年末対抗雪合戦
豪華絢爛蟹づくしご飯を食べて、お酒を飲んで。
蟹とウニといくらご飯に、残ったウニでウニのパスタ。
それから鯛の塩焼きと、鯛の天ぷら。
ロクサス様とレイル様のお土産の、ジラール家の料理人特製高級お惣菜盛り合わせ。
ものすごくお腹が一杯になった所で、時計の針が午前零時を示した。
「年越し雪合戦だ!」
まだまだ元気そうなレイル様が、きらきら瞳を輝かせながら言う。
勇者というものはお酒に強いらしい。ツクヨミさんたちと一緒にかなりの量のお酒を飲んでいるけれど、元気そうだ。
「やだ、元気ねぇ、若者は元気……あたしはエーリスちゃんとファミーヌちゃんを寝かせてくるわねぇ、お父さんも寝る?」
「睡眠は大事だからな……私も子供たちと一緒に寝よう」
「ステファンは? 眠そうだけど、大丈夫なの?」
「俺は問題ない……若いからな、俺は……」
エーリスちゃんとファミーヌさんは、私の膝の上でうつらうつらしている。
マーガレットさんは二人を抱き上げると、お父さんとステファン様に声をかけた。
お父さんはマーガレットさんと一緒に二階にあがるみたいだけれど、エーリスちゃんぐらいに眠そうにしているステファン様は、首を振った。
「ステファン様、眠そうです……二階にベッドがありますよ、狭いかもしれませんけれど……」
「だ、大丈夫だ、リディア……こう見えて俺は結構若いんだ、まだ頑張れる……」
「が、頑張らなくても……若いのは知っていますよ……?」
「そうか……最近妹たちに、更に老成してきたと言われてな……このままおじいちゃんになるのではとよく言われるので、段々自分でもそんな気がしてきた……」
「何を爺むさいことを言っているんだ、殿下。俺よりも一つか二つ年上というだけのくせに、兄のような顔をしているからそうなるのだ」
遠くを見つめるステファン様に、ロクサス様が小馬鹿にしたように肩をすくめる。
「ロクサスは昔と変わらないな、その憎まれ口、懐かしい」
ステファン様の瞳にうるうると膜が貼った。「あらあら可愛い」と言いながら、マーガレットさんがエーリスちゃんとファミーヌさんを抱えて、二階にあがっていく。「それではな、子供たち」と、お父さんも挨拶をして、ちゃっちゃっと爪音を立てながら、マーガレットさんのあとをついていった。
私が「一緒に行きます」と言うと、マーガレットさんは「夜遊びは若者の特権よ。遊んでらっしゃい、リディアちゃん」と言ってくれた。
ツクヨミさんもお酒を飲みながら「そうだぞ、リディア。人生一度きりなんだから、若いうちは遊べ。俺は若くねぇが、毎日遊んでるぞ」と言っている。
「泣くな、殿下。めんどくさい」
ロクサス様がうるうるしているステファン様を見ながら、嘆息した。
「まぁまぁロクサス。殿下はおじいちゃんなんだから、労ってあげないといけないよ。おじいちゃんだけど強いからね……雪合戦では強力なライバルだよ。やはり、勇者としては聖剣の主は見過ごせないっていうか……」
「レイルもその年で、勇者勇者と言っているんだな……懐かしい、二人とも子供の時と変わらない。色々あったが、こうしてまた一緒に笑い合えて、俺は幸せだ。全て、リディアのおかげだな……」
「ステファン様、泣かないで……」
私がステファン様をよしよし撫でようとすると、レイル様がその手をぱっと掴んだ。
「姫君、駄目だよ。姫君は優しいけれど、みんなの姫君だからね。殿下を心配になる気持ちはわかるけど、そうするといつも元気な私なんて、姫君によしよしして貰えないでしょう?」
「レイル様、よしよしされたいんですか?」
「されたい。心の底からされたい。でも、よしよししたい。だって私は兄だから」
レイル様は私の頭をよしよしして、それから、私の肩に手を置いた。
「そこ、自分たちにはあんまり関係ないみたいな顔して、落ち着いた大人のふりをしているシエルとルシアン。君たちにも参加してもらうからね。年越し雪合戦」
「……いや、私は、遠慮したいのだが」
「雪合戦とは……雪を相手にぶつける子供たちの遊びだと記憶していますが」
私たちのやりとりを静かに見ていたルシアンさんとシエル様が、困ったように言う。
「優勝賞品が、姫君におやすみを言える権利だったとしても? 新しい年の朝に、姫君を独占できる権利だったとしても、そうやって冷静に、自分たちには関係ない……子供の遊びだから……などと余裕ぶっていられるというのかな」
「よし、やろう」
「……そうですね、参加します」
「満場一致で年越し……いや、もう、年は越してしまったから、年明け雪合戦の開始が決定したようだね。姫君、優勝賞品となる覚悟はできた?」
「……あ、あの、もう遅いので、みんなで泊まっていって構わないですよ、狭いですけど……」
レイル様に覗き込まれて、私は眉を寄せる。
もう真夜中だし、外は寒いのだから、使っていないお部屋もあるし、フェルドゥールお父様があったか毛布をたくさん届けてくれたし。
なんとかなるのではないかしら。
「安心しろ、リディア。俺は朝まで飲む。朝まで飲んで、明るくなったら帰るぞ」
「安心して、リディアちゃん。あたしも朝まで飲むわよ。年明け雪合戦は寒いから参加しないけど、みんな頑張って。リディアちゃんを寝かしつける係を賭けて、頑張るのよ! 負け犬たちは、もれなく私とツクヨミが朝まで付き合ってあげるわよ、酒に」
ツクヨミさんと、エーリスちゃんたちを寝かしつけて戻ってきたマーガレットさんが力強く言った。
明日もロベリアはお休みのつもりでいるから、良いのだけれど。
二人とも、元気だ。
そんなわけで、私たちは真っ暗な外へと出た。
路地はしんと静まり返っていて、新しい雪が雪かきをした道にこんもり積もっている。
私はシエル様から頂いた赤いショールを羽織っていて、フェルドゥールお父様が持ってきてくれたうさぎの耳のような飾りのついたもこもこの白い帽子をかぶっている。
シエル様が暗い路地を、光玉を浮かべて明るく照らしてくれた。
「……こんな時間に外で騒ぐのは、迷惑なのではないだろうか」
静まり返った路地で遠慮がちに言うステファン様に、レイル様が明るく笑った。
「そこは、殿下の権威で許してもらうってことで」
「それはいけない、聖王の権威をこんなことで使うのは良くない」
「殿下、兄上の言葉を真に受けるな」
「ロクサス、ひどい。私はいつだって真面目だよ。ロクサスを応援している私だけれど、勝負だとしたら容赦しないよ。だって、勇者だから。勇者というものは、常に勝たなければいけないからね……!」
レイル様がふかふかの雪を丸めて雪玉を作り始める。
「覚悟は良いかな、私の愉快な仲間たち。魔導士シエルと、……竜騎士ルシアンと、賢者ロクサスと……殿下は、何? 勇者の立場を脅かす、聖剣の主……?」
「そういうつもりはない。勇者はレイルだけで構わない。俺は……なんだろうな……?」
「勇者に魔王の討伐を命じるのは国王陛下だけれど、国王陛下は一緒に冒険に出かけないからね。なんだろう、聖騎士かな、格好良い」
「聖騎士はルシアンさんなんじゃ……?」
聖騎士団レオンズロアの団長のルシアンさんがいるのに、ステファン様が聖騎士というのはどうなのかしら。
ルシアンさんを見上げると、ルシアンさんは何かを考えるように目を伏せた。
「私は……あまり、聖騎士という柄ではないからな、本当は」
「ルシアンは暗黒騎士って感じだもんね。途中で裏切る」
「もう裏切ったりしませんよ、レイル様」
「分かっているよ」
「あ、あの、レイル様……雪合戦、私も参加しても良いんですか……?」
「姫君も? もちろんだよ。でも、姫君に雪玉をぶつけられる猛者なんて、ここにはいない気がするけれど……」
「私も、実は強いかもしれません、重たい食材を運ぶことができるので、力があるかもしれません……!」
私は両手を握りしめて言った。
雪合戦、楽しそう。私も参加したい。
「それでは、チーム戦ということにするか?」
ステファン様が言う。
「良いね、それ。じゃ、殿下と私とロクサス。姫君とシエルとルシアンで別れようか。姫君をさらった魔王と暗黒騎士の手から、姫君を取り戻す勇者と仲間たちということで……」
「……なるほど。それでは、容赦しませんよ」
「理解した。リディアは渡さない。覚悟しろ」
レイル様の提案に、シエル様とルシアンさんは結構やる気みたいだ。
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