聖夜の贈り物
ルシアンさんは、キッチンのお鍋を温め直してくれた。
真っ白な深皿に盛り付けられたのは、オニオングラタンスープ。大きめのクルトンの上にはチーズが乗っていて、彩りにパセリが散らされている。
それから、大きなお肉をローストして、薄切りにしたローストビーフ。
ローストビーフにはなめらかなマッシュポテトが添えてある。
縦長に細いワイングラスの底にはベリーが沈んでいて、透明な発泡性の果実ドリンクの上に、レモンの輪切りが乗っている。
炎魔法で蝋燭に火を灯したルシアンさんは、私の正面に座った。
何から何まで完璧なのよ。
私はルシアンさんを尊敬の眼差しで見つめた。
ファミーヌさんも満足気に、テーブルの上に準備してあった厚手のナプキンの上に座っている。エーリスちゃんもファミーヌさんと並んでいる。
エーリスちゃんやファミーヌさん用に、小さく切ってあるローストビーフが、金の縁取りをされた白いお皿に入って、二人の前に置かれている。
すごい気づかい。
私なんていつもエーリスちゃんに丸ごと食べさせていたのに。
大きな口にいっぱいに入れているのが可愛くて、小さく切ってあげるなどの配慮をしてこなかったわね。
何から何までちゃんとしている、ルシアンさん。
「美味しそうです、ルシアンさん。料理が上手。……料理が上手なルシアンさんに、お料理を食べてもらう自信がちょっと、なくなってきましたね……」
「自分で作った自分の料理ほど、味気ないものはないと、思っているよ。それに、普段から手の込んだものを作るわけではないんだ。騎士団の食堂で食事を済ませることも多い。今日は、君に喜んで欲しくて、……やはり、少し張り切ってしまった。……どうも、恥ずかしいな。張り切っていることを、知られてしまうのは」
「特別に頑張ってくれたって、ことですよね。……すごく、嬉しいです」
私は自分のために自分で作ったご飯も、好きだけれど。
美味しいものが好き。
自分で作ったものも、誰かが作ったものも。
「ルシアンさん、私のためにありがとうございます。大切に食べますね」
「あぁ。どうぞ」
私は手を組み合わせて、食事の前の祈りを捧げた。
それから、スプーンを手にしてオニオングラタンスープを一口飲んだ。
コンソメを作るの結構時間がかかるから、オニオングラタンスープも結構大変なのよね。
ローストビーフも、ちょっと時間がかかる料理だ。
ルシアンさん、昨日とかから準備、してくれていたのかしら。
先に約束をしてたわけじゃないのに。それに、私をお家に誘うのも、ちょっと迷ってたみたいなのに。
すごく手慣れていて、全部完璧に見えるルシアンさんだけれど。
もしかして、本当は緊張していたり、したのかしら。
なんだかそう思うと、少し、ほっとするような。心が温かくなるような、不思議な感じだ。
「……すごく美味しいです。ルシアンさんのご飯、いつも美味しいです。……味、もちろん美味しいですけど、……私のために作ってくれたっていう、気持ちが、……なんだか、幸せです」
「……君が喜んでくれると、私も嬉しい。誰かのために……いや、君のためにこうして料理を準備したり、テーブルを飾り付けたりすることは、幸せだな。こんな気持ちを、再び感じることができるなんて、思っていなかった」
「ルシアンさん。……今はもう、辛くないですか? 悲しい気持ちになったり、しませんか?」
ルシアンさんの過去を私は全部知っているわけではないけれど。
でもすごく、悲しいことがたくさんあったはずだ。小さな男の子がたった一人で、災禍の後の街で生きてきたのだから。
そのうち──キルシュタインの王家に連なっていた生き残りの方々、月魄教団の方々にルシアンさんは見出されたのだろうけれど。それまでは多分、一人だった。
「大丈夫だよ。……私には、君がいる。君がいて、……視線を巡らせると、たくさんの人々がいる。騎士団の者たちも、街の人々も。……それから、君の店に集まる、シエルや、ロクサス様、レイル様……いや、フォックス仮面だったかな。それに、マーガレットや、ツクヨミも。……皆で過ごす時間は、今は楽しいと、思える」
ルシアンさんは眉を寄せると「殿下を仲間はずれにするのは可哀想だが、この中に殿下を入れるのは不敬かもしれないな……」と、悩まし気に言ってから、笑った。
「皆でいるのも楽しいが、こうして時折、君を独り占めにできれば、……もっと、最高だな」
ご飯を食べる私を、ルシアンさんは嬉しそうに見つめている。
美味しいご飯を食べてにこにこしていた私は、ちょっと恥ずかしくなってエーリスちゃんやファミーヌさんに視線を向けた。
エーリスちゃんはばくばくローストビーフを食べていて、ファミーヌさんもお上品に少しづつ食べている。
ファミーヌさんはお肉は食べないと思ったのだけれど、そうではないのね。
今まではもしかして、上品さが足りないって怒っていたのかしら。
もっと可愛いお皿で、もっと綺麗に盛り付けをして出せって言っていたのかもしれない。気をつけよう。
「私もルシアンさんと一緒にいるの、楽しいですよ。ルシアンさんのお部屋はとても女子力が高くて、参考になります。私のお店も、私のお部屋も、もっと可愛くしないと……これからは、可愛いお店を目指しているのですよ」
「そうか。もし協力できることがあれば言ってくれ。……そうだな、確かに、部屋を綺麗にするのは割と好きな方かもしれない。私の母は、美しいものが好きだった。いつも、部屋に花を飾っていて……綺麗なものを集めたり、飾ったりすることも好きだったようだから、……血筋なのか、それが私にも染み付いているのかもしれないな」
「お母さん……優しかったですか?」
「あぁ。良い母だったよ。……それに、良い父だった。私は、恵まれていた。……恵まれていることに気づくのは、いつも、失った後だ。……だからもう、何も失いたくない。君が私にくれた幻想の続きを、大切に生きていきたいと思っている」
「ルシアンさん、幻想なんかじゃないですよ。ちゃんと、本物です。美味しいご飯も……私にとっては初めての、幸せな聖夜祭も。本物です。ルシアンさん。……るし、す、あん……せ? さん……」
「ルシアンで良いよ。昔の名は、もういらない。……ありがとう、リディア。君に感謝を。そして、愛を」
「あ、あい……っ」
「愛にもいろんな形があるだろう? 私が君に捧げるのは、私の全て。……どうか、君の平穏を、守らせてくれ。聖夜祭は、欲しいものを願えば、女神から授けられるのだろう。私は君の側で、君を守る権利が欲しい」
少しびっくりした。
でも、愛。
愛情。それは、私がお料理に込めるものと同じ。美味しく食べてほしい、喜んでほしい。
美味しいって、笑って欲しい。
ルシアンさんは騎士だから、守りたいと、思ってくれる。
「……ありがとうございます。私も、……みんなを守りたいです。悲しいことが起こらないように。聖夜祭の今日みたいに、楽しいって、幸せだって、笑っていられるように」
「私は、皆を守りたいと願う優しい君を守る、騎士でありたい。……これからもずっと」
私はこくんと頷いた。
なんだか少し、もうしわけなくて。でもすごく、嬉しい。
私も、守られてばかりじゃなくて、もっと強くなりたい。
ルシアンさんが寂しい時や、苦しい時に、美味しいものを食べて、少しほっとしてもらえるように。
お洒落で可愛い食堂を、目指そう。
昼食を食べ終わったあと、ルシアンさんのお部屋をみんなで探検して、屋上に出て街を眺めたりした。
屋上にも鉢植えがあったりして、ちょっとした植物園みたいだった。
それから、夕暮れの道を送ってもらった。
ロベリアに帰ると、ちゃんとお父さんが番犬をしてくれていた。
番犬をしつつ、遊びに来てくれたロクサス様やマーガレットさん、ツクヨミさんやレイル様、そしてフランソワちゃんがお酒を飲んだりご飯を食べたりしていた。
私が不在な時に、人を中に入れるとか、それはもう番犬とは言えないのではないかしらと思うのだけれど。
みんなお友だちだから良いのだけれど。
「お姉様、お待ちしていました! あなたの可愛い妹、フランソワちゃんですよ……! お姉様、会いたかった、お姉様!」
ロベリアの中に入ると、すぐにフランソワちゃんが抱きついてくる。
フランソワちゃんは、教会のシスターの服を着ていた。
「私、治療院で働きはじめました。治癒魔法が使えるので、お母さんと一緒に。今は住み込みで働いていますけど、そのうちお姉様のお家の隣に、家を借りようと思っていて!」
「そうなの、フランソワちゃん。元気そうで嬉しい」
「私も嬉しいです、お姉様! このお店は一体なんなんですか。恐るべき男性率の高さですよ……! 私が野獣たちからお姉様を守らないといけません……!」
「みんな優しいですよ、フランソワちゃん。お友達です。フランソワちゃんも仲良くしてくれると嬉しいです」
「お姉様がどうしてもというのなら、頑張って仲良くします!」
私にぎゅうぎゅう抱きついてくるフランソワちゃんの様子を見ながら、ロクサス様がすごく嫌そうに眉を寄せている。
ロクサス様は聖夜祭の日であっても不機嫌だ。いつもと同じ。
「姫君、聖夜祭だからね。姫君とお祝いしようと思って、ロクサスと一緒に遊びに来たら、皆がちょうど来ていてね。ルシアンと出かけていたんだね? 不埒なことはされていない?」
「不埒だと……!」
不機嫌なロクサス様が、お酒のグラスを落とした。
レイル様は特に慌てることもなく、割れたグラスとこぼれたお酒の時間を戻して、元通りにしてくれた。
「ええと、その……内緒、ですよね、ルシアンさん」
ルシアンさんは自宅の場所を秘密にしているから、言わないほうが良いのよね。
「あぁ。秘密だ」
ルシアンさんは口元に指を当てて、頷いた。
「じゃあ、秘密です……」
「な、何かしたのか、ルシアン……! リディア、一体何をされたんだ……!?」
「ロクサス様、何もされてないです……」
ツクヨミさんとマーガレットさんが「相変わらず若いな……」「ここにくると面白いものが見れるから良いわねぇ」と言いながら、私が朝作っておいたご飯を食べている。
それ以外にも、買ってきてくれたのだろう、蛸の唐揚げやら、クリームチーズ巻きサーモンやら、生ハムやらがテーブルに並んでいる。
フランソワちゃんが青ざめながら「お姉様に不埒なことをしたら、許さない……!」と、ルシアンさんの棒タイを引っ張った。
私はプレゼントしてもらったミモザの花を、お店に飾った。
それだけのことなのに、すごくお店が温かくて、綺麗になったように感じられた。
みんなでご飯を食べて、お酒を飲み始めると長いマーガレットさんやツクヨミさんを、ルシアンさんやレイル様が連れて帰ってくれた。
フランソワちゃんは泊まっていくと言ったけれど、「大事な聖夜祭なのだから、お母さんと一緒に過ごしてあげたら?」と、レイル様に言われて、送ってもらうようだった。
みんながいなくなったロベリアで、私は楽しかった今日の記憶を反芻しながら、お父さんとエーリスちゃんと、ファミーヌさんと一緒に寝る支度をすると、二階の寝室に戻った。
そういえば、お城では夜に花火が上がると言っていた。
思い出して窓を開けてみると、するりと入り込んできた冷気と共に、大きな音が響いた。
お城はここから遠いのだけれど、花火が大きいせいか、それともとても、高くあがっているせいか、夜空に大きな魔法の花が、いくつも広がっている。
私の両手の中で、エーリスちゃんやファミーヌさんが、きらきらと目を輝かせてた。
「……今日は、セイントワイスの皆さんが、休日出勤して花火をあげてくれるって、言っていました」
晩餐会の警備よりも少しは気が楽な仕事だと、ご飯を食べにきてくれた時に、リーヴィスさんが言っていたと思う。
シエル様が今日来なかったのは、花火をあげてくれているからだろうか。
「綺麗ですね……」
ステファン様も、お城で花火を見ているかしら。
「新年祭は、みんなで集まれるかな……」
今日はルシアンさんとお出かけをして、それから、みんなでご飯を食べて、すごく楽しかった。
きっとこれからも、もっと楽しいことがたくさんある。
私は腕の中のエーリスちゃんとファミーヌさんをぎゅっと抱きしめた。
お父さんが「本来ならその場所は、一番可愛い私のものでは……」と、少し不満げに呟いた。
ぐっすり眠って、朝起きると、ベッドの枕元にたくさんの贈り物が届いていた。
メッセージカードには、『勇者より愛を込めて。みんなの分も一緒に』のメッセージ。
鍵開けの得意なレイル様が持ってきてくれたみたいだ。全く気づかなかった。
幼い頃の私は、朝起きたら女神様からのプレゼントが届かないかなって、思いながら毎年過ごしていた。
そんなことは、一度もなかったのだけれど。
私は綺麗に飾り付けられたプレゼントに触れる。
口元に笑みが浮かぶ。それと同時に、少しだけ、じわりと涙が滲んだ。
お読みくださりありがとうございました!
評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。
ルシアンさんとのクリスマスデートはこれで終了です。
番外編はやや恋愛色を強めにしていますが、楽しんで頂けたら幸いです!
三章開始の前にお正月の番外編を入れ込みたいなと思っているので、ちょっとだけ、更新をお休みしますね。
数日ですけれど……!
数日だけだから、忘れないでいてくれると嬉しいです…!それでは多分、年末ぐらいに、よろしくお願いします!