ルシアンさんの自宅とおもてなし
ルシアンさんの家は南地区アルスバニアの大通りから路地に入って、いくつかの曲がり角を曲がった先。
四階建ての集合住宅地の四階。
螺旋状の外付け階段をカンカン音を立てながら登っていくルシアンさんの後を、私は追いかけた。
「ルシアンさんの家に来るまで、迷路みたいでした。……すごく、奥にあるんですね、家が」
「あぁ、……わざと、わかりにくい場所を選んだ。誰にも知られないように。仕事で帰ってこないことも多いから、今までは……本当にたまに戻る程度、だったんだが。一人になるために」
「誰にも知られないように?」
「あぁ。身辺を探られないように、細心の注意を払っていた。だから、ここに戻った時だけ少し、気を抜くことができた」
「隠れ家、みたいですね」
「そんな感じだな。一階から三階にも、誰も住人はいない。空き家だったものを、買い取った」
「一人で住むには大きすぎませんか……?」
集合住宅なのに、買い取ってしまうというのはどうなのかしら。
シエル様のように一軒家を買った方が便利な気がするのだけれど。
「……一軒家に住むと目立つだろう? 集合住宅であればあまり人と関わらずにすむし、住人がいなくなってもあまり、不審には思われない。それに、ここはあまり立地条件が良くないし、建物も古いから……廃墟になったとしても、誰も気に留めない」
確かに、集合住宅は古めかしい。
灰色の壁にはところどころ亀裂が入っているし、鉄階段も錆びている。
隠れ家という感じがすごくする。
「まぁ、今までは、そうだったという話で。……今は、長年住んでいるからか、この家にも愛着が湧いているし……君を招待したいと考えた」
「ここまでくるの、迷路みたいだったから……次に来るときは、迷ってしまうかも、です」
「……一人で、来てくれるつもりがあるのか……? それは、その、……嬉しいな」
「たくさん作ったご飯をお裾分けするときとか、蟹を渡しにくるときとか……」
「蟹」
「蟹です」
私は両手でピースサインを作って、ちょきちょきした。
ルシアンさん、蟹の甲羅グラタン食べるかしら。
「蟹……」
ルシアンさんは蟹に思いを馳せるようにして呟きながら、螺旋階段を四階まであがると扉を開いた。
黒い鉄製の扉だ。キイと、軋んだ音を立てながら開いた扉の先は、古びた外観とは真逆の、とても綺麗なお部屋だった。
集合住宅の四階のワンフロア。泥落としのための黒いマットが敷かれた先には、艶のない濃い色の木製の廊下が続いている。
玄関横の壁にある飾り棚には、鉢植えの葉に不思議な穴の空いた小さめの植物が置いてある。
コートやマフラーなどをかけるための真鍮製のフック。
玄関だけで既に、すごくお洒落な雰囲気が漂っている。
部屋の中に入ると、エーリスちゃんとファミーヌさんが、私の体から飛び降りて、ちょこちょこと中に入っていく。
「二人とも、あんまりぐいぐい中にはいると、失礼ですよ……」
「かぼちゃぷりん!」
「タルトタタン!」
私の注意に、二人とも一瞬私を振り向いて、力強く何かしらの返事をすると、堂々と中に入っていく。
二人とも、新しいものが好きなのかしら。
「ごめんなさい、自由ですね……」
「別に構わないよ。見られて困るものはないし」
廊下の壁にはいくつかの扉。
廊下の先にはダイニングがある。ダイニングテーブルが置かれた先にあるのは寝室で、扉や壁はない、続きの部屋になっている。
円柱型の魔石ストーブの他にも、暖炉がある。
暖炉の横には螺旋階段があって、さらに上階にいける作りになっているみたいだ。
「ルシアンさん、屋上に出られるんですか?」
「あぁ。屋上からは、ファフニールを飛ばせる。街中ではそうもいかないからな。屋上があると、何かと便利だ。洗濯も干せるしな」
エーリスちゃんとファミーヌさんは、黒いシーツがかけられたベッドの上で、ぽんぽんと跳ねている。
壁にはいくつかの鞘に入った剣がかけられていて、大きなベランダのついた窓辺には、大きめの観葉植物。
ダイニングテーブルには赤いクロスがかけられていて、背の高い燭台と、硝子瓶に入っているドライフラワー。大きめの蝋燭がいくつか置かれている。
「お洒落……! ルシアンさん、お洒落……!」
ルシアンさんは魔石ストーブをあたためて、暖炉に炎を灯した後に、私に買ってくれたミモザのドライフラワーを、空いている硝子瓶に入れてくれた。
ラベルからして、多分、元々はお酒が入っていたのだと思う。
お酒の瓶にお花を飾るだけで、すごく可愛いのね。
「少し、飾り付けてみたんだが……気に入ってくれただろうか」
「お洒落です……うう……私、自分が恥ずかしいです……」
「な、何故……!?」
あまりのお洒落さに圧倒されて、私は目尻に涙を浮かべた。
ルシアンさんが慌てたように私の頬を撫でて涙を拭ってくれる。ついでに、コートを脱がせてくれた。
お部屋は既にあったかくなっていて、お部屋に置かれているポールハンガーに、ルシアンさんは自分と私のコートをかける。
もう、全てがお洒落。
なんとなく観葉植物が飾ってありそうだなと思っていたけれど、それどころじゃなかった。
「うぅ〜……女子力、ルシアンさん、女子力……」
「い、いや、どのあたりが女子力なんだろうか……」
「すべてにおいて私よりも女子力が高いのです……」
私はさめざめと泣きながら、敗北を味わっていた。
敗北というか、情けなさというか。
私、ロベリアを可愛い女の子や子供たちが来るお店にしたいとか言いながら、何をしていたのかしら今まで。
圧倒的に可愛さが足りない。どう考えてもルシアンさんのお部屋の方が百億倍お洒落だ。
「……そんなに喜んでくれるとは思わなかった。気合を入れて飾り付けているみたいで、少し、恥ずかしかったんだが」
「すごく、テーブルの飾り付けが可愛いです、ルシアンさん。お砂糖入れも、蜂蜜ポットも、全部可愛い。ドライフラワーも可愛い。ルシアンさん、すごい、すごい……」
「君は、相変わらず泣き虫だな。……私にとっては、君が一番可愛いよ」
「言葉まですごい……」
よしよし頬を撫でたり髪を撫でたりしてくれるルシアンさんがすごいことを言うので、私は両手に顔を埋めた。
顔が赤くなってしまうのよ。そんなことを言われたら、やっぱりちょっと嬉しい。
ルシアンさんの無自覚な言葉に誑かされてきた女性たちの気持ちがわかってしまうわね。
「リディア……」
ふと、真剣な声で名前を呼ばれて、顔を上げる。
涙に潤んだ視界に、精悍な顔立ちが写っている。青空みたいな綺麗な瞳が、私の顔をじっと見つめている。
「君が可愛いと思っているのは本当だ。……どれほど飾り付けてもどこか味気ない私の部屋に、君がいる。それだけで、足りない何かが満たされるように、部屋に、明かりが灯るように、とても華やかになる」
「……恥ずかしいです、そういうの」
「可愛い」
指先を絡めるようにして、手を繋がれる。
何か言いたげな視線が絡まる。私は混乱しながら、ルシアンさんを見上げた。
こういうの、よくない、気がする。
お友だちなのに、そうじゃないみたいで。胸が、少し苦しい。
「……かぼちゃぷりん」
「タルトタタン」
不満げな声にはっとして視線を向けると、エーリスちゃんとファミーヌさんが不満気にテーブルの上に置いてある果物の入った器の、りんごをがぶがぶ齧っていた。
エーリスちゃんだけならわかるけれど、ファミーヌさんまで。
「……すまない、空腹だろう」
ルシアンさんは苦笑しながら私から離れた。
私はどくどく脈打つ心臓を抑えながら、深く息をついた。
ルシアンさんと二人きりというのは、心臓に良くない。女誑しではないってわかっているのだけれど、すごく、手慣れている感じがする。
恋愛経験なんてほぼないに等しい私には、ちょっと刺激が強すぎるかもしれない。
お友だちって、こういう感じなのかしら。
ちょっと違う気がするのよね。
お読みくださりありがとうございました!
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