ミモザの花言葉
聖夜祭り当日ということもあって、聖夜祭マーケットはとても賑わっている。
沢山の人たちが楽しそうな笑顔を浮かべて、思い思いの雑貨や食べ物を手にしている。
今日はお祝いの当日ということもあって、聖夜祭に食べるお祝いの食べ物、クルミやナッツ、ドライフルーツが沢山入ったバターケーキがよく売れている。
バターケーキの表面には、お祝いの花や鳥、それから天馬の絵が描かれている。
「リディア、何か食べたいものはあるか? 店の中に、聖夜祭の飾りがあったな。あれは、良い。気持ちが安らぐ」
「ルシアンさんはオシャレだから、雑貨とかも好きなんですか?」
「いや、別に、自分を洒落ていると思ったことはないが。……そうだな。最近は、植物なども好きだな。部屋に一つ置いてあると、少し安らぐ気がする」
「やっぱりオシャレ」
「いや、部屋に植物を置くぐらいで洒落ていると言われるのもな。褒められるのは悪い気がしないが……それは、俺が格好良い、という意味に聞こえる」
「格好良いですよ、ルシアンさん」
「……ありがとう。そう素直に言われると、照れてしまうな」
「格好良いから女性にもてるんです」
「私は、今は君にだけもてたいと思っている」
「……そういうの、あんまり軽々しく言わない方が良いと思うんですけど」
「私は真剣だよ。そろそろ信用してくれる気になったかなと、思ってはいるんだが。……リディア、ミモザのドライフラワーを店に飾らないか?」
「ミモザ?」
ルシアンさんは沢山の屋台に視線を巡らせた。
それから、ドライフラワーが売られているお店で目をとめる。
「あぁ。聖夜祭に女性に贈る花としては一番有名かな。ミモザは、ドライフラワーにしても色落ちせずに美しい。幸運の花と言われている。……花言葉は、感謝、友情、だったかな」
「嬉しい……ありがとうございます……!」
ルシアンさんは私にミモザのドライフラワーの花束を買ってくれた。
小さな黄色の花が沢山ついている可愛らしいミモザは、お花一つ一つはとても小さいけれど、花束にするととても鮮やかだ。
お店の壁につるして飾っても可愛いし、花瓶に入れて飾ってもきっと可愛い。
「かぼちゃ……」
エーリスちゃんが興味深そうに花束を見ている。
「食べ物じゃありませんよ、エーリスちゃん」
「タルトタタン……」
ファミーヌさんが呆れたように小さな声で呟いた。
ふん、お馬鹿さんね……とか、言っていそうだ。ファミーヌさんはエーリスちゃんのことが大好きみたいに見えるのに、時々ちょっと冷たい。
「かぼちゃぷりん」
「お腹が空きましたか、エーリスちゃん。そろそろお昼ご飯の時間ですね。ルシアンさん、きのこ祭りの時は色々思い悩んでいて、何も食べませんでしたもんね」
「懐かしいな。きのこ祭り。あの時は、すまなかった。まともにエスコートもできなかった」
「良いんです、楽しかったですよ。色々ありましたけど。……ルシアンさん、今日はちゃんと食べてくれますか? 屋台のご飯、美味しいですよ」
あつあつの揚げ鶏も、ローストチキンレッグも、サーモンのタルタルサンドも、チーズのせソーセージパンも、全部美味しそう。
「少し何か食べるか……と、言いたいところだが。実を言えば、……君をもてなしたいと考えていて」
「もてなす……?」
「あぁ。……その、私の家で、昼食をとらないか、と。君にはずっと、料理を作って貰ってきた。だから、……今日は聖夜祭の祝いを、私の家でしないかと、思って」
「……ルシアンさんの家で?」
「料理はもう作ってあって……その、少し、不躾な誘いかと思って、言い出せなかったんだ。嫌がられるかなと、思ってな」
「嫌がったりしませんよ、嬉しいです。……でも、お邪魔して良いんですか?」
「あ、あぁ……それでは、行こうか」
「はい!」
ドライフラワーを買ったお店の前でそんなやりとりをしていると、お店のお姉さんが口元に優しい笑みを浮かべて口を開いた。
「ミモザの花言葉は、秘密の恋。素敵な恋人たちに、聖夜の祝福がありますように」
私たちに祈りの言葉を伝えてくれるお姉さんに、ルシアンさんは慣れている様子で「あぁ、ありがとう」と返した。
私は、内心穏やかではなかったけれど、せっかくのお姉さんの気遣いを無碍にはしたくなかったから、ぺこりとお辞儀をした。
ミモザの花言葉は、感謝、友情、秘密の恋。
どれも、良い言葉。
ルシアンさんはロベリアの花言葉も知っていたし、お花に詳しいのね。
花言葉には、沢山の意味がある。
人には――表に見えている素顔だけじゃない、別の素顔が沢山あるのと一緒で。
きっと――感謝とか、友情の意味でプレゼントしてくれたのだろうけれど。
でも、秘密の恋。
いつか私も、誰かと素敵な恋ができるだろうか。
「……ルシアンさん、花言葉って、一つきりじゃないんですね」
「そうだな。真実の愛や、優雅、などもそうだったかな」
「私……ずっと、ルシアンさんのこと、勘違いしていました。ルシアンさんだけじゃなくて、皆のことも。知らないことばかり。エーリスちゃんのことや、ファミーヌさんのことも。知ろうとしなければ、知らないままで終わっていたことばかりでした」
「……君は、優しい。だから、……そんな風に思ってくれるのだな。もし、君で無ければ――私は未だにずっと、暗闇の中にいた」
「ルシアンさんが、こうして一緒にいてくれて、また一緒にお祭りの街を歩くことができて、嬉しいです。……ルシアンさんはずっと、私の側にいてくれました。……私が、耳を塞いで、目を閉じていたときから、ずっと」
「……それは、だが、最初は、下心があってのことだったが」
「それでも、守ってくれたことは忘れません。人には沢山の顔がありますよね、花言葉と一緒で。良いところと、悪いところと……私も、一緒です。今ここで、笑顔で歩いている人たちだって、きっと沢山の悩みを抱えていたり、苦しんでいたり、しますよね」
「そうだな。ただ幸せなばかりの者など、きっと少ないのだろう」
「それでも、聖夜祭の日は、皆が笑っていられると良いですよね。お祭り、その為にあるのかなって思います。お祝いの美味しい料理を食べて、幸せって思える日です」
私に、エーリスちゃんとファミーヌさんがすりすりと擦りついてくる。
ルシアンさんは目を細めると、私の頭をくしゃりと撫でた。
「それは良い考え方だな、リディア。アレクサンドリアの祝福よりも、私にとっては君の、笑顔の祝福の方がずっと、尊いもののように思えるよ。……私の料理で、君が幸せだと思えると良いのだが。……リディア、バターケーキを買っていこうか。さすがに、ケーキまでは焼けなかったからな」
「はい!」
私は元気よく返事をした。
そして私とルシアンさんは、バターケーキを買って、ルシアンさんのお家に向かったのだった。
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