今年は皆で年越し蟹パ
氷付けの蟹の殻を剥いていたら、シエル様とルシアンさんがやって来てくれた。
そのあと、レイル様とロクサス様とステファン様が。
それからマーガレットさんとツクヨミさんが来てくれた。
それぞれたくさんのお土産を持って。
「今日は蟹を剥いて、蟹の爪フライと、蟹といくらのごはんを作ります。あと、焼き蟹と、茹で蟹と、蟹鍋です」
私が両手をびしょびしょにしながら蟹の殻から蟹の身を外していると、皆が手伝うと言ってくれた。
皆といっても、マーガレットさんとツクヨミさんはカウンター席でいつものようにお酒を飲み始めている。私は二人に、先に蟹の甲羅の中に蟹味噌とほぐした蟹の身を入れて焼いた、甲羅焼きを出してあげた。
「リディアちゃん美味しー、最高ね……やっぱり年末は蟹って感じがするわね……」
「蟹を食うと一年が終わるっつう感じがするよな。お前たちは今年は大変だったみたいだからな。存分に蟹を食うと良い。リディア、俺の持ってきたウニも食え。蛸もあるし、鯛も釣ってきた」
「ありがとうございます。海産物祭りですね!」
マーガレットさんとツクヨミさんが、蟹の甲羅焼きを食べながらしみじみ言っている。
ルシアンさんが家から作ってきてくれたとろとろに煮えた豚の角煮を、良い感じにシエル様が魔法で温め直して、お皿に移してマーガレットさんたちに出している。
「シエルの魔法は便利だな。食事をあたためるために魔力調整するなどは普通できない」
「……これからは食事を温め直すためだけに魔力を使いたいものですね」
「何を言ってるんだ、幽玄の魔王様は仕事に疲れてるのか?」
「冗談です」
「冗談を言うんだな、シエル。意外だ」
「……何度か試しているのですが、僕はあまり冗談が得意ではないようです」
「試すものでもないだろう」
ルシアンさんはマーガレットさんたちと、それからマーガレットさんたちと一緒にカウンター席にちょこんと座っているエーリスちゃんやファミーヌさん、お父さんの前にも綺麗にお皿に入れた豚の角煮を置いた。
エーリスちゃんは口の周りを汚しながら、ファミーヌさんはお上品にそれぞれ食べ始める。
お父さんはツクヨミさんからお酒を貰おうとしていて「犬に酒はなぁ……」「犬ではない、お父さんだ」「ベルナール王国では犬も喋るんだなぁ」と、感心されていた。
蟹の殻剥きで両手がびしょびしょになっている私に、ルシアンさんが豚の角煮を食べさせてくれる。
「キルシュタインでは、魚よりも肉料理の方が馴染み深くてな。魚は、サーモンぐらいは食べるが、あとはそんなには。毎回肉料理ばかりで、悪いが……」
「美味しいです、ルシアンさん。角煮、柔らかくてとろとろで美味しい……」
口の中でとろっととろけるぐらいに柔らかいお肉。美味しい。
「そうか、良かった」
ルシアンさんが僅かに目尻を赤くして、照れている。
ルシアンさんはお料理が上手だ。角煮のお肉を柔らかくするのには時間が結構かかるし、味が染みこんでとろとろになるまでにはかなりの時間がかかるのに。
じっくり煮込んできてくれたのね。私なんて、ロクサス様に時間を奪って貰って調理時間を短くするなどしているのに。
ルシアンさんは丁寧だ。丁寧だしちゃんとしていて、完璧という文字が背後に浮かんでいる。
尊敬してしまうわね。
「毎回肉料理ばかりで……!? どういうことだ、ルシアン。まるで、何回もリディアに料理を作っているような言い方だな。……何故さらっとリディアに肉を食べさせているんだ」
ロクサス様、年末も不機嫌なのね。もしかして、さっき蟹の殻剥きを手伝うと言ってくれたのを、丁重にお断りしたから怒っているのかもしれない。
だって、怪我をしそうだもの、ロクサス様。
そのあとロクサス様は、皆が持ち寄ったお土産を整理してくれているレイル様のお手伝いをしようとして、ウニのとげとげで手を刺していたので、レイル様から「ロクサスは座っていて。動かないでね。お兄様の言うことをちゃんときくんだよ」と言われて、素直に椅子に座っている。
「ロクサス様も食べますか、肉。はい、どうぞ」
ルシアンさんはロクサス様の不機嫌もあまり気にしていないように、角煮のお肉をフォークに刺して、ロクサス様の口元に差し出した。
「自分で食える」
「ロクサス、角煮の汁で服を汚すのでは……」
「殿下、俺は五歳児などではないのだぞ」
ロクサス様はルシアンさんから角煮の入ったお皿を受け取った。
それから心配そうなステファン様を睨んだ。
「ロクサス、こっちにいらっしゃい。お手伝いしないんなら、こっちで一緒に飲みましょう。役立たずの大人組として」
「そうだぞ、ロクサス。人には向き不向きがある。料理が苦手な人間だっているんだから、こっちにきて飲め、飲め」
マーガレットさんやツクヨミさんに呼ばれて、ロクサス様は渋々といった感じでカンター席に向かった。
それからツクヨミさんにお酒を貰って、角煮や蟹の甲羅焼きを食べ始めた。
「あ、あの、ロクサス様、ルシアンさんがお肉を食べさせてくれたのは、私、今、手がびしょびしょだからで……」
蟹の殻を剥いていると、手がびしょびしょになってしまうのよね。
蟹の汁や水に濡れた両手を持ち上げてロクサス様に見せると、ロクサス様は口に運んでいた角煮をぽろっと落とした。
高級そうなお洋服に、茶色い汁が飛ぶ。
「ロクサス様……角煮の汁で服を汚した……」
「い、いや、違う、これは、その……」
「ロクサス、蟹を剥いている女性を見て興奮するとか、お兄様はどうかと思うよ」
「……ロクサス、大丈夫か? 首にナプキンをつけた方が良い。そんな気はしていたんだ」
「兄上、語弊のある言い方をするな。殿下、兄のように振る舞うな。ナプキンをつけようとするな。拭くな」
レイル様が困ったような笑顔を浮かべて、ステファン様がロクサス様の服の汚れを拭いた後、ロクサス様の首に白いナプキンを巻こうとしている。
ロクサス様、幸せそう。
「リディア……何をそんなに笑っているんだ」
「あ、あの、ステファン様とレイル様、昔からそうやってロクサス様の面倒を見ていたんだろうなって、思って。可愛いなって……ご、ごめんなさい、男性に可愛いとか、おかしいですよね……」
「い、いや……」
ロクサス様は焦ったように私から視線を逸らした。
それから「……リディア、お年玉はいくら欲しい……」と聞いてきた。
「ロクサス、可愛い女の子にお年玉を配って歩くジラール公爵という噂が流れてしまうよ」
心配そうにレイル様が言う。
「今のは忘れてくれ、つい出来心で……! やっと金を払って女性にメイド服を着せて街を練り歩く趣味のある公爵、という噂が消えたばかりだ」
「最近はロベリアの片隅で良く物を壊したり転んだりしている公爵として有名だものね」
「可愛い女の子にお年玉を配って歩く公爵ってのも面白いな」
マーガレットさんとツクヨミさんが楽しそうに笑っている。
「面白がるな」
「ロクサスは街の皆に愛されているな。良い事だ」
「殿下、慈愛に満ちた笑みを浮かべるな」
私はくすくす笑いながら、蟹の調理に戻った。
ステファン様――この間クリスレインお兄様とお話をしてから、少し元気になったみたいだ。
今までは私に遠慮したり、気をつかったりしてくれていたけれど、ロクサス様のお世話をしているステファン様はとても生き生きしている。
「リディアさん、この蟹の身を、殻から外せば良いのですか?」
「手伝ってくれるんですか、シエル様」
「はい。今、どうやったら綺麗に殻が剥けるかを考えていました。魔法の構築に少し時間が……」
シエル様が私の隣に来て、蟹の殻と蟹の身を見ながら言った。
蟹鍋用の蟹と、茹で蟹と焼き蟹用の蟹は別にしてある。
蟹ごはんの蟹は身だけをつかうので、ほぐしておかなければいけない。
「多分できると思うので、やってみますね」
シエル様はそう言って、パン、と、軽快な音を立てて軽く手を合わせた。
それだけで、蟹の身だけがお皿の上にどさっと沢山積み上がる。
蟹の殻は綺麗さっぱり消えてしまった。
「わ……!」
「殻が消えたな……」
「殻を消す魔法だね……使いどころは限定されるけど、便利だね」
ルシアンさんとレイル様が感心しながら、消えた殻と、積み上がった蟹の身を見ている。
「シエル様……! すごい、蟹の身がこんなに簡単に……!」
「殻を粒子分解して、身だけを取外してみました。味には問題はないかと思いますが……」
シエル様が私のびしょびしょで蟹の身がいっぱいこびりついている手を、浄化魔法で綺麗にしてくれながら言った。
触れあう手のひらの感触にびくりとしながら、私はシエル様を見上げる。
「シエル様、ご飯あたため係と、蟹の身剥き係もできますね……もしかして、ウニもできますか……?」
「姫君、ウニは消さないで欲しい……! あとでウニを投げ合って、殿下とロクサスと遊ぼうと思って……」
「レイル様、ウニは投げる物ではないので駄目です」
ウニは危ないので投げたら駄目だ。ロクサス様が怪我をしてしまうもの。
「駄目かな」
「駄目ですよ、せめて雪合戦にしてください」
「それは良いね、それでは、食事をしたら年越し雪合戦をしよう!」
レイル様が明るく言った。
年越し雪合戦――楽しそうだけれど、ロクサス様が滑って転ぶのではないかしら。不安だわ。
炊きたてのご飯に蟹のむき身を混ぜて、蟹鍋から出た蟹の出汁も入れて混ぜる。
大きめの深皿の上に蟹ご飯を置いて、その上に蟹の身、いくらと、うにと、刻んだ青ネギと、海苔も乗せる。
それから、蟹の爪には衣をつけて、さっくりと揚げる。
蟹味噌がたっぷりのの甲羅にも蟹の身を詰めて、ウニも乗せてあぶり焼きに。
姿のままの蟹は茹でて、焼いて。蟹鍋も作って。
「できました! 今年もお疲れ様の豪華絢爛蟹づくしです!」
皆に手伝って貰ったから、夕方には料理ができあがっていた。
ロベリアの食堂のテーブルを運んで真ん中にくっつけて、皆でテーブルを囲めるように移動する。
そこに料理を運んで、お茶を入れて、お酒も準備して。
準備が終わる頃にはツクヨミさんたちはお酒の瓶を何本も空にしていた。
いつの間にかロクサス様とステファン様も一緒にお酒を飲んでいたみたいだ。
皆でテーブルを囲んで椅子に座ると、エーリスちゃんとファミーヌさんが私の膝に飛び乗ってくる。
「今日も、料理を作ってくれたリディアに感謝を。来年も、優しい君が幸せであれるように」
ルシアンさんが祈るように、
「リディアさん、……あなたの料理を頂ける幸福に、感謝します。あなが毎日、笑っていられますように」
シエル様が静かな声で、
「リディア。……その、いつも、感謝している。ありがとう」
ロクサス様が恥ずかしそうに、
「姫君といると、いつも楽しいよ。今日も料理をありがとう。私は来年もかわらず君の勇者だからね、安心して」
レイル様がにこやかに、食事の前の祈りを捧げてくれる。
「この場所に、俺も一緒にいられることを嬉しく思う。……リディア、皆、ありがとう」
ステファン様が深々と、皆にお礼を言って、マーガレットさんとツクヨミさんに「生真面目」「生真面目王子」と言われて、両脇から突かれていた。
私は両手を組み合わせて、にっこりと微笑んだ。
「誰かと一緒に、新年祭を迎えられるの、はじめてです。……私、一人じゃないですね……ありがとうございます……」
嬉しいときも、泣きそうになってしまうものなのね。
エーリスちゃんとファミーヌさんが心配そうに、私のお腹に体を擦り付けている。
お父さんが小さな声で「良かったな、リディア」と呟いた。
「新年のご挨拶だよ、リディア!」言いながら、クリスレインお兄様が大量の立派なエルガルド海老を届けてくれるのは翌朝のこと。
ついでにエルガルド王国秘伝のレシピ集も届けてくれたので、私の料理にエルガルド料理が加わった。
蟹祭りの後には海老祭り。
私の作るエルガルド料理の一つ、エルガルド海老ラーメンの縁起が良いと言ってロベリアに行列ができるのは、もう少し先の話だ。
明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いしますの、お正月番外編でした。
今年はもうすこし恋愛要素を増やしていきたいですね…!