リディアと二十人の魔導師
私はできあがったハンバーグを、キッチンの反対側にある食堂のテーブルへと運んだ。
長テーブルに、椅子が並んでいる。
普段魔導師府のセイントワイスの魔導師さんたちは、ここでご飯を食べているのだろう。
テーブルも椅子も重厚感のある木製で、テーブルには染み一つない綺麗な白いクロスがかけられている。
高級感はあるけれど、あんまり可愛らしくない。
クロスが苺柄とかだったら可愛いのにと思いながら、私はハンバーグの入ったお皿を並べていく。
普段なら付け合わせに、マッシュポテトとか作るし、パンとかご飯、それからサラダも一緒に提供するのだけれど、今日の注文はハンバーグだけ。
私は誘拐されているのだから、そんなサービスは不要なのよ。
ハンバーグを並べ終えたころに、シエル様がセイントワイスの魔導師の方々を何人か連れて戻ってきた。
「……シエル様、これで皆、無事に助かるのですか」
やや青白い顔をした、黒髪をオールバックにした若い男性が言う。
男性の額には、十字の紋様があり、耳には赤い耳飾りが揺れている。
シエル様ほど煌びやかではないけれど、やや冷たさのある端正な顔立ちの方だ。
「……どこからどう見ても、ごく普通の……いや、あまり見たことのない味付けのようなハンバーグに見えます」
「はい……ごく普通の、すりおろし大根とお醤油ソースの怒りのハンバーグです……!」
食堂にわらわらと入ってくる若い男性の大群に恐れおののきながら、私はシエル様の背中にこそこそ隠れながら小さな声で言った。
シエル様も女の敵だけれど、他のいっぱいいる男性たちは知らない人たちだし。
知らない人たちよりは、知っている変態の方がまだ安心感があるわよね。
もちろん、変態だから心から安心できないけど。
「……効果は、僕が保証します。実際、この体でその効果を味わいました」
「シエル様は一番はじめに、呪いをその身に受けました。正直、立って歩いているのが不思議なほど、その体は蝕まれていたはず。……今はなんともないのですか?」
「ええ。味覚も、視覚も……それから、体の感覚も、全て損ないかけていましたが、リディアさんのハンバーグを一口食べただけで、嘘のように、体から呪いが抜けました。リーヴィス。疑うより先に、食べてみなさい」
「分かりました。……それでは」
黒髪の男性が頷くと、魔導師の男性たちは席につく。
両手を組んで食事の前のお祈りを、神祖様に捧げた後に、それぞれナイフとフォークを手にした。
「リディアさん。すみませんね。今の彼は、リーヴィス・ミスティレニア。僕の副官です。どうにも、疑い深くていけません」
「しょ、紹介はいりません……! 誘拐から解放されたら、二度と会うことはないと思いますので……!」
「……それにしても、怒りのハンバーグも美味しそうですね。僕の分も作って貰えば良かった」
「シエル様、さっきいっぱい食べたじゃないですか……で、でも、あの、シエル様、……もしかして結構、私のお店に来たときは、体、危ない状態だったんですか……?」
リーヴィスさんは、そんなようなことを言っていた。
食堂に来たときのシエル様の具合、そんなに悪そうに見えなかったのだけれど。
「ええ、まあ」
「まあ、じゃありませんよ………! そういう大切なことは、先に言ってくださいよ……」
「リディアさん。僕は、割と生命力が強いんです。……ハンバーグも、他のメニューも全て、美味しかったな。また食べたいですね」
「……うう」
シエル様が、結構純粋にご飯を褒めてくれている。
変態なのに。もしかして変態じゃないのかしら。
分からないわ。さっぱりわからない。
「……これは……! 美味しい……! 牛肉の味わい深さとジューシーさが、すりおろした大根と、さっぱりとした味わいのソースで強調されている。爽やかなのに、まろやかで、舌の上で蕩けるような、奥深い味わいです……!」
リーヴィスさんがハンバーグを食べながら、すごく、臨場感溢れる味の感想を述べてくれる。
「あ、あの、その、ありがとうございます……」
そんなに激しく、感想を言わなくても……!
すごく、恥ずかしい……!
美味しい、とかで良いのに。一言、美味しいとかで良いのに。
もちろん、ご飯が美味しいって言われるのはすごく嬉しいのだけれど、顔が赤くなってしまう。
そこここで、「旨い……」「体の怠さが消えていく……」「味が分かる、味が分かるぞ……!」という声があがる。
「……リディアさんと言いましたね。疑って申し訳ありませんでした。……なんと、強力な解呪の力なのでしょうか……これで、皆、助かります……!」
凄い勢いでハンバーグを食べ終えて、ナプキンで口を綺麗に拭いたリーヴィスさんが私に駆け寄ってくる。
「も、もう、食べちゃったんですか……? いま、お茶を入れようかって思っていたのに……」
「お気遣いありがとうございます。正直あと、十皿は食べることができるぐらいに、美味しいハンバーグでした。美味しい上に、信じられないぐらい強大な解呪の効果がある。あなたは一体、何者なのです?」
「……大衆食堂ロベリアの、食堂の料理人です……」
リーヴィスさんが、ぐいぐいくる。こわい。
私はシエル様の背後に再び隠れた。
見た目は冷酷な魔導師みたいなのに、熱血だわ、リーヴィスさん。
「リーヴィス。気持ちはわかりますが、落ち着いて。リディアさんが怯えています。ただでさえ、僕は食堂からリディアさんを誘拐してきてしまいましたので、さぞ、怖かったと思います」
「それは……申し訳ありませんでした。シエル様にも、リディアさんにも迷惑をかけてしまいました。……私たちの判断ミスで、こんなことになってしまって」
リーヴィスさんは、一歩後ろにさがって深々と頭を下げた。
リーヴィスさんの後ろに、ハンバーグを食べ終えた魔導師の方々が並んでいる。
皆が私に頭をさげてくれる。
何だか知らないうちに、フランソワを虐めたことになっていて、悪役と呼ばれているらしい私に……。
あんまり嬉しくないのよ。
全員男性だし。私は、男は嫌いなのよ……!
私の脳裏に、ピースサインを作っているお父様とステファン様の姿が過ぎる。
あんまり顔が思い出せないから、目の上に黒い線が入っている。凄く犯罪者っぽいわね。
「……あの、リーヴィスさんたち、セイントワイスの魔導師さんは、シエル様のせいで呪いにかかっていたのですよね……?」
リーヴィスさんたちが酷い目にあっていたのは、シエル様のせいではないのかしら。
シエル様の話と、少し違うわね。
「……シエル様は、あなたにどのような説明をしたのでしょうか。シエル様は、何もしていませんよ」
「どういうことですか? だって、シエル様の研究のせいで、呪いがみんなに降りかかったって……」
「違います。今回のことは」
「リーヴィス。……リディアさんには、言うべきではないよ」
「どういうことですか……! もちろん、そんなに興味、あるわけじゃないですけど……! 誘拐までしたのに、内緒とか、ひどい……これだから男性は、嘘つきだから、嫌いなんです……! シエル様も女性から人気があるくせに、嘘をついているのだわ……!」
私は、嘘つきは嫌いなのよ。
シエル様を睨み付ける私の目尻に、じわじわ涙が滲む。
もう、涙腺がどうにかなっているとしか思えない。
婚約破棄される前は、ここまで情緒不安定でもなかったのに。
ううん。どうだったかしら。忘れちゃったわね。
不安定だったかしら。そういえばずっと昔にステファン様に「リディアは泣き虫だな」と言われた記憶があるわね。滅びろ。
「リディアさん……」
「可愛い……」
「妖精だ……」
シエル様の声に、不穏な言葉が重なる。
キラキラした瞳で、リーヴィスさんたち魔導師の方々が私を見ている。こわい。
「……すみません、嘘をついて。……メドゥーサの首を持って帰ってきたまでは本当です。どうしても調べたいことがあったので。強力な呪いを研究することで、同じぐらい強力な解呪の力が手に入るのではないか、と」
「シエル様だけではなく、私たちセイントワイスの魔導師皆で、その研究をずっと続けていました。……月の呪い。最近、王国で見られる、恐ろしい病です。赤き月から赤い涙が落ちて、魔物が現れる日。人間も、月の影響を受けて……月の呪縛により、その中身が魔物に成り果てることがあります」
「……月の呪い、ですか」
シエル様とリーヴィスさんの説明に、私は首を傾げた。
聞いたことがない言葉だった。
「これは、機密事項です。……月の呪いにかかった人間は、凶暴に。その多くは、僕たちセイントワイスが見つけ出し、捕まえて、しかるべき裁きをあたえています。……表向きには、人間が突然凶悪になったようにしか見えません。けれど、それはおそらく呪いなのです」
シエル様が密やかな声で言う。
機密事項だから言えなかったのね。――全部、自分のせいみたいに話していたけれど。
最初から話してくれたら良かったのに。
でも、最初からそんなことを聞いてしまったら、私、もっと怯えてしまって、料理が作れなくなってしまったかもしれない。
「赤い月から、魔物が落ちる。魔物は赤い月がうみだすものです。ですから、強い呪いの力を持つ四つ首メドゥーサや、そのほか多くの魔物について調べることで、人間にかかった呪いを解く力が見つかるかと思っていました。……けれど、失敗を」
リーヴィスさんが言うと、他の魔導師の皆さんが肩を落とした。
「シエル様がご不在の日。私たちは研究室でメドゥーサの呪力を暴走させてしまいました。異変に気づいたシエル様は、暴走する呪いを止めるべく、その体で殆どの死の呪いを受け止めてくれたのです。……私たちは、呪いの残滓を浴びました」
「一大事じゃないですか……」
よく分からないことばかりだ。
赤い月から魔物が落ちる。
これは知っている。
けれど、月の呪いなんて、知らない。
「……シエル様がいなかったら、きっと私たちは今頃。それに、リディアさんがいなければ……リディアさんは、命の恩人です。病床に伏せっている者たちにも、持って行ってあげましょう。怒りのハンバーグを」
「……わ、私、もう怒っていないので……怒りのハンバーグじゃなくて良いです。大根おろしハンバーグです」
死にかけていた人たちに、怒るのは良くないわよね。
私は料理名を訂正した。
それから――今の話、聞かなかったことにしたいわね、って、心底思った。
国の機密事項を知ってしまうとか、すごく、荷が重いのよ。
私、食堂で料理を作っていただけなのに。
私はシエル様や魔導師の皆さんと一緒に、病室までハンバーグを運んだ。
病室のベッドには、体を呪いに蝕まれて、動けなくなっている魔導師の方々が数人寝かされていた。
ハンバーグを食べさせるのを、私も手伝った。
だって、事情を知ってしまった以上は、放っておくことなんてできないし。
ハンバーグを咀嚼して飲み込んだ途端に、病床の方々も起き上がって、自分で残りを食べることができるぐらいには元気になった。
私のハンバーグには――もしかしたら本当に、シエル様が言うような力があるのかもしれない。
私にはまるで実感がないのだけれど。ともかく、セイントワイスの皆さんが、無事に元気になって良かった。
ほっとして、家に帰ろうとした私を、セイントワイスの皆さんが取り囲んだ。
私は――セイントワイスの魔導師の皆さんに「リディアさん!」「天使だ!」「奇跡の妖精だ!」とかなんとか言われて、わっしょいわっしょいと胴上げされながら「嫌ぁぁ降ろしてくださいぃぃ……!」とさめざめ泣いた。
やっぱり男は嫌いだ。
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