもところどころちぎれている私の姿を。
本当に、なんだこの姿って感じ。
「殿下、少々深刻な事情がありまして」
説明しようとしてくれるシエル様の言葉を、ステファン様が遮った。
「深刻な事情など……! 俺との婚約が破棄された途端に、男漁りとは。城の中でシエルと戯れていたのだろう。まるで、娼婦だな」
私を睨みつけながら、ステファン様は嘲るような口調で言った。
ええと。
何をどうしたら、そういう結論になるのかしら……!
私のこの姿、よく見て。
どう考えても、私がシエル様に襲われて、ひどいことをされたとしか思えないのではないのかしら……!
ステファン様、馬鹿なの?
ろくでなしだと思っていたけれど、馬鹿なのかしら……!




