聖夜祭マーケットへ
私はお出かけ用のお洋服に着替えた。
黒いリボンのついた白いブラウスと、タイツと、何枚ものふわふわのレースの裏地がついた赤いスカート。
カーディガンの上から、紺色のコートを羽織った。
鏡で自分の姿を確認して、うん、と、一度頷く。
私がルシアンさんの元に戻ると、ルシアンさんは一階の食堂で、エーリスちゃんを伸ばしたり、ファミーヌさんを触ろうとして手をぺしぺしされたり、お父さんを膝の上にのせて撫でたりしながら遊んでいた。
「リディア。お父さんも一緒に行こうと誘っているのだが、嫌だと言うんだ」
私が近づいていくと、ルシアンさんが悩ましげに言った。
「私は寒いところは嫌いだ」
「お父さんは、お年寄りですからね……」
「お年寄りではない。私は可愛い。可愛い犬だ」
「可愛い犬ですけど、寒いところが嫌いなんですよね。今度、リーヴィスさんにお洋服を作って貰いましょうか」
「リボンが良い。耳につける」
「お父さん、雄ですよね……?」
「雄が、リボンをつけてはいけないと、誰が決めたんだ。可愛い物とは万人に許されているのだぞ、リディア。可愛い私はリボンも似合う」
「……たたん」
「……ぷりん」
エーリスちゃんとファミーヌさんが顔を見合わせて、なんとも言えない表情で首を傾げ合っている。
「子供たち。私が一番可愛いのだからな」
「たるとたたん」
「かぼちゃぷりん」
エーリスちゃんとファミーヌさんがお父さんのふわふわの体をばしばし叩いている。
最近、皆仲良しだ。
「せっかくの聖夜祭なのに、一緒にお出かけしないんですか、お父さん」
「私はここで、魔石ストーブを見張っている。番犬として」
「……番犬として」
お父さんはが魔石ストーブの前でまるまったので、私はお父さんに番犬の役割をお願いすると、エーリスちゃんをコートの胸ポケットに入れて、ファミーヌさんを首に巻いて、ルシアンさんと外に出た。
犬が好きらしいルシアンさんは少し残念そうにしていた。
抱いて歩きたかったらしい。
お父さん、美形の成人男性なのだけれど、その辺は大丈夫なのかしらと思いながらも、私はルシアンさんと一緒に聖夜祭のマーケットに向かった。
通りには、積もった雪で子供たちが作った雪だるまが並んでいる。
雪だるまの中には、割と大きめのサイズのエーリスちゃんの姿もある。
丸いから、多分作りやすいのだと思う。
最近エーリスちゃんは「縁起の良い丸餅」として、街の人々からの人気を集めている。
食堂に、エーリスちゃんに会いに来る人も多い。
「リディア、最近とても愛らしくなったな。君は元々可愛かったが、服装が変わったのか?」
「あ、あの、ありがとうございます。元々、黒い服ばかりを着ていましたから、私。最近は可愛い服に変えたのですよ」
「服も可愛いが、君も可愛い。以前にも増して、輝いて見えるな」
「ルシアンさん、褒めるの、上手ですよね。……だから女誑しって、言われるんじゃ……」
「このところは気をつけている。私の言葉はどうやら、軽薄だったようだからな。このようなことは君にしか言わないし、君に伝える言葉は常に真実であることを、心がけているよ」
「……は、はい」
「私は君を、ずっと騙してきたから。……リディア、雪道で滑る。転ばないように手を繋ごうか」
「は、はい……」
やっぱりなんとなく、照れてしまうわね。
ルシアンさんの雰囲気が、少し変わったせいかしら。
以前はもっと――なんとなく、言葉が上滑りしているような感じがしたもの。
誰にでも同じことを言うような、軽薄な女誑しのルシアンさんだと、私が思っていたからというのもあるかもしれないけれど。
真っ直ぐ私を見る青い瞳や、甘い声や、それから、甘い言葉が、嘘ではないって、分かるからかもしれない。
お友達だけれど、落ち着かない。
私は心を落ち着かせるために息を吐き出して、ルシアンさんの手に自分のそれを重ねた。
大きくて硬い。骨がごつごつしている手だ。
ずっと戦ってきた人の手。
私たちを守ってくれる、頼りになる騎士団長のルシアンさん。
「……ふふ」
「どうした?」
「ルシアンさんの隣にいると、とっても安全な気がするんですよ。ルシアンさん、強いし、有名ですから。……いつも私を、守っていてくれました。私が、この街で何事もなく暮らせていたのって、ルシアンさんのお陰な気がするんです」
「私はなにもしていないよ」
「それでも、ルシアンさんが私の食堂に通っていてくれたから、……多分、私、こうして過ごしていられるんですよ、きっと」
アルスバニアは治安が良くない。
ここでお店を開いた私は――もしかしたら、攫われたりとか、襲われたりとか、してもおかしくなかったのよね。
マーガレットさんも側にいてくれたけれど。
ルシアンさんもずっと側にいてくれから、私は色々あるけれど、とっても平和だった。
「ルシアンさん、いつもありがとうございます」
「私も君にずっと助けられている。こちらこそ、リディア」
ルシアンさんは少し驚いた表情を浮かべた後に、微笑んだ。
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